『それ』は突然、彼女に現れたわけではない。

思い返してみれば半日ほど前から兆候はあった。

気のせいで済ませられる程度だった感覚は今、はっきりと自覚できるレベルとなっていた。

・・・・・・・・・・・・・・なんだろう。

彼女は自分自身に問いを向けるが、答えは返ってこない。

 

「どうかしたかい、姉さん?」

 

自分の右隣を歩く者が自分に声をかけてきた。

は、と意識を引き戻した彼女は、俯いていた表情をそちらへ向ける。

自分と同じ金の髪と青い瞳を持ち、外見より大人びた笑みを向けてくる少年―――弟に、少女は笑う。

 

「ううん、なんでもないわ。ヴァイン」

 

否定の言葉とは裏腹に、感覚は消えようとはしない。

そのことを疑問に思っていると、前方から男の低い声が聞こえてきた。

 

「ルシャーティ、ヴァイン。間もなく『謁見の間』に到着する。タクトたちは既にいるはずだが・・・・・・・・」

 

彼の言葉に、はい、と応えて少女―――ルシャーティは、現状を再認識。

自分たちは、エルシオールの副司令であるレスター・クールダラスの案内を受けて、この『白き月』の通路を歩いている。

向かう先は『謁見の間』。そこに行けば、この『白き月』の管理者であるシャトヤーンと、『黒き月』の管理者であるノアに会える。

かつてのEDENの残した防衛機構を預かる彼女たちの協力を得られるかどうかは、『ヴァル・ファスク』からEDENを解放することに深く関わるはずだ。

そのことを思うと、ルシャーティは緊張と呼ばれる圧迫感を胸に覚える。

 

だが、彼女の思考の大部分が別の所にあることは変わらない。

故郷と同じ、EDENのテクノロジーで構築された建造物にいるからだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだろう。

もう一度、己に問うが、応えるものはない。

怖くはない。戸惑いは覚えるが嫌な感じではなく、むしろ安心できる。

そして、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前にもどこかで。

それがいつ、どこだったかを彼女は思い出せない。それでも、必死に記憶を掘り返していると、

 

「・・・・・・・・なんだ!?」

 

前を歩くレスター・クールダラスの鋭い声が響いた。

彼女が声に促されて前を向けば、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・光?

前方の部屋、『謁見の間』から、金色の光が流れ出ていた。

光による眩しさからか、危機感を覚えたからか、横に立つヴァインが目を細めて、

 

「あれは・・・・・・・・ナノ・テクノロジーの光?」

 

その技術の名はルシャーティも知っている。

極小の機械、ナノマシンを操作することによって、あらゆる物質を形成する技術。

だがその技術は、衰退した今のEDENでは非常に希少なもので、彼女も実際に見たことはない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・いったい、誰が。

 

光が収まると共に、内部の様子も見え始めた。最初に気付いたのは10ほどの人影だ。

入り口側にいるルシャーティたちに背を向ける形で、エルシオール司令のタクト・マイヤーズやエンジェル隊もいる。

そして遠くには、こちらに向かい合う形で、白の宮殿に対照的な、真黒の装束に包まれた少年がいた。

彼の視線はこちらには向いていない。手前にいるタクトやエンジェル隊に対し彼は口を開き、

 

「改めて、自己紹介させてもらう」

 

彼の言葉を聞きながら、ルシャーティは根拠なく思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、この人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 疾風は目覚めて 第5話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノアは、『謁見の間』に重い空気が流れているのを感じた。

タクト・マイヤーズとエンジェル隊、計7名の視線は黒の服で身を包むアーク・レモネードに集中していた。

アークは自己紹介の言葉を述べてから、何も言わない。

言うべき事は言ったので、タクトたちの反応を待つ、ということだろう。

 

先陣を切ったのは、先ほどと同様に蘭花だった。

しかし、彼女も情報を整理しきれてはいないらしく、慌てた口調で、

 

「ほ・・・・・・・・本当なの? 今の・・・・その・・・・・EDENって・・・・・・・」

 

戸惑いながらも問われる内容は、ノアの言葉によって肯定される。

 

「全て事実よ」

 

ノアは、アークには視線を向けぬまま、タクトたち全員の方を向き、

 

「この男はかつての・・・・・・・600年前のEDENの《守人(もりびと)》であり、この『白き月』に所属して紋章機の製造に深く関わっていたはずよ」

 

その言葉を聞いたフォルテが、通常よりも低い声で問うた。

 

