ドライヴ・アウトした『白き月』では、エルシオールの入港が最優先で行われた。

入港した場所は、常時は多くの輸送船や戦艦が出入りする整備港の一つだ。

エルシオールは今、『白き月』のスタッフの協力も得て、簡易的な整備と補給を受けている。

特に目立つ損傷がある訳ではないが、先日『ヴァル・ファスク』と一戦を交え、これからも戦いが続く事を考慮したタクトとレスターの判断だ。

そのタクトは、今エルシオールの艦内にはいない。

 

 

 

 

 

通路が複雑に張り巡られた『白き月』の中、宇宙港から『謁見の間』への最短経路を歩きながら雑談する7つの人影がある。

その構成は男性1人に女性6人と極端なバランスで、男1人を先頭にして、女性陣は3人ずつ前後に列を作る並びだ。

銀色の金属隔壁で囲まれた宇宙港から歩き、その景色は既に彼らにとって見慣れた白の通路となっていた。

 

「へー、そんなことがあったんですか」

 

通路に明るい声が響く。

声の主は前列右側を歩く、ミルフィーユ・桜葉だ。

 

「そう・・・・・・・それで、ブリッジのみんなが固まっちゃってさあ」

 

対照的に、1人先頭を歩く男―――タクト・マイヤーズは、右後ろにいる彼女の方を向きながら、まいったよ、とボヤきながら歩みを進める。

後列左側で、それまで黙って話を聞いていた、烏丸 ちとせが真剣な顔で、

 

「ですが、その方は一体・・・・・・・」

「はい・・・・・・私も気になります」

 

その隣、後列中央を歩くヴァニラ・(アッシュ)も静かにちとせに同意する。

応えたのはタクトではなく、彼の真後ろを歩く蘭花・フランボワーズだ。

彼女は身体ごと後ろに振り返りながら、二人に強気な笑みを浮かべる。

 

「簡単じゃない。シャトヤーン様たちの所にいるんでしょ? 会って聞けば一発よ」

 

その左を歩く、フォルテ・シュトーレンも苦笑混じりに頷き、

 

「そうだねえ・・・・・・タクトの話を聞く限り、とりあえず敵ではないみたいだしねえ」

 

後列右側にいるミント・ブラマンシュが、ですが、と加える。

タクトが見る彼女の表情には、楽しんでいる節があるように見え、

 

「タクトさんのお話を聞く限り、ノアさんにとっては天敵に近いお方のようですわね」

 

 

 

彼らの話題は、ブリッジとの通信中に、『白き月』側に突然現れた人物についてのものだ。

疲れた顔をしたタクトが集合場所に現れたのが契機で、映像記録を直接彼女たちに見せる時間は無かったため、道中、タクトが歩きながら経緯を説明していた訳だが、

 

「・・・・・・・笑いごとじゃないよ、ミント。おかげでこっちまで、とばっちりをくらいそうだったんだから」

 

あんな恐いノアは初めて見た、と言いつつ、タクトは前方を向く。

次の角を曲がれば、『謁見の間』には直進するだけだ。

 

タクトは思う。

自分の抱いている問に対する、全ての答がそこにあるのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 疾風は目覚めて 第4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

室内に、7人の人間が入って来るのをアークは見た。

集団の先頭を歩き、最初にシャトヤーンに一礼するのは男性だ。

食事の際にシャトヤーンとノアから名は聞いており、先ほどエルシオールブリッジとの通信回線でも顔を見た覚えがある。

彼がトランスバール皇国の英雄―――――

 

「タクト・マイヤーズ、ならびにエンジェル隊、参りました。この度は、はるばるご足労いただき恐縮です」

 

・・・・・・・・・・・・・・・あれが、エルシオールの司令官か。

こうして近くで見て、思っていたより若いという感想を抱く。自分より、せいぜい5つほどしか歳は離れていないだろう。

英雄と呼ばれている割には、柔らかい空気を纏った青年だとアークは第一印象に刻む。

決して嫌いな雰囲気ではない。

 

ひとまずアークはそこで彼に関する感想を止め、その後ろに控えている6人に視線を寄せる。

彼女たちのことも既に聞いており、顔と名前は一致できる。

タクト・マイヤーズに続くように6人がシャトヤーンに一礼し、それぞれの歓迎の言葉を告げていく。

 

