宇宙空間を動く、暗い光の集合がある。『ヴァル・ファスク』別動隊だ。

リグ・ゼオ戦闘機やバルス・ゼオ攻撃機といった、速度を重視した編成は最高速度で『白き月』に迫っていた。

だが、各機が主砲の発射準備に入った時、

 

『―――』

 

全ての戦闘機、攻撃機に搭載された機械の思考―――人工知能は一つの変化を知る。

『白き月』の隔壁の隙間から、一つの物体が飛び出したことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小惑星で形成された回廊を抜けるエルシオールで、『それ』に最初に気づいたのは『白き月』の安否を調べていたレーダー担当のオペレーター、ココだった。

『白き月』の最深部に繋がる通路から飛び出した、全長40メートルほどの細長い金属の構築物。

スキャンされて分かる、その形状は、

 

「戦闘機・・・?」

 

だが、紋章機ではない。

皇国軍、『黒き月』、『ヴァル・ファスク』――――その全てに所属しない機体だ。

ココは謎の機体を司令官に報告しようとして、

・・・・・・・え?

その前に、己の担当するモニターに一つの動きを見た。

彼女の判断を待つまでもなく、レーダーに表示された所属不明機は味方を示す青になる。

まるで艦が己の意思で戦闘機を出迎えるように、だ。

青の点に付随された文字列は所属不明を示す『Unknown』ではなく、

 

GW−013Ex

 

機体コードと共に、その名が登録される。

 

「ゲイル・・・・トゥルーパー・・・?」

 

初めて聞く名前を呟き終えると共に、ココは青の点の動きを見る。

速い。『白き月』から離れる青の点は、紋章機と同等の―――否、凌駕する速度を見せている。

ココは理解する。謎の機体が、

・・・・・・・『ヴァル・ファスク』と戦おうとして。

彼女は今度こそ伝える。

自分たちの他にも、戦いへ赴く者がいることを。

 

「マイヤーズ司令!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 疾風は目覚めて 第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙空間は、その大部分が漆黒の闇で構成される。

だが、その黒の色が一瞬にして切り裂かれる場所があった。

切り裂くのは二条の青の光。その先端にいるのは、銀のボディに蒼のカラーリングを施した戦闘機だ。

 

高速で動くそれは、遠目には一本の剣のようだった。

細長いフレームの先端は鋭利に尖っており、下部には機体の全長に匹敵する黒い長砲を抱えている。

基部の側面には左右対称に、前方に向けられた細い砲が、その後ろには、赤い水晶体を埋め込んだ盾のようなユニットが接続されていた。

『白き月』の出入ハッチから垂直に飛び出した戦闘機は、機首の角度を右上に変えると、

 

『――――』

 

進路を変えながら、後部の双翼から太い青の二条の光を吐き出す。

加速を伴った旋回だ。

蒼の戦闘機は、『白き月』に近づく光の群れに正対すると、今度は一直線に突き進む。

 

その加速に迷いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右手でグローブ越しに操縦桿の感触を確かめながら。

左手でスロットルや幾つかのコンソールを微調整しながら。

 

「相変わらず腰痛くなるシートだな。これくらい改修してくれてもよかったんだが・・・・・・・」

 

蒼の戦闘機―――ゲイルトゥルーパーのコックピットでアーク・レモネードは小さく苦笑する。

身を囲むスクリーンは平面展開型。

最小限の動きで見る右側のスクリーンには、ノアから転送された敵艦隊の詳細なスキャン情報が表示されていた。

結果は、

 

「戦闘機級4機に対艦攻撃機級2機・・・・離れた所に巡洋艦、と」

 

数では圧倒的、いや絶対的に不利と言ってよいかもしれない。

しかし、アークは眉を立てた強気の笑みを崩さない。

 

「そんじゃ、マジに腰痛になる前に終わらせるか」

 

五指を広げた左手を胸にかざし、アークは意識をそこに注ぎ込む。

左手首に装着したリングが放つのは―――赤い光だ。

 