「けど・・・・・そんな大昔の人間がどうやって、この時代にいるんだい?」

「あんたたち、忘れたの? あたしも600年前のEDENで生まれたってこと」

 

瞬時に数人がその言葉が示す意味に気付いたらしく、代表してタクトが尋ねる。

 

「眠っていたってことかい? 彼も・・・・・ノア、君と同じように」

「正解よ。こいつは『白き月』のコアでコールドスリープしていたわ・・・・・・あたしと同じ時代からね」

 

ミルフィーユは、抱いていた疑問が解けたのか、すっきりとした顔で、

 

「それでノアさんとアークさんは、お知りあいだったんですね?」

「・・・・・・・・・まあ、そんなところよ」

 

あまり触れては欲しくない部分だ。ノアはそれ以上は語らない。

先ほどのノアの拒絶を覚えている皆も、それ以上彼との関係を追及しない。

そのためか、ミントは別の角度から問うてきた。

 

「あの、ノアさん。先ほどからおっしゃられている・・・・・・『ポジティブムーン』やエンブレムフレームというのは、『白き月』と紋章機のことですわね?」

「そうよ。そう呼ばれているのを一度くらいは聞いたやつもいるでしょ?

『ポジティブムーン』というのは、当時のEDEN軍や開発者の中での本来の正式名称よ。『白き月』は一般人の間での通称ってところね。

人間の存在や精神を肯定的(ポジティブ)に捉える事を設計思想の主軸とした防衛機構の月・・・・・・・・・対して、人的要素に否定的な『黒き月』は『ネガティブムーン』ってわけ」

 

それまで沈黙していたシャトヤーンがノアの言葉に頷き、補足する。

 

「事実、『白き月』の初期記録には、『ポジティブムーン』の名称が多く使われています。

おそらく、トランスバール皇国に飛来した時にこの月にいた管理者は、後者の呼び方を使われることを選んだのでしょう。

エンブレムフレームというのも、紋章機の開発当時の、製造者たちの間での正式名称です」

 

あの、と呟くのはヴァニラだ。

彼女はアークの服を見ながら、真っ先に何かを言いかけていたが、今まで沈黙し、

 

「・・・・・・・・その服は・・・・・・・EDENの時代の軍服なのですか?」

「一応、EDEN軍に所属する士官用の制服の一つだ。この色は・・・・・・・・・・まあ、俺個人の希望だけどな」

「あたしは、あんたが笑いを取ろうとして、変な格好でもするんじゃないかって不安だったけど」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

ノアが皮肉の残る口調で言った内容に対し、アークはノアの言葉に真顔で固まった後、

 

 

 

 

 

 

 

「その手があったか!」

 

彼は両手で頭を抑えて、その場にしゃがみこみ、

 

「ぐわー・・・・・年末宴会用に登録してた衣装が3パターンもあったのに・・・俺ってヤツは・・・!」

 

本気で悔しがっているアークを見て、皆はどうすればよいか分からず固まっているようだが、ノアは的確な対処法を知っている。

無視すればいい。構えば、つけあがるだけだ。

何事もないように、ノアは質疑応答を再開させる。

 

「・・・・・・・で、他に質問は?」

 

ちとせが、では、と前置きして、

 

「最初におっしゃった、《守人(もりびと)》というのは・・・・・・・? 何かの称号のようですが・・・・・・・・・・・」

 

アークが、頭を抑えていた手を外しながら立ち上がり、ああ、と頷く。

 

「《守人》っていうのは・・・・・・・・元々は――――」

「EDENの伝承・・・・・・・《創世の詩》に伝えられた戦士から伝わる称号ですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノアの知らぬ声が響いた。

声の主は、幾つかの足音と共に近づき、

 

「聞いたことがあります。

かつてのEDENは、各星系による連合軍を作り『ヴァル・ファスク』に対抗していたと。

《守人》と呼ばれ、評議会直下に控える特務兵たちは各々の二つ名を持ち、階級や部隊に縛られることのない強い権限を与えられていたと」

 

言葉を放つのは、金の髪に青い瞳を持つ少年だ。

エルシオール副司令のレスター・クールダラスに率いられた彼の横には、同じ髪と目の色を持つ少女がいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この二人が、EDENの民。

おのずとノアは、自分の表情が硬いものになるのを感じる。

隣を見ればアークも真剣な顔になり、目を鋭くしていた。そして、強い視線をヴァインに向け、

 

