広い空間がある。

白で統一された壁や柱は金のラインで装飾され、壁の一面には大きなステンドグラスが張られている。

神殿や宮殿と呼んで差し支えない内装だが、不快と思わせる過剰な装飾ではない。

やはり白の床に赤い絨毯を敷いた先には椅子があり、その傍らには柔らかな光に照らされる二つの影があった。

一つは純白のドレスを纏い、その長い髪にもヴェールを纏った女性の、もう一つはヴァイオレットの瞳と、脚まで届く長さの金の髪が目立つ小柄な少女の影だ。

 

「ねえ、シャトヤーン・・・・・・・・あと、どれくらい?」

 

少女が女性に尋ねる。その声には、若干の焦りや苛立ちがある。

対して、シャトヤーンと呼ばれた女性は微笑して、

 

「ノア。さきほど同じ質問をしてから、まだ30分も経っていませんよ」

「・・・・・分かってるわよ、そんなこと」

 

ノアと呼ばれた少女は、それでも表情を変えない。

遊びに行く道中の親子のような会話とは裏腹に、彼女の表情は張り詰めていた。

シャトヤーンは諭すように、

 

「次に通常空間に出れば、ガイエン星系に到着します。そこでエルシオールの皆さんと合流しましょう。

先日、ルフト将軍に『白き月』が移動していることを知らされた時は、マイヤーズ司令たちも大変驚かれたようですが」

「『白き月』が衛星軌道から離れるのは400年ぶりだものね。おかげでシステムの移行にやたら時間がかかったけど」

 

『白き月』と呼ばれる衛星サイズの建造物は今、二人を乗せて亜空間、クロノスペースを移動していた。

かつて己が生まれた場所――――楽園の地を求めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 疾風は目覚めて 第1話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』は400年以上前にトランスバール本星の衛星軌道上に飛来し、《月の聖母》が先文明EDENの技術であるロストテクノロジーを授けることで、現在のトランスバール皇国の礎を築いた。

以来、《月の聖母》を受け継いだ女性が、『謁見の間』と呼ばれる白の神殿で皇国の平和と安寧を見守り続けてきた。

その『白き月』が本星を離れた理由は、皇国でも最辺境のガイエン星系で先日、儀礼艦エルシオールから送られた報告だ。

報告の内容は大きく分けて二つあった。

 

一つは、『ヴァル・ファスク』の再来。

600年前に先文明EDENと戦っていた外敵が、『EDENの子』であるトランスバール皇国に襲来した。

 

この報告に対し、ノアは小さく頷いただけだ。

彼女にしてみれば、予想していたことなのだから驚く必要などなかった。

『ヴァル・ファスク』は、1ヶ月前の本星防衛戦で倒したネフューリア一人ではない。

彼女を倒した以上、別の『ヴァル・ファスク』が侵攻してくることは当然の流れだ。

 

「・・・・・・やはり『ヴァル・ファスク』との戦いは熾烈(しれつ)を極めるのでしょうね」

 

シャトヤーンの言葉には、不安よりも哀しみが多く含まれていると、ノアは思う。

その根底には、戦いに出る者への気遣いがあるのだろう。

『ヴァル・ファスク』の巨大艦、オ・ガウブの侵攻による爪痕は未だ残っていて、今回はそれ以上の被害が出るかもしれない。

特に、皇国の最大戦力であるムーンエンジェル隊は、成人もしていない少女が多い。

彼女たちは、この戦いで最も矢面に立つことが予想される。

 

「どれだけ困難だろうと、あたしは自分の使命を果たすだけよ。

・・・・・・・まあ、『黒き月』は二回も壊されちゃって、さすがに出番はないけど」

 

自分が告げた言葉の後半に、ノアは自嘲気味に笑う。

『黒き月』。彼女が管理者の任を負ったロストテクノロジーは、『白き月』と対を成すEDENの防衛機構でもある。

半年前のエオニア戦役の拠点でもあった兵器プラントは大部分が消失して、コアを『白き月』の奥深くに保管されていた。

 

確かに不安要素は多い。

1ヶ月という期間が予想より早かったこともだが、一番大きいのは総合的な戦力差だ。

『ヴァル・ファスク』は600年前のEDEN最盛期ですら倒せなかった相手なのだ。

一方の人類――――今のトランスバール皇国の文明はEDENより遥かに劣る。

 