―――人工心臓(Artificial Heart)、超過駆動

――――プロトH....との連動確認

―――――視覚神経適合

 

次の瞬間来たのは

 

「・・・・・っ」

 

胸部中央から来る、強い鼓動と鈍い痛みだった。

アークは、く、という声を無理やり押さえ込む。

 

「・・・・・・・慣れねえモンだな」

 

感じるのは疼き。胸にある、消えぬ過去の傷。

覚えるのは軋み。胸にある、確かな力の代償。

だが、簡単に命失う戦場では、己の存在を確かにしてくれる大切な要素だ。

 

――――――Artificial Organization Link調整開始

 

アークは前面のスクリーンに映された、既に形状が識別できる『ヴァル・ファスク』艦隊を見る。

600年前、自分は大切なものを彼らに奪われた。

長い時を超えて目覚めた自分は、既に護るべき人を失っているのかもしれない。

今、自分が失われて、どれだけの人が悲しんでくれるかも分からない。

だが、それでも、

 

「通り過ぎた後は破滅しか残さない死の暴風だ・・・・・・・・・・・覚悟しとけ」

 

過去の戦場と同じ言葉を出せる意志に偽りはない。

これだけは、今も、そしてこれから先も変わらない己の真実。

故にアークは叫ぶ。

 

「――――『ヴァル・ファスク』!」

 

戦場で、己と愛機に刻み込まれた《疾風》の名を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴァル・ファスク』無人艦隊は独自の判断で、全ての主砲・副砲の発射対象を蒼の戦闘機に変更した。

スキャンした結果、蒼の機体は有人機だが大きさは紋章機に比べ一回り小さい。

基本フレームは、機動性よりも最高速度や加速に重点を置いた、前後に細長いものだ。

人工知能は、蒼の戦闘機が紋章機ではなく、さらに倒せる相手だと判断する。

後方に控えているクルザ・ジオ巡洋艦から送られた命令は『白き月』への攻撃だが、

 

『――――』

 

問題ない。与えられた命令に矛盾する行為ではない。

途中に障害物が一つあるだけだ。蹴散らすだけの存在が。

まず蒼の戦闘機を排除し、その後に『白き月』攻撃という本来の命令を果たす。

それらの判断を個々の機体の、同時に艦隊の共通の決定とし、蒼の戦闘機が射程範囲に入ったのを確認した瞬間、

 

『――――』

 

リグ・ゼオ戦闘機4機、バルス・ゼオ攻撃機2機の全てが主砲・副砲を一斉発射した。

6機からの砲撃で生まれるのは、蒼の戦闘機に向かって降る横殴りの光雨だ。

その一撃は破壊を生み、その数は無数と呼べる。

だが、向かってくる敵機は、

 

『――――』

 

横に避けも減速もしない。

前に加速したのだ。それも急激に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークは、こちらに向けて斉射された光の束を知る。

だが、恐れはしない。

敵艦隊は単に一斉発射しただけで、回避された後を考えた連携ではない。

攻撃は厚いが、抜ければこちらのターンだ。

 

「そんなヌルい攻撃で―――」

 

今はゲイルトゥルーパーの強烈な加速も、回避を妨げる要因になっている。

向かってくる光は、もはや人の身では見切れない数と速度だが、

 

―――Artificial Organization Link調整完了

――――ゲイルトゥルーパーの光学探知素子、搭乗者アーク・レモネードの視覚神経と同調

 

来た。

認識不能の高速領域に、己の目が追いついたのをアークは知る。

砲撃の種類、口径、軌道、進路予測。

ゲイルトゥルーパーによる機械の分析結果が、頭上にある光の輪を介することでアークの眼に直接刻み込まれる。

人体の限界を超えた数と速度にも、人工心臓を超過駆動させ、神経系統を強化した今ならば己の身は応えてくれる。

アークは攻撃の全てを把握して、

 

「――――《疾風》を捉えられるか!」

 

見つけ出した。

厚い弾幕の中で、攻撃へ繋がる数少ない抜け道を。

複数用意されたルートの中で最適な物はどれか、

 