「誰だお前は。人のおいしい所を持っていきやがっ―――――」

 

ノアは右肘をアークの鳩尾に叩き込んで静かにさせる。

もう一度前を見ると、彼らの前に立つレスター・クールダラスが、シャトヤーンに一礼していた。

 

「シャトヤーン様、EDENからの客人をお連れしました」

 

その言葉を契機に、もう一度ノアは二人を見る。

二人が着ているのは、中世を思わせるどこか古い型の服で、額にはサークレットが付けられている。

紛れもなく、かつてのEDENの正装の一つだ。

彼らに対し、最初に声を掛けたのはシャトヤーンだった。

 

「あなたがたが、EDENの・・・・・?」

 

その問に、二人は即座に頷きを返した。

 

「はい。ルシャーティと申します」

「弟のヴァインです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳩尾を押さえて前屈みになっていたアークは、俯いたまま二人の声を聞く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今の、EDENの住人か。

痛みにこらえつつ、アークは顔を上げた。

最初に、二人のうち右に立つ少女の顔立ちを見て、

 

「――――――――」

 

アークの思考が止まった。

覚えたのは、驚きであり、戸惑いの感情だ。彼は、その表情を理性をもって押さえ込む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・空似・・・・なのか?

彼は動揺を己の中に封じつつ、左側に立つヴァインを見る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、生意気そうなガキだな。

そう評していると、シャトヤーンが、

 

「『白き月』を預かるシャトヤーンです。ようこそ」

 

彼女は二人に歓迎の意を伝えながら、静かな笑みを浮かべる。

そして、すかさず本題に切り込んだのはノアだった。

 

「・・・・・・・なにか、証拠はある?」

 

その口調はシャトヤーンとは違い、鋭さが見える。

アークには分かる。

言葉の裏にあるのは、彼らへの不信でも信頼でもなく、己の使命に対する真剣さだ。

その空気を感じ取ったらしいヴァインもノアに対し、

 

「証拠?」

「EDENの民であることを証明できる証拠はあるの? ――――と、聞いてるんだけど」

 

ノアの強い口調に、タクト・マイヤーズが言葉を放とうとする。

 

「ノア、二人は確かに『ヴァル・ファスク』の艦隊に追跡されていたんだ。それをオレたちが・・・・・・・・」

「あんたには聞いてない。あたしは、この二人に聞いてるの」

 

ノアはタクト・マイヤーズの言葉を遮り、二人から視線を外さぬままに言葉を続ける。

 

「EDENによって生み出された『黒き月』の管理者として、あたしはそれを確認しなきゃいけない」

 

隣で見るノアの表情には焦りがある、とアークは思う。

そして、無理もない、とも。

 

「さあ、どうなの?」

 

場に沈黙が流れる。

誰もが理解しているはずだ。ノアの邪魔をしてはいけないということを。

そして、アーク自身、彼らがどう応えるのかを見ておきたい。

 

「ヴァイン・・・・・」

「・・・・・・そうだね、姉さん」

 

姉弟は互いを呼び、頷きあった後、

 

「では皆さん・・・・・・・これが、僕たちの身の証を立てる証拠になるかはわかりませんが・・・・・・・」

 

ヴァインの前置きと共に、ルシャーティが目を閉じ――――――――彼女は詠った。

 

 

楽園より生まれし、黒と白の愛し子よ

無限と有限の狭間にたゆたいて、時を超え、時を待つ者

我が意に応えよ

我、汝らの母――――――EDEN

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この詩は―――――

アークが答えを思考するより早く、『謁見の間』は彼女の(みことのり)に応えた。

アークの視界は白の光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついた時、アークの視界に映ったのは白黒で構成された宇宙空間だった。

『謁見の間』は消え失せ、全方位には漆黒の闇と、そのアクセントとしての星々が光り輝いている。

その中で、最も近くに、大きく見えるのは、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・EDEN本星に、二つの月か。

巨大な惑星の軌道上に、二色の月が浮いている。

 

この世界の『過去』であり、かつての『現在』がそこにはあった。

記憶に映されている『白き月』にはかつての自分がいて、『黒き月』にはノアがいるはずだ。

ここから過去に行けるとしたら、自分はどう動いているだろうか。そんなことを考え、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感傷、だな。

これは過去だ、と己に言い聞かせる。

この映像に映るのは、二度と手の届かない場所なのだと。

 

「EDEN・・・・・・・」

 