「こんなところにまでようこそです、シャトヤーン様!」

 

両極に花をあしらったカチューシャをピンクの髪に付け、満面の笑顔を浮かべるミルフィーユ・桜葉。

 

「シャトヤーン様! お久しぶりです!」

 

服の大部分が赤で占められ、長い金髪を揺らしながら快活な笑顔を向ける蘭花・フランボワーズ。

 

「お会いできて嬉しいですわ」

 

一際小柄な体型で、青い髪の両側に動物の耳のようなものが付いていて、上品な笑みを見せるミント・ブラマンシュ。

 

「・・・・・・・ようこそおいでくださいました」

 

ライトグリーンの髪に装着した白のヘッドギアが特徴的で、外見年齢以上の落ち着いた雰囲気で静かに一礼するヴァニラ・H。

 

「お、お待ちしておりました、シャトヤーン様!」

 

こちらからでも分かるほどに緊張し、長い黒髪を揺らしながら一礼する烏丸 ちとせ。

 

「エンジェル隊一同、心より歓迎いたします」

 

毅然とした態度で最後を締めるのは、軍帽をかぶり、左眼には単眼鏡を付けたフォルテ・シュトーレンだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この6人でエンジェル隊か。

その構成は全員女性で、年齢はアークより年上の女性もいれば、同年代、まだ子供と呼べる外見の少女までいる。

まだアークが眠っていた、半年前に起こったエオニア戦役と呼ばれる戦いでは『黒き月』に勝ち、その『黒き月』のテクノロジーを手に入れた『ヴァル・ファスク』のネフューリアすら打ち倒した原動力。

アークは天使の称号を与えられたパイロットたちに視線をもう一度一巡させた後、彼女たちの言葉の送り先であるシャトヤーンに視線を向けた。

彼女はエンジェル隊の一人一人に微笑み、

 

「みなさん、本当にご苦労様です。

ミルフィーユ、蘭花、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ・・・・・・・皆さんも、元気そうでなによりです」

 

その光景を見て、アークは小さく吐息。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・《月の聖母》・・・・・か。

この神殿で純白のドレスを纏い、慈愛に満ちた笑みを浮かべるシャトヤーンは確かにそう呼ばれるに相応しい存在だろう。

だが、だからこそアークは内心で、目の前にいる彼女に戸惑いを覚える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・同じであって、違うってことか。

 

隣に立つノアを見れば、彼女はそっぽを向き、

 

「・・・・・・・一応、あたしもいるんだけどね。まあ、どうでもいいけど」

 

アークは苦笑して、小声でノアに、

 

「・・・・・・そう、いじけんなよ」

「別にあたしは・・・・・・・」

「ノアさんもようこそ〜。会いたかったです〜」

 

ノアの小声の抗議はエンジェル隊の一人、ミルフィーユ・桜葉によってかき消され、アークはノアと共に前を見る。

彼女はシャトヤーンに対しての時と変わらぬ笑みをノアに向けていて、タクト・マイヤーズも彼女に続く。

 

「ノアも変わりないようだね。『白き月』にはもう慣れたかい?」

 

対してノアは、簡潔に応えるだけだ。

その表情は、アークもよく知るもので、

 

「それなりにはね。ムダなスペースだらけだから、もっと機能的にしろっていつもシャトヤーンに言ってるんだけど」

 

ノアに視線を向けぬまま、アークは思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、馴染んでるじゃねえか。

彼らとノアのやり取りを見て、少し驚き、それ以上に安心した。

彼らに対するノアの言葉は、皮肉や素っ気無さはあるが拒絶はしていない。

押し付けの友好ではないのだろう。ノアは自分が自然でいられるスタンスを保ち、その上で彼らはちゃんとノアを受け入れている。

自分が心配などしてやれる立場ではないのは自覚しているが、それでも少し安心できた。

今の彼女は決して孤独ではないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトはノアの、そんなことより、という前置きを聞く。

その顔にはどこか張り詰めたものがあり、理由はタクトにも思い当たる。

 

「EDENの人間はどうしたのよ? あたしとシャトヤーンがこんな辺境に来たのは・・・・・・・」

 

本星軌道上にあった『白き月』が遠く離れた辺境のガイエン星系まで赴いた理由。

EDENの民と名乗るルシャーティとヴァインをシャトヤーンとノアに会わせる任務をタクトは忘れてはいない。

 