「――――っ!」

 

アークは瞬時に判断。

己の直感と重ねた経験から決めた進路に、機体を突っ込ませる。

やや左下への進路変更と、60度ほどの機体の左回転―――操縦桿を強く握り締める右腕は、高速での精密作業を完遂する。

 

新たに迫る弾幕に応えるように、アークは身を低く前傾気味にさせる。

もはや退く気はないという意思表示だ。

穿たれようと、砕けようと、それでも己の突撃だけは、

・・・・・・邪魔させねえ。

その意思を確かにしてアークは、

 

「ぶち抜け!」

 

機体後部の推進機関のみならず、左右のユニットに付属された全スラスターを前進と加速に費やす。

もはや高速の一言では済まされない。

アークは、己を神速の領域に突入させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別動隊が探知した蒼の戦闘機の動きは、回避と呼ぶにはあまりに強引なものだった。

右に、上に、そして前に突き進み、時には横に側転。

蒼の機体は、加速を緩めることなく、機体を無理やり捻るように砲撃を免れる。

威力ある主砲は全て掻い潜られ、数多い副砲は装甲側面の表面をかすめる物もあるが、動きを止めるには至らない。

そして、

 

『―――』

 

蒼の戦闘機は弾幕を突き抜けた。

そのまま蒼の機体は、別動隊の陣形前部にいたリグ・ゼオ戦闘機の右側をすり抜けて陣形の中心に飛び込む。

陣形後部の戦闘機、攻撃機は第二波発射の準備に入るが、

 

『―――』

 

突然だった。

先ほど蒼の戦闘機とすれ違ったリグ・ゼオ戦闘機に、異変が起こったことを残りの別動隊は知る。

 

リグ・ゼオ戦闘機は二つに分かれていた。

正確に言えば、上下に切断されていたのだ。

鋭利な断面、断たれたパイプと回路、生じる火花、途切れた信号、その全てが破壊されたことの証明だ。

一瞬の間を置いて、

 

『―――』

 

宇宙空間に巨大な花が咲いた。

光と熱を撒き散らす、爆発という巨大な鮮やかな赤は、闇に溶けた別動隊の装甲を明るいものとする。

 

残された別動隊は知る。

破壊されていた。今のわずかなすれ違い、あるいはそこに至る前に。

爆発前の断面から、蒼の戦闘機が用いたのは何らかの切断系の武装であると推測できるが、

 

『―――』

 

人工知能が全情報を消化し終えた時には、蒼の戦闘機は既に次の動きに移っていた。

下だ。

爆発を目くらましにして下降していた蒼の機体が、今度は槍を突き上げるように上昇してきた。

牽制弾の照準すら間に合わない速度を保ち、蒼の機体は横に回転しながらリグ・ゼオ戦闘機の正面を通り抜ける。

その結果は、

 

『―――――』

 

縦に走る一筋の線と、左右に切断されたリグ・ゼオ戦闘機だった。

破壊された戦闘機の人工知能は、己に出来る最後の仕事を果たす。

回避することも防ぐことも叶わなかったが、高速領域での観測に機能の全てを絞ることで、わずかな情報を得ることは出来た。

己を切り裂いた武装の断片情報を味方に送り、その一瞬の後リグ・ゼオ戦闘機は、

 

『――――』

 

爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』の周囲で展開される戦場から、少し離れた所に小惑星帯がある。

その陰に漂うクルザ・ジオ巡洋艦のブリッジでは、

 

「・・・・・・・・」

 

仮面の男―――ヴィーナが、無人艦隊と蒼の戦闘機の戦闘を見ていた。

突然『白き月』から出てきた戦闘機によって、瞬時に自分の預かる戦闘機2機が失われた。

だが、ヴィーナの表情に怒りはない。焦りもない。

蒼の戦闘機の拡大映像を見て、彼は、

 

「・・・・・・・・やはり、目覚めていたか」

 

静かだが力のある、意思が込められた声を出す。

誰にも、この数百年間は聞かせたことのなかった声をヴィーナは絞り出す。

 