ノアの声だ。

 

「忘れるわけがない・・・・・・・あれは、EDEN・・・・・」

 

ノアの声は震えている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泣いて・・・・いるのか。

だが、アークは振り向かない。

 

「600年前の・・・・・・・・・あたしが最後に見た・・・・・・・EDEN」

 

いや、振り向けない。

きっと彼女は、自分に泣き顔を見られることは望んでいないから。

 

「あたしが・・・・・・・・・・・生まれたところ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに響く電子音が、アークの耳に入る。

 

「まだ、やってるのか?」

 

タクト・マイヤーズとエンジェル隊が『謁見の間』を去ってから、既に数時間が経っていた。

ルシャーティとヴァインの姉弟もエルシオールに戻り、シャトヤーンも今はいない。

時刻でいえば、既に夜と分類される時間帯だ。

灯の消されていない『謁見の間』の室内にいるのは、既に中身が入ったマグカップに、同じ大きさの空のカップ、さらにはティーポットと菓子が載った盆を右手で支え、部屋に入ってきたアークと、

 

「・・・・・・・・・・・・何の用?」

 

入り口近くの壁際に置かれたた簡素な白い椅子に座り、モニターを眺めているノアだけだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・無視されないだけマシか。

アークは溜め息をしながら左手をかざす。

 

「―――――――――《構築》」

 

左手首から光の粒子が放出され、一瞬でノアの横に白い円形テーブルが形成される。

テーブルに静かに盆を置き、

 

「差し入れだよ。そう邪険にするな」

 

アークは、ほらよ、と中身の入っているマグカップをノアの手の届く範囲に置く。

 

「今は何やってるんだ?」

「『白き月』側の、クロノ・クェイクのデータを引っ張り出してるのよ。何か見落としがないか、こっちのデータも確認しようと思って」

 

ノアは右手でコンソールを操作してモニターを眺める。

そして、こちらには視線を向けずに左手を伸ばし、マグカップを確実に掴む。慣れた動作だ。

ノアはモニターを見たまま、一口飲んで、

 

「―――――っ!?」

 

吹きかけたが、耐えた。

 

「な、なによ、コレ!?」

「特濃宇宙センブリ茶。眠気覚ましにと思ってだな」

「・・・・・・・・・・あんたを殴り倒せるくらいには目が覚めたわ」

 

強い音をたててマグカップをテーブルに戻すノアに、アークは冗談だと言って、ストレートの紅茶の入ったティーポットを空のカップに注ぐ。

茶葉を適当にお湯に浸しただけの無作法な淹れ方だ。もっと美味い淹れ方はあるだろうが、その辺は愛嬌だと自分に言い訳。

 

「けどよ、自分が何飲もうとしてるのかくらいは確認しておいた方がいいと思うぞ? お前、作業入ると周り見えなくなる時あるし」

 

ノアからの返事はないが、否定はできないと認めている証拠だと思い、アークは注いだばかりの紅茶のカップをノアに差し出す。

自分の分も淹れようとしたが、持ってきたカップは二つとも中身が入っているので、

 

「これ、もういらないな?」

「あたりまえ・・・・・・って、あんた!?」

 

振り向いたノアを気にせず、アークはセンブリ茶を一気飲みする。

当然、カップを口につけて。

 

「ぐあ・・・・・・・・・・・・・・・」

 

味覚が狂いそうな苦さに悶絶していると、ノアは呆然とこちらを見ている。

彼女は、何故か焦った顔でカップを指差し、

 

「あ・・・・・・・・あんた・・・・・・・・それ・・・・・・・・」

 

アークは苦い顔で、ああ、と返し、

 

「・・・・・・さすがにこれはキツイわ。イタズラにしてはやりすぎだった、悪い」

 

こちらの応答に、ノアはただ無言だ。

最初の怒っているような顔は呆れ顔になり、

 

「・・・・・・・そういうヤツだったわね、あんたは・・・・・・・・・」

 

ノアは手元の紅茶を一口飲み、カップをテーブルに戻す。

そして、再びモニターだけを見続ける。

 

「ありがとう、くらい言えよ」

「恩着せがましいわね。協力してくれるなら、あんたには他にできることもあるでしょ? あんたの資質なら―――」

「そのことは禁句だ」

 