「ああ、今、レスターが連れてくるよ。もう少しで到着すると思う」

 

タクトは応えながら、ノアの後ろに立つ少年を見る。

彼は黙ったまま、時折、自分たちやシャトヤーン、ノアを眺めているだけだ。

たまに細められる目は警戒しているのとは違い、ただそこに何かを探しているように思えるのは気のせいだろうか。

 

「じゃあ、その間にさあ・・・・・・・・・・・・」

 

後ろから蘭花の声が響く。

その声には好奇心という感情が大いに含まれていて、『その間に』何をするつもりなのかがすぐに想像できた。

こういう時に先陣を切って行動する辺りが蘭花らしい、とタクトは内心で苦笑。

 

「そこにいる・・・・・・・・彼のことも聞きたいんだけど」

 

蘭花の言葉に同意するように、気付けばエンジェル隊の視線は全て彼に向けられている。

彼女たちはもはや興味を隠そうとはせず、タクト自身も好奇心には勝てない。

 

「ノア。よかったら、彼のことを紹介してくれないかな?」

 

先ほどのノアの怒りを見ているので、できる限り穏やかな口調で告げながらタクトは改めて少年を見る。

身長は自分と同じくらいだが、近くで見ると身体は引き締まっているのが分かる。

黒い肩口までのシャツに、白いハーフパンツ、そしてサンダル。休日の自室でするような服装だ。

装飾品は、左腕につけた銀色の腕輪に、右手の黒いグローブ、そして首にかけた銀のネックレスと種類は多い。

 

「――――――」

 

彼は一瞬タクトと目を合わせたが、無言のまま会釈しノアを見る。彼女に任せるという意思だ。

今度は視線の大部分がノアに向けられ、そのことに気付いたノアは明らかに困った、という顔で、

 

「ねえ・・・・・・・・・・・できれば、さっきの通信も含めて、コレは見なかったことにしてくれない?」

「・・・・・・・・・・・お前、そんなにイヤなんか」

 

半目になった少年が抗議の声を出すが、ノアは無視。

その光景を見ていたミルフィーユが首を傾げる。

 

「えーと・・・・・・・でも、ノアさんの知り合いなんですよね?」

 

ミルフィーユの言葉に邪気や詮索はなく、そこにあるのは純粋な興味だ。

幼子のように素直に問うミルフィーユにどう対処すればよいのか分からないのだろうか、ノアは顔を背け、

 

「し、知り合いってほどのものじゃないんだけど・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・」

 

ノアは言葉を出せず、皆もノアの返答を待ち、時間だけが過ぎていく。

だが、タクトの後ろにいたミントの一言で停滞していた空気が変えられた。

 

「あら? ですが、タクトさんのお話では、とても息の合った会話をされていたと」

 

タクトは背筋が凍ったのを感じる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・み、ミント。なんてことを。

おそらく自分の内心を『読んで』いるであろう彼女の方を向いてタクトは抗議のメッセージを無言で送るが、ミントは微笑むだけだ。

すると、フォルテも面白そうに、

 

「そうそう。なんでも、モニター越しに派手なやりとり見せてくれたらしいじゃないか。なあ、ちとせ」

「はい。それはもう、昔からのご友人とお話するように、とタクトさんも仰られていましたが」

 

素直に同意するちとせの横では、ヴァニラが静かに笑い、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・仲がよいのは、いいことです」

 

手の平から急に汗が出てきたのをタクトは知る。

その感覚には覚えがあり、

・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、士官学校時代、カンニングがばれた時こんな感じだったっけ。

すると、後ろを向いているために視界から外れていたノアが、低い声で、

 

「タクト・・・・・・・・あんた・・・・・・・・・・通信の時のこと話したのね? それも随分と余計なことまで・・・・・・」

「あ・・・・・・・・・いや、その・・・・・」

 

早急に空気を変える必要があるが、自分は彼女を直視することすら躊躇っている状況だ。

タクトは、ただ一つだけのことを願う。頼むから誰か助けてくれ、と。

この場には『天使』が6人もいて『聖母』までいるのだから、救いの手を差し伸べてはくれないだろうか。

そもそも、自分を死地に追い込んでいるのは、その天使たち自身だが。

 

タクトの望みは蘭花から出た一言で結果的に叶えられた。

その声には、若干のからかいがあり、

 

「あー・・・・・もしかして、ノア。この1ヶ月の間に彼氏でもできたわけ?」

 

タクトは、ふ、と中途半端に息を飲み固まる。絶対に怒鳴られる。

・・・・・・・・・・・・・・ひ、火に油を―――――――!