「《疾風》・・・・・・そして・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リグ・ゼオ戦闘機2機は、蒼の機体の後方を追撃していた。

蒼の戦闘機の方が速度は上だ。追う者たちと追われる者、互いの距離は徐々に離れていく。

しかし同じ方向に進む今ならば、蒼の機体がこちらの主砲射程から完全に抜けるには僅かな時間を要する。

敵機は速度重視のフレームのため直線的な加速に優れているが、小回りには乏しい。

一撃を与えることは可能だと、人工知能は予想を下す。

 

もはや別動隊は蒼の戦闘機を障害物としては見ない。

己と同格以上の力を持つ―――紋章機と同程度の危険性を秘めた敵だと、認識を上書きする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追撃を受けるゲイルトゥルーパーのコックピットで、アークは考える。

プロトH....から送られる情報で、敵機の射程を抜けるまでに一撃を撃たれることは既に知らされていた。

後方からの攻撃に対して、選ぶべき力は、

 

―――エネルギーシールド“Protection”展・・・・・

 

・・・・・・違う!

守るだけでは足りない。

倒せずとも、次の攻撃に繋ぐ手段を思い、アークは機体への指示を上塗りする。

 

――――有線誘導式レールガン“Fang” 分離開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リグ・ゼオ戦闘機2機が主砲の照準を設定し終えた時、蒼の戦闘機の両側に固定された砲台2つが本体から離れる。

その動きは破損ではない。分離だ。

砲台の基部と蒼い戦闘機の側面は細いワイヤーで繋がれ、独自の意思を持つようにこちらを向いた2つの砲からは、

 

『――――』

 

金色の一撃が同時に放たれる。

対の実体弾は各々のリグ・ゼオ戦闘機の主砲内部に直撃することで発射を妨げ、一瞬だけ機体の動きを止める。

1秒にも満たぬ僅かな時間。だが、敵機にとっては十分だった。

完全に射程圏から逃れた蒼の機体は速度を落とさぬまま、大きめの弧を描きながら上方に180度程旋回し、

 

『―――』

 

上下反転した体勢で、再びこちらに接近してきた。

蒼の機体はリグ・ゼオ戦闘機2機の真上を通過し、後方で遠距離射撃を行っていたバルス・ゼオ攻撃機へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

操縦桿を引き上げながら、アークは攻撃機級からの攻撃を回避する。

半円を描く縦旋回によって上下が逆転している今、正面スクリーンに見えるのは拡大されていく攻撃機の上部装甲だ。

加速と横回転を繰り返し、

 

「―――――っし」

 

アークはゲイルトゥルーパーをバルス・ゼオ攻撃機の真上に強引に辿り着かせた。

スクリーン越しに見える互いの間隔は、既に至近――否、零距離だ。

アークは今こそ命令を下す。

 

―――エネルギーブレード“Gusty nail”展開

 

発動までの危険さ故、己以外には扱えず受け継がれることもなかった、しかし威力ある武装。

全てを引き裂く、疾風の爪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙空間に剣が生えた。

発生源はゲイルトゥルーパー側部ユニットの中央部にある、赤いクリスタルだ。

パイロットによる、防御ではなく攻撃の意思で形成されたのは、エネルギーシールドの収束率を限界まで高めた銀の光剣。

フレームの細い戦闘機相手には片方の刃を横向きに瞬時展開したが、今度は左右同時に真上方向への持続展開だ。

全長30メートルにも達する銀の刃は、攻撃機を覆う防御フィールドも発射直前だった砲台の基部もぶち抜く。

中枢部まで貫く刃を生やしたまま、蒼の戦闘機は攻撃機の頭上を進む。

 

『――――』

 

高速で正反対の方向に進むことによって、両者のすれ違いに要する時間は一瞬に短縮される。

既に蒼の戦闘機は、攻撃機の遥か後方に離れている。

暴風が通り抜けたバルス・ゼオ攻撃機に残ったのは、二筋の細い、そして中枢機関まで刻み込む疾風の爪痕だ。

深い溝から赤い火花を血のように噴き出し、

 