アークは少し強い口調で言った自分を戒めながら、空になったカップに自分の分の紅茶を淹れる。

センブリ茶が入ってたカップに紅茶って大丈夫だろうか、とも不安に思うが、今思うべきなのは、この『謁見の間』で数時間前に伝えられた数々の事実だ。

聞く者にとっては、これ以上ない悪夢となるであろう真実の一つをアークは呟く。

 

「あの災害が・・・・・・・・クロノ・クェイクが、『ヴァル・ファスク』の仕業か」

 

自分が眠りに着く前では呼び名すら与えられていなかった惨劇。

それは、『ヴァル・ファスク』によって引き起こされた人為的行為――――そう、二人の姉弟は告げた。

ノアはモニターから視線を移さずに、

 

「・・・・・・・・あんたは、あまり驚かなかったわね」

 

ヴァインから真実を聞き、その場にいた誰もが、ノアさえも言葉を失った。

その時アークは無言で目を細め、真相を語るヴァインを見ていただけだ。

アークは、自分の分の紅茶を飲む。やはり、センブリ茶の影響を免れきれなかったらしく、微妙な味なので一気に飲みきり、

 

「驚かないっていうか・・・・・・・・むしろ、なんか納得しちまったんだ。

そんな気がしたってのは言い過ぎにしても、天災で片付けるには、できすぎだったからな」

 

アークは覚えてるだろ、と言いながら、床に直に腰を降ろす。

 

「あの時・・・・・・・二つの月は大規模な戦闘シミュレーションをするために、辺境宙域まで長距離航行する途中だった。『最終判断』を下すために」

 

ノアは、言葉は返さない。

だが、同意を意味する沈黙を得て、アークは吐息を吐く。

 

「『ヴァル・ファスク』の連中が二つの月の存在を知っていたかは分からないけど、直感的に妙だと思ったんだ。

取っておきのカードを出そうとした途端にゲームがいきなり中断されるなんて、偶然にしてはタイミングが良すぎるって」

 

おまけに、と呟いた後に、アークは露骨に嫌な顔をする。

 

「・・・・・・・・・・・あのジジイ、まだ生きてるのかよ」

 

『ヴァル・ファスク』の指導者であり、そしてかつてEDENと戦いを仕掛けた男。

ノアも、同じ名前を考えているだろう。

 

「あんたはヤツを・・・・・・・・・ゲルンを見たことあるの?」

「さすがに生では、ないな。軍事教練受ける時に、俺らを洗脳してんのかってくらいに映像を見せられるんだよ。宣戦布告の時のとか」

「宣戦布告・・・・・・・・・・・当時の約400年前だったから、1000年前の映像ね」

千年(ミレニアム)規模の宇宙戦争なんて・・・・・・・狂ってやがるな」

 

アークは後ろの柱に背中を預け、疲れた声で、

 

「なんか・・・・・・・・・・・・・・今日は色々あったな」

 

目覚めてからまだ1日も経過していないことを意外に思い、アークは疲労を覚える。

600年も寝てたのにな、と内心で苦笑しつつ、目覚めてから起きた出来事を思い出す。

目覚めた先の世界では自分の知る物など何一つ無く、自分は孤独な異邦人だと思っていた。

しかし現状は、

 

「『白き月』で眠ってたんだからシャトヤーンがいるのはともかく、『ヴァル・ファスク』が相変わらずいて、エルシオールに紋章機・・・・・・・そして、お前か」

 

かつての自分の周りにあった物が、消えるのではなく、形を変えて、そこに存在する。

そのことから覚えるのが嬉しさなのか悲しみなのかは、まだ分からない。

アークは、天井を見上げ、

 

「なかなか・・・・・過去っていうのは切り離せないもんだなあ」

「それだけじゃないでしょ? あのルシャーティ、ライブラリの管理者ってことは・・・・・・・・」

 

ああ、とアークは頷き、

 

「お前の想像どおりだよ。向こうは俺に対して、何か感じてはいるかもな」

 

ノアは紅茶をもう一口飲み、思い出したように、

 

「そういえば・・・・・・・・あんた、ヴァインのこと随分と見てたわね」

「至極簡単に言うけど・・・・・・」

 

アークはその紅い目を細め、断言した。

 

「あいつ、どうも気にいらねえ」

「自分の台詞奪われたのがそんなに腹がたったの?」

 

違うって、とアークは笑うが、目の鋭さは消えない。

 

「あの無表情ヅラが不気味でさ。

感情をあまり表に出さないとか、大人びてるっていえばそれまでだけど、クロノ・クェイクのこととか『ヴァル・ファスク』のことを淡々と話し続ける様子が、どうにもな」

「・・・・・・・・怪しいってこと?」

「そこまでは言ってないさ」

 