だけど、とノアは思考を切り替える。

『白き月』の最高傑作である『紋章機』を操るエンジェル隊と、彼女たちが翼をゆだねたエルシオール司令官タクト・マイヤーズ。

少数だが、かつてのEDENすら凌駕し、『黒き月』でさえ倒せなかった確かな力がある。

それはきっと、希望と呼ぶに相応しい存在だ。

そして人々を護ることは、『黒き月』の管理者として600年前に自分に課せられた使命でもある。

 

「問題は・・・・・もう一つの件よ。こっちは、さすがに想定外だったかな」

 

故に、ノアを焦らせる要因はエルシオールから送られたもう一つの報告にあった。

 

「EDENが滅んでない上に・・・・・・・『ヴァル・ファスク』の侵略を許した・・・・・?」

 

言葉にするのは簡単だが、理解が追い着いてこない。

『ヴァル・ファスク』艦隊と同時にエルシオールに発見され、救助された小型艇に乗っていた二人。

ルシャーティとヴァインと名乗る姉弟は自分たちをこう称したらしい。

EDENの民、と。

 

EDEN文明は既に滅んだと言われ、ノア自身もそう思っていた。

クロノ・クェイクと呼ばれる未曾有の大災害により、長距離の移動や通信を封じられた星々は文明衰退と滅亡の道を辿った。

だが、ノア自身が滅んだのを確認した訳ではない。

『黒き月』の観測システムで、EDENの領域内にあった他の星系の崩壊を見て、その可能性が高いと判断したまでだ。

 

EDENは、ロストテクノロジー発祥の地、かつての銀河の中心など、トランスバールの人間には伝説としての意味合いが強い。

だが、ノアにとっては、それ以上の意味を持つ場所となる。

 

「やはり、ノアにとってはそちらの方が衝撃でしたか。EDENはあなたの・・・・・生まれ故郷なのですから」

 

問いかけてくるシャトヤーンの声には、力がないとノアは思う。

理由は分かる。シャトヤーンは自分のために、本当に心を痛めているのだろう。

 

白と黒、二つの月は互いを高め合うために戦い、負けた方は融合の礎にされる運命にあった。

だが、シャトヤーンは『黒き月』のコアを安置し、管理者であるノアを『白き月』に客人として傍に置いている。

その対応は油断でもなく、勝者としての傲慢さでもなく、対等な立場で親愛を込めてくれているのだと分かる。

しかしノアは、

 

「変に気を回さなくていいわ。シャトヤーン」

 

だからこそ今は、甘えたくないと思う。

たとえ敗者であっても彼女と対等であろうとすることが、きっと彼女に対する礼儀なのだから。

それに、とノアは付け加える。

 

「・・・・・・・だいたい故郷っていっても、あたしがいた時から600年以上も経ってるのよ?

仮に『黒き月』の情報は残っていても、あたしを知る人間なんか誰もいないに決まってるじゃない」

 

そう、たとえ滅んでいなかったとしても。

そこにあるのは、自分が知っていたEDENではない。

そして、自分を知っていたEDENではない。

 

「・・・・・・・そう、誰もね」

 

今度は自分の声に、力がないのが分かった。

その理由らしきものは浮かんだが、ノアは瞬時に打ち消した。

 

ノアは意識の中で、己に告げる。

・・・・・・・・・・・・・・こんな感情はとっくに捨てたはずだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』は、眠っていた。

何もない世界で、永い時間、意識を沈ませてきた。

 

今がいつなのか分からない。

ここがどこなのか分からない。

自分が『何』なのか分からない。

 

『それ』は、そこから得られるモノを封鎖する。

 

辛くない。

悲しくない。

寂しくない。

 

そうやって、『それ』は永い時間を過ごしてきた。

そして、これからもそうする――――――――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・?」

 

先に気付いたのはノアだった。

一瞬、足の下から振動が伝わってきた気がしたのだ。

眉をひそめて床を見るノアに、シャトヤーンは気付いたらしく、

 

「どうしましたか、ノア?」

「ん・・・・・なんか、今変な揺れが・・・・」

 

言葉の途中で、ノアは再び振動を感じた。やはり一瞬だ。

 

「・・・っ!?」

 

シャトヤーンの方を見れば、彼女も自分と同じ表情をしている。

もはや、気のせいでは済まされない。

 

「・・・・・・あんたも、感じたのね?」

「はい・・・・ですが、今の揺れは一体・・・・・・・」

 

両者が黙り込んだ次の瞬間、謁見の間が震えた。

三度目は一瞬ではない。バランスを崩すほどではないが、継続した振動が謁見の間に響く。

 