しかし、ノアの激昂が飛ぶことはなかった。

 

「―――――――――っ」

 

前を向けば、ノアが無言でランファを睨みつけていた。

その顔にあるのは、照れではなく、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・やめて」

 

あるのは、明確なまでの拒絶の意。

それをぶつけられたランファはバツが悪そうに、

 

「・・・・・・・・な、なによ。ちょっとした冗談じゃない」

 

他の者も、ノアの反応には驚いている。

タクトの目には、今のノアは視線の強さと反比例するようにして弱々しく見えた。

ノアの後ろにいる少年は何も言わない。ただ、目を細めてノアを見るだけだ。

ノアは気を取り直すように、小さく溜め息をついて、

 

「・・・・・・・仕方ないわね」

 

再び向けられたノアの顔は、タクトも知るいつもの表情だ。

ノアはその表情を維持したまま少年の方へ振り向き、簡潔に用件だけ述べる。

 

「簡単に自己紹介なさい。EDENの民の二人が来る前にさっさと済ませて」

「へいへい、俺はそいつらの前座って訳な」

 

少年は小さく咳払いし、一歩前へ出る。

茶色の髪がわずかにかかっているその紅い目が、自分たちに今こそ向けられる。

その紅の色は、ルビーのような色彩を持つヴァニラの瞳の色と似ているようで、何処か違うものを想像させる。

彼は、真剣な顔でタクトとエンジェル隊の皆に小さく一礼し、

 

「俺は・・・・・・・・ぴょ―――――」

「つまらないボケ入れたら、宇宙空間に叩き出すわよ・・・・・・・・・・って、その恨みがましい目を止めてくれない?」

「・・・・・・・・・・・ゆとりって、大切だと思うんだ」

 

ノアが無言で頭を抑える。

彼女はもう何も言わない。ただ、心底疲れた、という顔をするだけだ。

そういえばレスターがよくこんな顔してるなあ、とタクトは無責任に思う。

その反応を見て、少年も諦めたらしく、

 

「・・・・・・・・・・・仕方ない、適当に真面目にいくか」

「その前に、いい加減その格好どうにかしてくれない? あんたの経歴名乗っても、その格好じゃ信憑性薄いわ」

 

少年も自覚はしていたのか否定はしないが小さく唸り、シャツを左手の指でつまむ。

 

「でもよ・・・・・・・今から着替えるのも面倒だろ。大体、昔の服も残ってるか分からないし」

「呆れたわね。左手につけてる物が何だったのか忘れたの? 機能は停止していないはずよ」

「あ・・・・・・・・そういや、コレ着けてたんだったな」

 

少年が左手に付けられた腕輪を胸元まで上げる。

タクトから見る分には、手首の外側に青い石が埋め込まれていることを除けば、特に特徴も無い銀の装飾品だ。

 

「それじゃあ、挨拶の前に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

彼はゆっくりとした動作で拳を握っていた指を広げ、目を閉じる。

何をするつもりか、というタクトの疑問に対する答えは、すぐに出る。

 

「―――――――――――《再構成》」

 

少年の言葉と共に、左腕から金色の光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腕輪の青い石からシャワーのように噴出された金色の光の中心でアークは思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・背が伸びたせいで、首元キツいんだよな。

同時に、着ているサンダルとハーフパンツも同様に光の粒子の集合となり、腕輪から生まれた粒子と合流。

熱があるわけではない。この形態の時は微風が身体を取り巻いているような感覚で、少しくすぐったい。

身体を覆うように広がった粒子は、それぞれの持ち場にたどり着くと、色と形状を定着させ、ようやく身体が質感―――厚地の布に対する感触を覚える。

その頃には光は止んでいた。残るのは、ただ一つの変化だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトは、目を開いたまま固まっていた。

腕輪が金色の光を放った瞬間、咄嗟に目を瞑り、次に開いた時には彼の姿が、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・黒い服になってる。

 