アークは思い出す。

ルシャーティと共にEDENから脱出する時のことを語るヴァインの表情を。

 

「EDENはともかく、『姉さんを助けたかった』って言う時のあいつの顔は、嘘じゃないって思う。だけど、壮絶にウマが合いそうにないのも確かだ」

「つまり、あんたと違って常識人ってことね」

 

アークは一度頷きかけた首を不自然な角度で止め、苦笑し、やがて笑みを消す。

『聖域の間』で目覚めて以来、彼女と二人になるのは初めてだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・話すなら、今か。

アークは、ノア、と彼女の名を呼ぶ。

小さく深呼吸をした後、彼は床に視線を移し、

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱり、恨んでるか。俺のこと?」

「――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークは、ノアが指を止めたのを、止んだ電子音で知る。

『謁見の間』が無音になる。話を聞く気はあるらしい。

 

「こういう言い方すると、お前は怒ると思うけど・・・・・・・・・俺、後悔はしてないんだ」

 

ノアは何も言わない。

静寂だけが場を支配。

 

「そりゃ・・・・後で考えれば、もっといい方法なんていくらでも転がっていたかもしれないけど、あの時は見つからなかったんだ。

だから、あの時の俺はたった一つの選択を自分の意思で選んだ。あの時周りにいた人たち、サガも・・・・・マリアも、皆が悩んで、その上で俺に託してくれた」

 

彼を振り向かぬままに、ノアは平坦な口調で問うてきた。

 

「・・・・・・・・・後悔してないなら、なに?」

「悲しいんだ」

 

告げたとおりの感情を言葉に乗せて、アークは、

 

「悲しいんだよ。

あんな選択をした自分に。そこまでやっても、変えられなかったお前の運命に。そして、死んだ――――――」

「別に恨んでる訳じゃないわ」

 

返された声には、アークとは対照的に感情は込められていない。

ノアは興味を失ったかのように、落ち着いた口調で、

 

「あんたがしたことは、立場上そうしなければいけなかったってことくらいは分かる。

少なくとも『白き月』にいた以上、そうすることは正義だったはずよ」

 

アークはノアの、だけど、という続きを聞く。

目を閉じる。ノアが告げる全てを受け止めるために。

 

「許しはしない」

 

言葉をアークは無言で己に刻みつける。

絶対に忘れるな、と心に言い聞かせながら。

 

「あんたがあの決断を後悔していないように、『黒き月』の管理者であるあたしは、あんたの行為を許すわけにはいかないの」

 

それだけよ、とノアは付け加え、その言葉が最後になった。

再び響き始めた電子音を聞きながら、アークは目を開ける。

彼は右の拳を握り締め、

 

「それでも、俺は―――――」

「作業の邪魔よ。黙ってて」

「はい」

 

即答―――――身体に染み付いた反応を悲しく思う。だが、

・・・・・・・・・・・・・・・・相変わらず、『出て行け』とは言わないんだな。

そう指摘しようかとも思ったが、墓穴を掘る未来が容易に見えたので黙りこむ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、色々あった。

もはや、疲労は眠気と言う形となって、身を離そうとしない。

徐々に閉じられていく視界の中で映るのは、幾枚ものモニターと格闘するノアの横顔。聞こえるのは、子守唄と呼ぶにはあまりに無機質な電子音。

だが、その光景に安心を覚え、アークの意識は沈んでいく。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・それでも―――――――

紡がれる事のなかった、その先の言葉はアークだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

皆様、こんにちは。SEROです。

やっと、ELのキーパーソンの二人が出せました。

ここまで張りまくった伏線やオリジナルの名前ですが、ちゃんと回収予定はあるので、よろしければおつきあいください。

それでは、今回はこれで失礼させて頂きます。

 

 

うらがき

     月の名称『ポジティブムーン』

『白き月』の建造計画が立ち上がった際の正式な名称。

やがて時が経つにつれて、その形状などから生まれた俗称・・・つまりあだ名が『白き月』である。

EDEN内では、次第に『白き月』という名称も定着し始めるが、軍や研究者はその本来の名前を継続して使っていた。

 

 

元々は、小説の方で使われていた呼び名を使わせてもらいました。

原作小説の方では、場合分けしてどちらも使っていますが、今作品内では作中のように定義させていただきます。