「・・・・っ! な、なんなのよ、これ!」

「『謁見の間』・・・・・いいえ、『白き月』が震えて・・・・」

 

クロノ・ドライヴ中に外部からの攻撃や干渉はない以上、内部に何らかの異変が起きているのは確かだ。

ノアの視線の先で、シャトヤーンが空中に右手をかざすと同時に、数枚の各色のモニターが浮き上がる。

全てが『白き月』の機密事項で、通常はアクセスすら困難だが、『白き月』の管理者の権能は瞬時にそれらを引き出した。

溢れ出たテキストデータやグラフ、解析図をシャトヤーンは、揺れを気にすることもなく確認・操作する。

少しの間を置いて、シャトヤーンはノアに向けて口を開き、

 

「幸いクロノ・ドライヴへの影響はありません。通常空間に出る必要はないでしょう。ですが、原因は・・・・・・・・」

 

ノアが見守る中、30秒ほどの操作の後、シャトヤーンは指を止めた。

その視線の先には精密な見取り図があり、やはり、と呟くその表情は硬い。

 

「『聖域の間』です。『白き月』のコアの存在するブロックに異常が見られます」

「『白き月』のコアですって?」

「はい・・・・・・この振動は、おそらく『白き月』のコアに深く関係しています」

 

シャトヤーンはさらに30秒ほどのモニターと格闘の後、再び指を止めて首を横に降る。

 

「強固なプロテクトがかけられて、これ以上のアクセスはうけつけないようですね。私が直接(おもむ)き、コアを操作します」

「あたしも行くわ。『白き月』の統括権は持たないけど、作業のサポートはできるはずよ」

 

ノアは半ば反射的に言った。悩む必要はない。

どんな状況でも、自分にできることをするだけ。かつて、自分にそう言って、やり遂げた者がいる。

彼女のその意思を読み取ったのか、シャトヤーンはノアに一度頷き、

 

「では参りましょう・・・・・・『聖域の間』に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』に変化が起こっていた。

以前から、少しずつ前兆はあった。

眠っていた膨大な時間からすれば、つい最近のことだ。

表層的な判断能力よりも、遥かに深い領域で『それ』は察知する。

 

懐かしい何かが近くにいる。

懐かしい何かが近づいている。

懐かしい何かに近づいていく。

 

『それ』は知りたいと判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』は多くのロストテクノロジーを恩恵として与えた、トランスバール皇国にとって平和と英知の象徴である。

その本質―――中枢の兵器製造プラントは長年封じられ、一般者や研究員である『月の巫女』の立ち入りを禁じてきた。

だが、この中央区画には、さらに絶対不可侵の領域がある。

その重要さ故に、代々の《月の聖母》ですら理由なく立ち入ることを禁じられた場所だ。

 

その区画は、『聖域の間』と呼ばれていた。

兵器プラントからさらに歩き、幾重にも閉じられた分厚い扉を開いた先に、その場所はある。

『白き月』の心臓部と言ってよい、全情報を集積・統括するコアが存在する場所。

そこに通じる最後の扉を開けて、踏み込んだ二人を出迎えた事態に、ノアは呆然として呟いた。

 

「どういうこと・・・・?」

 

二人の眼前には、数十メートル規模の青い巨大な水晶体が虚空に浮いている。

そのこと自体に問題はない。だが、

 

「『白き月』のコアが・・・・・・光っている?」

 

次に放たれたシャトヤーンの言葉通り、『白き月』のコアが強烈な光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・いったい、何が。

 

シャトヤーンはまず、自分の動揺を認めた。その上で彼女は一呼吸し、状況を整理し始める。

この部屋には、現在の『白き月』の管理者であるシャトヤーンでさえ、訪れたのは数えるほどしかない。

最後に入ったのはネフューリアを倒した後、『ヴァル・ファスク』の情報をノアと求めた時だが、その時は何事も無かった。

 

シャトヤーンは覚えている。

その時に見たコアは、湖の水面のように青く淡い光を静かに放っていたことを。

しかし今のコアは、数秒おきに内部に稲妻のように青白い光が走り、収まり切らない光は部屋を青く染める。

その間隔は一定のリズムを持ち、鼓動のようだとシャトヤーンは思う。

 

何が起きているのかは分からない。

だからこそ、そこから取るべき行動に迷いは無い。

コアを見つめなおし、シャトヤーンは小さく一歩前に出る。

 

「あ・・・・・・・・・・・」

 

