それは、突然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー・・・・・テステス』

 

広く薄暗い空間―――闇に満ちたオ・ケスラのブリッジで、一人立つロウィルは聞いた。

通信回線から響いてくる、全周波の通信を。

映像を伴わない通信は若い男の声によるもので、声の主は咳払いを一つ。

そして、

 

『えー、お呼び出しを申し上げます。『ヴァル・ファスク』のロウィル様、『ヴァル・ファスク』のロウィル様、応答願います』

「・・・・・・・・・・・」

 

・・・・・・・・・何だ、コレは。

とりあえず、ロウィルは声を無視しておくことにする。

沈黙を保ったまま、彼はオ・ケスラの観測システムを用いて発信源の位置を特定する。

結果は即座に判明。彼の見る巨大な戦域図に点として示される。

こちらの進行方向の正面―――自軍の艦隊と、敵の拠点である『白き月』との中間地点から、妙な声は届けられている。

 

そういえば、とヴィーナのことをロウィルは考える。

彼は別動隊を率いて『白き月』へ攻撃に向かったはずだが、出撃の知らせ以来何の報告もない。

しかしヴィーナの率いた戦闘機、攻撃機のシグナルは途絶え、彼が乗艦しているクルザ・ジオ巡洋艦は、離れた小惑星帯の影で動きを見せずにいる。

・・・・・・・・・・・・敗れたか。

内心で覚える感情は、失望よりも喜びに近い。目障りなあの男も、この失態でしばらく黙っているだろうか。

すると再び通信回線から同じ声が響き、今度は、

 

『・・・・・・繰り返し、お呼びするぞ。

『ヴァル・ファスク』のロウィル、『ヴァル・ファスク』のロウィル。応答しなさい・・・・・つーか、しろ』

 

声にドスが入っていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

ロウィルは無言で左手をかざし、自軍の艦隊に向け命令を出そうとする。

・・・・・・・・・・堕とせ。

しかし、その意思がオ・ケスラのインターフェイスに届く直前、大きく息を吸う音が聞こえ、

 

『――――さっさと出ろっつってんだろうが! 600年前、EDEN軍にボロ負けしまくったロウィル!』

 

強烈な怒鳴り声がオ・ケスラのブリッジに響いた。

 

「――――――っ!?」

 

ロウィルが目を見開いた理由は、その音量だけではなく、

・・・・・・・・・600年前・・・・・だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 疾風は目覚めて 第10話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

エルシオールのブリッジは騒然としていた。

クルーの誰かが騒いでいる訳ではない。

音源は外部。ゲイルトゥルーパーの全周波通信から、馬鹿でかいアークの声がブリッジに響いているのだ。

ヘッドセット着用の者は半ば強引に頭から外し、非着用の者と共に必死に耳を押さえている。

小さく悲鳴をあげた者もいるが、スクリーンから響く大音声に上塗りされるだけだ。

スクリーンに映る少年の表情には、明らかな怒りの感情があり、

 

『毎度毎度、偉そうに口上たれるわりには、結局本星どころか一度もEDEN領に攻め込めなかったロウィル!!』

 

最も被害が大きいのは、メインスクリーンの正面の椅子―――最も通信がよく聞こえる場所に座っていたタクトだ。

もはや、音というよりも衝撃の塊がタクトの全身を襲っている。

足をバタつかせながら両手で耳を押さえるタクトは、涙目で、

 

「あ・・・・アルモ! ボリューム下げて! ボリュ・・・」

『少し出世したからって、シカトしてんじゃねえぞコラーーーーーー!』

 

決して届かない叫びをあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』の『謁見の間』では、ノアが焦った顔で呟く。

 

「あ・・・・・・危なかったわ」

 

ノアの隣ではシャトヤーンが呆然とした声で、

 

「ノア・・・・・・ありがとうございました」

「あのバカ・・・・・・・完全に復活したわね」

 

声にドスが入った時点で『来る』と思ったので、咄嗟に通信の音量を最低まで下げたのは正解だった。

それでもなお、普通に聞き取れる馬鹿の声が告げるのは、

 

『《軍神》サガ・ヴァリアントに、何度も艦隊壊滅されて半泣きで逃げ帰ったロウィル!!!』

 

ノアの知らぬ彼を知る、一人の人物の名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢い収まらぬ少年の怒号を聞きながら、

 

『これ以上赤っ恥晒されたくなけりゃ、さっさと通信出やがれ! 泣かすぞ!!!』

「・・・・・・・・・・・・・」

 

ロウィルは思い出す。

主であるゲルンの宣戦布告から400年間続いたEDENとの戦。その中で、あのような叫びを放つ敵がいた時があった。

叫ぶのは一人の男。艦隊を率いる司令官だったとロウィルは記憶している。

その記憶を蘇らせながら、ロウィルは通信の発生源を光学映像に出すように指示。

一瞬の後に、彼が見たのは、

 

「・・・・・・なん・・・・・だと?」

 