『――――』

 

バルス・ゼオ攻撃機は爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルシオールのブリッジは沈黙と緊張の空気に包まれていた。

クルーの誰もが、メインスクリーンに映された光景を見て黙っている。

だが、そこに絶望や恐怖の色はない。

映されるのは『白き月』を背景にした戦闘。一機の蒼い戦闘機と、数の優位を覆されていく『ヴァル・ファスク』の無人艦隊だ。

 

その光景は、戦闘開始時に大半のクルーがした予想とは異なるものだった。

今ならば誰もが思う。蒼の戦闘機―――ゲイルトゥルーパーの勝利を。

 

「――――」

 

ブリッジの中、誰のものかは分からない、あ、という声が小さく響く。

戦闘機級が一機、新たに宇宙空間に咲く花と化したことへの反応だ。

残りは戦闘機と攻撃機が一機ずつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンブレムフレーム計画 兵装実験戦闘機、ゲイルトゥルーパー・・・・・か」

 

沈黙を破ったのは、椅子に座るタクトによる一言だった。

戦闘機の動きを見て、タクトと彼の右側に立つレスターは各々の評価を下す。

 

「圧倒的な速度と、至近距離での破壊・・・・・・『疾風の突撃者』とは、よく言ったものだね」

「これが、かつてのEDENの力・・・・・か。紋章機に似た武装もあった気がするが」

 

いえ、という前置きで二人の会話に参加するのは、レスターとは逆側に立っていたヴァインだ。

彼は、メインスクリーンに映されたゲイルトゥルーパーを見ながら、

 

「おそらく・・・・『紋章機が』似ているのだと思います」

 

確かに、とタクトは思う。

追撃を免れる際に使った、死角を無くすための誘導型砲台はトリックマスターのフライヤーの発想に近い。

そして、ワイヤーを通した精密な動きはカンフーファイターのアンカークローを思わせる。

あの戦闘機の本来の戦場、そして機体に刻まれた銘を考えるならば、

 

「たぶん・・・・・・紋章機が造られる前に、武装のプロトタイプを試験的に搭載していたんじゃないかな。

全部ではないにしても、あの機体の実戦データを紋章機の製造に反映していったと考えれば『兵装実験』って肩書きも頷ける」

 

紋章機にとっては兄や姉とも言える機体だね、と告げるタクトにヴァインは頷く。

 

「史料で、ゲイルトゥルーパーと酷似した機体を見た覚えがあります。

EDEN全盛期の制式戦闘機・・・・・・・・楽園を護る、守護の翼―――ジーニアス・ウィング。

あの機体・・・・・・・ゲイルトゥルーパーは、それを改良しているのかと」

 

成程、と頷いたレスターは腕を組み、

 

「当然パイロットは・・・・・」

「彼だろうね」

 

タクトの即答に、否定の意見を返す者はいない。

ブリッジにいる誰もが理解しているのだ。

数日前に突然現れた少年。彼が《疾風》を名乗る理由を。

 

「だが、EDEN時代の機体が、これだけの力を持っていたとはな。正直、紋章機と同等と呼んでもいい」

「ああ・・・・・・一点を除いてね」

「・・・何?」

 

どういうことだ、と疑問の表情を浮かべたレスターに、タクトは手元のモニターを見せるように促すことで応える。

表示されるのは、エルシオールのクルーがゲイルトゥルーパーから計測した様々な数値だ。

レスターの視線がある箇所で止まる。

 

「・・・・・・・出力が低いな。皇国軍の戦闘機よりは上だとしても、紋章機の平常出力の半分・・・・・いや、3分の1にも達していない」

「出力のほとんどを速度と攻撃に設定しているんだろうね。攻撃面では紋章機と大差ないけど、防御フィールドは最低限のエネルギーしか振り分けていない。

装甲も厚い訳ではないから、防御に関しては紋章機にかなり劣っているみたいだ」

 