ノアが小走りで横に並んだのを見て、シャトヤーンは想う。

彼女は言葉には出さないが、『ヴァル・ファスク』やEDENの現状に対する不安はあるだろう。

しかし、彼女は己の使命を必死に果たそうとしている。

そして、トランスバール本星で、国を背負って必死に動いているであろう自分の娘をシャトヤーンは想う。

・・・・・・・・・・ならば自分も、『白き月』をあずかる者として。

意思はもう揺らがない。さらに一歩を踏み出しながら、シャトヤーンは凛とした、力ある声でノアに告げる。

 

「ノア。先ほど調べた限りでは、コアが何らかの機能を強制的に稼動していて、その反動が『白き月』に表れているようです」

「管理者のあんたすら知らない、『何か』がコアで動いてるってこと?」

「それをこれから、調べましょう」

 

コアと二人の距離は5メートルにまで縮まった。そこで二人は足を止める。

コアに向かってシャトヤーンが右、ノアが左に並んで立つ。

シャトヤーンはコアに向けて右手をかざし、小さく息を吸い、

 

「我、真白なる月をあずかる者。古より輝く、青き石よ・・・・その英知をもって、我が意思に応えよ」

 

『白き月』に伝わり、己にしか意味をなさない(みことのり)を挙げる。

掌を向けた場所を中心にコアに波紋が広がり、次の瞬間、『謁見の間』の時より遥かに多いモニターが、二人とコアの間に浮かび上がった。

シャトヤーンはノアの方を向かずに、そのまま両手でモニターを操作し始める。

自分のモニターの電子音とは別に、ノアの方向からも似た音が聞こえてくる。

 

「・・・・・・・・『白き月』の中枢領域へのアクセスが成功しました」

「なら、現在の稼動プログラムを調べて。『白き月』全体に影響が出るような大事なら、確実に何か出るはずよ」

「はい・・・・・・・ですが、このコアは、『白き月』の全システムに直結しています。

おそらく無関係なプログラムやシステムに関する情報まで表示することになるでしょう」

「要するに、手間と根気が必要ってことね。いいわ、時間はかかるけど、それが一番確実な方法だろうし」

 

二人は、最低限の言葉だけを交わしモニターを処理していく。

その高速の動きはタイピングというよりも鍵盤楽器の演奏に近い。『聖域の間』に、電子音によるセッションが響き渡る。

シャトヤーンが新たなモニターを出し、数秒の後にノアが不要と思われる情報へのアクセスを遮断する役割だ。

シャトヤーンにとっても、ノアの助けは正直ありがたい。

同じ管理者としての権能を持つ彼女の助けによって、作業の効率は数倍に跳ね上がるのが分かる。

必ず異変の正体が分かる、そうシャトヤーンは確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』は躊躇いを覚えていた。

外を知るためには、ここから出る必要がある。

そのことに『それ』は怯えを感じた。

外にあるのが安息か、苦難か、決断か分からない。

 

だが、だからこそ『それ』は自覚した。

迷いも、躊躇いも、怯えも、久しぶりに感じたモノ―――否、感情だ。

そして、自分は―――――。

 

今がいつなのか推測する。

ここがどこなのか思いを巡らせる。

自分が『誰』なのか思い出す。

 

『それ』は『彼』としての自分を取り戻していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖域の間』では既に3時間近い時が流れ、ノアとシャトヤーンの顔には疲労が見え始めていた。

その時間と疲労は無駄ではない。

きっかけは、30分前に部屋に響いた一つの音声情報だ。

 

『コールドスリープ機能:『聖者の眠り』―――――――解除フェイズ実行中』

 

男とも女とも取れない機械の声で告げられた内容に、対照的な反応が起こった。

 

「コールドスリープ機能ですって!?」

「―――――――――――」

 

ノアは驚きの声を上げ、シャトヤーンは驚きの余り声が出なかった。

それでも手を止めない二人に、音声は無機質に続く。

 

『コールドスリープ機能:『聖者の眠り』―――――――解除フェイズ エラーが発生。プログラム修正中』

『コールドスリープ機能:『聖者の眠り』―――――――解除フェイズ エラーが発生。プログラム修正中』

『コールドスリープ機能:『聖者の眠り』―――――――解除フェイズ エラーが発生。プログラム修正中』

 

機能を『停止』させるには、まず『作動』させる必要がある。

それを理解し、二人はコンソールを操作することを止めずに、

 