一瞬。そう呼べる時間をもって、少年の全身が黒で染められていた。

ブーツも、ズボンも、前側を首元まで留めたコートもほとんどが黒の色で構成されている。意図しての統一としか思えない姿だ。

アクセントになるであろう左手の腕輪と首元のネックレスは、上着で隠れて今は見えず、服装が変わる前から装着されていた右手のグローブも長袖の黒と同化している。

『白き月』に反逆するかのように黒で彩られた彼の姿は、先ほどの服装以上に異質に見える。

 

ようやく口から出た声は、自分のものか怪しいほどにうわずっていた。

 

「その服は・・・・・・君は、一体・・・・・?」

 

彼が着ているのは何かの制服だということだけはタクトにも分かる。

だが、個人のオーダーメイドや所属の違いでは説明できないほどに、皇国軍の制服なら最低限共通する部位が彼の服には見当たらない。

皇国内の他組織の制服かとも考えたが、タクトの記憶には該当するものは浮かばない。

 

袖口を見たり、ブーツの硬い爪先で軽く床を蹴るなど、服装に不具合がないこと軽く確認した後、少年はこちらを向いた。

少年は背を伸ばし、慣れた動作で足を閉じ、指先を伸ばした右手を側頭部へ運ぶ。

何をしようとしているのかは、タクトにも分かる。敬礼だ。

だが、やはり皇国軍共通の敬礼とは形式が違う気がする。

 

「改めて、自己紹介させてもらう。

トランスバール皇国軍の、タクト・マイヤーズ司令、そして紋章機を駆るムーンエンジェル隊」

 

声は低く、目は鋭く。

少年の持つ雰囲気は先ほどまでとは全く異なり、エンジェル隊も息を飲む。

こちらの戸惑いなど置いていくかのように、彼は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークは、言葉を紡ぎながら思い出す。

かつて、大切な物を失った自分が、力を求めて望んだ場所を。

共に集い、戦火をくぐり抜けた、もう会うことは叶わぬ者たちのことを。

 

 

 

「元EDEN連合軍、最高評議会直属特務兵――――《守人》」

 

 

 

及び、と告げながらアークは思い出す。

EDENに住む人々を護るために造られたこの白の星で、己が任じられた役割を。

アークの目に映るノアは自分と同じ方向を向いていて、彼女の表情は見えない。

 

 

 

「元『ポジティブムーン』開発局所属、エンブレムフレーム計画テストパイロット」

 

 

 

 

そして、戦いの日々で己につけられた呼び名をアークは思う。

昔から嫌な時ほど当たる予感がする。次の言葉を名乗れば、自分は再び踏み出す事になると。

戦場で否応なしに鍛えられた直感が告げている。もはや、後戻りはできなくなると。

 

これは一種の儀式だ。『過去』を生きていた自分が、『現在(いま)』に追い着くための。

600年前――――それ以前から始まり、この時代にて終わるであろう戦いの歴史。

その終着点に自分は身を投じる。

もはや、運命(さだめ)は止まらない。いや、

・・・・・・・・・・・・・・・・止める必要なんてねえだろうが!

己自身に向けた強い叫びと共に、彼は告げる。

 

 

 

「《疾風》―――アーク・レモネードだ

 

 

 

 

 

(とど)まっていた風は、既に吹き始めていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトは、ただ黙って彼を見る。絶句、という表情がそこにある。

彼の告げた内容は、未だ頭で消化できていない。

おそらく、後ろにいるエンジェル隊の皆が沈黙しているのも同じ理由だろう。

 

もはや、まばたきすら忘れた視界の中で、少年―――――アークは自主的に敬礼を解除。

彼はゆっくりと下ろした右手で首元のホックを外して、大きく息を吐き、

 

「まあ、アレだ。無駄に長いし、昔の肩書きだから、別に覚えなくてもいいんだけどさ・・・・・・・・・・・・」

 

真剣な顔を見せた気恥ずかしさか、照れくさそうに頭をかき、彼は笑った。

 

「よろしくな?―――――――600年の時を超えて会うことができた、EDENの落とし子たち」

 

静かな声、穏やかな目だが、力のある笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

皆様こんにちは、SEROです。

4話目・・・・・・・ようやく、不審者同然だった主人公(?)の素性が明らかになりました。

最後に告げられたアークの持つ三つの肩書きの原因と結果。

そして、それが彼らにとって意味するものは、これから少しずつ明かしていきたいと思います。

では、この辺で失礼致します。