思えば、ゲイルトゥルーパーは下部に抱えた黒い長砲を一度も発射していない。

銀の刃を攻撃が命中する瞬間のみの展開にしているのは、エネルギーの消費軽減のためでもあるのだろう。

疑問への答えは、ヴァインから告げられた。

 

「ジーニアス・ウィングと同じ動力源だとすれば・・・・・・あの機体には通常のエンジンしか積まれていません。

EDEN全盛期の技術力でも、クロノ・ストリング・エンジンを戦闘機に搭載するのは困難なことだったんです」

「それに成功した紋章機は、EDENにおいても珍しいということか」

 

レスターの言葉にタクトは無言で頷く。

無論、出力をバランスよく設定することは出来るだろうが、それでは器用貧乏な性能で終わるのだろう。

汎用性ではなく速さと攻撃に特化した機体だからこそ。そして、それに応えることのできるパイロットだからこそ、あそこまで戦える。

 

タクトは思う。

あれは、アークの意思の証だ。

生まれた時代も、場所も、そして所属も異なる彼が、自分たちと共に戦うことを決意した証。

『同じ人類だから』とか、『敵が同じだから』などといった、安い共通項目からの『仲間』の関係ではない。

彼がそれだけの理由で戦場に出る人間なら、目覚めた当初から己の力をタクトたちに見せていたはずだ。

己の力を自覚し、その使い方を考えていたからこそ、彼は今までゲイルトゥルーパーのことを黙っていた。

 

そして今、彼は動いた。

きっかけは『白き月』が危機にさらされたことだが、自分が戦うことを決意した上での行為だ。

ならば彼に対して、自分たちはどうするべきか。どうあるべきか。

答えは一つだ。

・・・・・・・・応えよう。

タクトは、通信回線用のマイクに触れ、

 

「アルモ・・・この映像はエンジェル隊も見ているな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな、聞こえるか』

 

通信越しに司令官の声を聞きながらミルフィーユは、ラッキースターの球状スクリーンに映された一つの映像を見る。

圧倒的な速度を誇り、『ヴァル・ファスク』の砲撃を掻い潜りながら接近していく蒼の戦闘機を。

 

 

 

『かつてのEDENを守っていた者が、600年の時を超えて再び戦場に現れた。オレたちの助けとして』

 

ランファは見る。

一瞬の間をもって蒼の機体が、左側部から展開した銀色の刃で最後のリグ・ゼオ戦闘機を正面から切り裂くのを。

カンフーファイターですら追いつけない速度と、踏み込めない至近の一撃だ。

 

 

 

『今度は・・・・オレたちの番だ』

 

ミントは見る。

最後に残ったバルス・ゼオ攻撃機からの大量の追尾弾に対して、大きな弧を描く旋回で振り切り、

 

 

 

『彼らの残した力に、ただ甘えてきたのではなく・・・・・・』

 

フォルテは見る。

その速度を殺すことなく旋回し終えた蒼の機体が再び敵に向かうのを。

 

 

 

『彼らの意思も確かに受け継いできたのだと・・・・・・・』

 

ちとせは見る。

機体右側部から展開された刃が攻撃機の外部装甲を切り裂き、生じる溝は幾分か浅いものだが、

 

 

 

『オレたちが、共に並んでいける戦友だということを見せてやれ!』

 

ヴァニラは見る。

露出した内部機構目掛けて、戦闘機から分離された対の砲から光を放ったのを。

 

『ヴァニラ・・・・・・・』

 

ヴァニラは聞く。

続くタクトの声は、自分も・・・・・・否、自分だけがよく知る優しいもので、

 

『もうひと頑張りだ。これが終わったら・・・・・・・・・・デートしような』

 

ヴァニラは一つのことを確信した。

敵の数は多く、こちらは連戦だが、自分たちには援軍が来てくれた。

600年前に楽園を護っていた力が、今自分たちと共に戦ってくれる。

 

なによりも、

・・・・・・・タクトさんが信じてくれています。

これ以上の必勝の要素をヴァニラは知らない。

だから彼女は確信する。自分たちは、

・・・・・・・きっと勝てます。

 