「つまり、誰かがコアの内部で眠っていたのですね。

そして今、目覚めようとしたものの何らかの不具合があり、それが『白き月』全体に異常となって表れた・・・・・間違いないでしょう」

「どういうことよ・・・・・管理者のシャトヤーンはここにいるし、『白き月』のコールドスリープは緊急時以外使わないはずよ」

 

『白き月』は管理者の後継を前提にしているため、『黒き月』と違い、管理者がコアで眠ることは通常ない。

しかし緊急事態―――例えば全壊した時に、管理者はコアの内部で生命を維持できることはシャトヤーンも知っている。

だが、その機能が使えるのは、自分を始めとした管理者としての権限を持つ者に限定されるはずだ。

ノアが、その大きな目でコアを睨みつけ、大きな声で、

 

「シャトヤーン、コールドスリープの対象者を調べるわよ。中で誰が寝てるか知らないけど、ここから引きずり出してやるわ!」

 

シャトヤーンもノアの意見に概ね賛成し、コールドスリープに関するデータを引き出していった。

情報に制限をかけたことでモニターの出る勢いは先程より遅く、こちらの勢いは固めた意思によってさらに速くなる。

稼動している機能を二人の管理者がサポートすることで、エラーは消え、システムの最適化が果たされていく。

 

そして、今、一枚のモニターがシャトヤーンの目に入った。

そこ記されていたのは、一つの名前だ。

シャトヤーンはそこに記されている姓も、名も知らない。

 

「ノア、コールドスリープ対象者の名前が分かりました」

 

ノアの返事を待たず、彼女も知りたいであろう情報を伝えようとする。

シャトヤーンは改めてモニターを見て、

 

「その方の名は―――――――」

 

その名を迷い無く告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・え」

 

次の瞬間、ノアの指が止まっていた。

 

「ノア?」

 

シャトヤーンがモニターを操作することを止めずに左に視線を向ければ、ノアがこちらを見ている。

彼女の表情は、先日、EDENに関する報告を受けた時と似ている。

だが今は、驚きとは別の感情が見える。

ノアは何かを言おうとしているようだが、震えた唇から出される言葉の勢いは弱い。

たどたどしい、口調でノアは、

 

「シャトヤーン・・・・今・・・なんて・・・・・・・・・」

 

だが、シャトヤーンがノアの言葉を聞き終わることはできなかった。

それより先に右手側、コアの方向から強烈な閃光が放たれたからだ。

 

「きゃあっ―――――――――!!」

「―――――――――――――っ」

 

抵抗する時間はなかった。今までとは比べ物にならない青い光の濁流は、一瞬で二人を飲み込んだ。

もはやシャトヤーンの視界に入る色は、部屋の白でも、モニターの多種の色でもない。

雲一つ無い空に似た、蒼の色が全てを塗り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』は思い出す。

かつて、己が《疾風》と呼ばれていたことを。

風とは常に流れ、動くものだと『彼』は知っている。

ならば、その称号を受けた己も動き出そう。

 

『彼』は、そう決意した。

 

 

そして、『彼』は―――――目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

皆さん、こんにちは。プロローグを見ていない方ははじめまして。SEROです。

本編が始まった途端、いきなりELの冒頭部、それも舞台はエルシオールではなく『白き月』。

いきなりの場面展開で、皆さんが戸惑っていないか少し心配です・・・・・・だ、大丈夫かなぁ・・・・

しかし、今回でこの作品の流れに予想が付いた人もいるのではないでしょうか。

 

最後に、ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

では、失礼させて頂きます。

 

 

 

 

うらがき

作者の中でのオリジナル・改変設定で、ネタバレしてもよいものは、今回から、こちらで説明したいと思います。

設定の明らかな矛盾を見つけた方、異なる解釈などをお持ちの方は、ドバドバ指摘してくださって結構ですが、修正不能なまでに話が進んでいる時は、そのまま突っ走ることもあるのでご了承ください。

 

 

 

○『聖域の間』

タクト達が入ったことのある『白き月』の兵器生産プラントのさらに奥にある一室。

『白き月』のコアを有する、文字通り『白き月』の核となる場所。

 

ゲーム中にコアに対する具体的な描写がないので『しめた!』と思い、このようなオリジナル設定となりました。

 

 

 

○『白き月』のコア

『聖域の間』に浮かぶ、巨大な青の水晶体。

管理者に危機が迫った時の緊急的・一時的な措置としてコールドスリープ機能『聖者の眠り』が付与されている。

 

青い巨大な水晶体というのは『黒き月が赤いから、白き月は青いかなー』と、安易・・・もとい安直・・・じゃなくて直球な発想です。