「はい・・・・・タクトさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての通信を終えた時、タクトは攻撃機が爆散する光景をメインスクリーン越しに見た。

全滅。戦闘機4機と攻撃機2機―――決して侮ることは出来ない敵戦力が、蒼の戦闘機によって否定された瞬間だった。

爆発の余韻が収まった頃、タクトは通信担当のアルモの声を聞く。

 

「マイヤーズ司令、戦闘機・・・・ゲイルトゥルーパーから通信が」

 

拒む理由はない。

タクトは通信を繋ぐよう促し、メインスクリーンに既にクルーの皆が知っているであろう少年の顔を見る。

そしてタクトにとっては既によく知っている声で、

 

『あー、こちらレモネード・・・・・・・悪かったなあ、でしゃばって』

 

スクリーンに映るパイロット、アーク・レモネードは苦笑しながら、言葉を続ける。

 

『俺が出なくても、どうにかできただろ?』

「いや・・・・正直、助かったよ。ヴァインといい、君たちEDENの民には助けてもらってばかりだ」

『・・・ヴァインが?』

 

笑みを止めるアークに対してタクトは、ああ、と頷いた後、

 

「さっき、彼が宙域の周辺図と敵艦隊の詳細なデータをくれてね。おかげで、次の作戦も立てられた」

 

それを聞くアークの視線は、タクトの横に立つヴァインへと向けられる。

通信越しに聞こえる声は、心なしか先ほどより低く、

 

『・・・・・・・・随分と、タイミングいいんだな』

 

目を細めた訳ではなく、眉を立てた訳でもない。

一言で言えば、『冷めた』という表現が合う視線。

アークの視線に込められている感情は、数秒前までタクトに向けられていたものではない。

ヴァインはアークからの視線を正面から受け止めると、

 

「・・・・・・・・それは、お互い様でしょう?」

 

微笑する。

それだけを告げ、彼は沈黙。アークも、言葉は発さない。

二人のやり取りを見ていたクルーの間にも、沈黙が感染していく。

 

「・・・・・・・・・」

 

だが、今は戦闘中だとタクトは意識を切り替え、

 

「アーク? どうかしたのかい?」

 

タクトは何も気づかない振りをする。

最善かどうかは分からないが、今はロウィル率いる本隊との戦いが控えているのだから。

 

『・・・・・いや、なんでもない』

 

アークは、それより、と告げると、真剣な顔で、

 

『今更だけど・・・・・・・タクト・マイヤーズ司令。これより本機は、貴官の指揮下に入る』

 

それは、タクトに命と力を預けるという宣言。

 

『指示を頼む。破壊の暴風が、吹くことを許される方向を示してくれ』

 

アークはこちらに力と意思を委ねた。だが、そこに依存や甘えはない。

それを自分に言い聞かせた上でタクトは、

 

「とりあえず・・・・・・」

 

男同士の気安さなのか。

タクトはエンジェル隊に対するものとはわずかに違う、強気を表に出した笑みで『戦友』に叫ぶ。

 

「ロウィルの艦隊を叩き潰すぞ!」

 

スクリーンの向こう、笑みを浮かべたアークから、返ってくる声は一つ。

同じだけの熱を感じさせる声での返答は、

 

『了解!』

 

 

 

時を超えて現れた外敵に対し、過去と現在の翼が並び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

えー・・・随分ご無沙汰しておりましたSEROです。

 

今回戦場に出た本作オリジナル機、ゲイルトゥルーパー。

イメージとしては・・・・・最高速度を出しながら首都高を逆走しているF1カートとか思い浮かべてください。

はい、無謀ですね。無謀ついでに、イメージ画像なんかも作ってみました。

色とか立体感は優しくスルーして、全体像として『こんな感じなんだ』くらいに認識してくれると助かります。

 

過去の力を駆って戦場に出たアーク・レモネードのこれからの戦い。よろしければ見届けてあげてください。

では、今回はこの辺で失礼します。