虚空に漂う、蒼と白銀に彩られた戦闘機だ。

おぼろげだが覚えている。先ほど思い出した男のいる戦場には、あのような戦闘機もあった。

 

ロウィルは確信する。

100年程度しか生きられない人間である以上、この場にいるはずのない当時の戦場を知る者。

だが、それは確かに敵としてこの戦場に存在している。

 

「・・・・・・・・・いいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲイルトゥルーパーの正面スクリーンに、男の顔が映し出されたのを確認してアークは言葉を止めた。

・・・・・・・・・・・・アイツのヤンキー風味な啖呵の真似、効果あるなあ。

自分が『白き月』にいた時、戦いの傍観者でいた時の通信では合わされなかった彼の視線は今、確かに己に向けられている。

アークは不機嫌面で、よお、と告げ、

 

「お久しぶり・・・・・・って言って分かるな? 『ヴァル・ファスク』のロウィル」

『・・・・・・・その戦闘機は覚えている』

 

ロウィルから聞こえるのは、低く暗い声だ。

彼は冷めた目でこちらを見て、

 

『貴君・・・・・・かつてのEDENを護りし人間だな』

「・・・・・・・・・・ああ」

 

600年前、互いに命を奪い合った―――宿敵。

再会に費やす感情は、アークにとって決して心地よいものではなく、

 

「さっき小耳に挟んだんだが、今は『ヴァル・ファスク』のナンバー2だってな? 随分と出世したもんだな。

クロノ・クェイクの際に、邪魔な上役を他の星系に行くように根回しでもしたのか・・・・・・あるいは混乱に乗じて、もっと実力行使にでも出たのか?」

 

ロウィルはこちらの問いには答えなかった。

代わりに、彼は静かな声で問い返してくる。

 

『何故だ・・・・・・・人類である貴君が、何故この時代に生きている』

「EDENのテクノロジーを忘れたのか? その気になれば幾らでも方法はあるさ・・・・・・・できれば、使いたくなかったけどな」

 

成程、とロウィルは頷き、

 

『一つ問おう。他に・・・・・・あの者たちも、この時代に生きているのか?』

「いや・・・・俺だけだ」

『貴様一人・・・・・・・・・? 笑わせるな、たかが戦闘機一機で何が出来るというのだ』

「おいおい、大昔にその戦闘機一機に痛い目に合わされたのは誰よ?」

 

それに、とアークは言葉を続ける。

思い出すのは、過去に交わした一つの誓いだ。

 

「できるんだよ、何だって。俺が・・・・・・・走り出すことを諦めなければ、な

 

こちらに怯えの意思がないことを理解したらしくロウィルは、まあいい、と一言。

そして、口元の端を僅かに上げて、

 

『貴君ならば、我を楽しませてくれそうだ』

「・・・・・・・あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『楽しませる・・・・・・?』

 

ロウィルは、少年の顔の眉が僅かに動いたのを見た。

だが、ロウィルは特に気にすることもなく、

 

「そうだ。時が経ち、貴君らのいなくなったEDENは実に脆いものだったぞ。あまりの歯応えのなさに、我は深く落胆したものだ」

『・・・・・・随分な言いようだな。あんな『反則技』使って、EDENを弱体化させたのは他ならぬお前たちだってのに』

「だが事実だ。途中の星系には相手にならぬ者ばかり・・・・・本星ジュノーですら、1日と経たずに陥落したのだからな。

ネフューリアを倒したEDENの子であるトランスバールならば、少しは楽しませてくれるかと思い、我はこの星系まで来たが・・・・・・・」

 

彼は冷酷に笑う。

新たな獲物を見つけたことへの喜びだ。

 

「600年前の戦場にいた貴君ならば、より我の相手に相応しい。さあ・・・・・・・・我の渇きを満たしてみろ」

『・・・・・・・・・・・』

 

こちらの声に少年は無言。ただ、小さく息を吐くと、

 

『あー・・・そうかい、そうかい。

・・・・・・どうやら安全圏に永くいたことで、忘れちまったみたいだな』

 

少年は手を動かし始めた。

彼の視線は操作するコンソールではなく、ロウィルに鋭く向けられたままで、

 

『教えてやるよ、ロウィル。楽しさなんかじゃない・・・・昔のお前が感じていたモノを。

授業料は―――お前の命だけどな』

「いいだろう・・・・・・我が、死んだ仲間たちの下へ送ってやろう。EDENの亡霊よ」

 

ロウィルは一つの指示を送る。

蒼の戦闘機を消せ、と。

直後、オ・ケスラ周囲の『ヴァル・ファスク』艦隊が、蒼の戦闘機目掛けて急速に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲイルトゥルーパーのコックピットで、アークはこちらを囲むように陣を作る、紅の光の群を見た。

先ほどのような小競り合いではなく、紛れもない戦争の相手が迫っている。

速度差により戦闘機と攻撃機が前面に出て、その後方で駆逐艦と巡洋艦が発射体勢に入るという、厚い陣形ができつつある。

その数は、

 

「にー、しー、ろー、やー・・・・・・・・やめだ、めんどくせえ」

 

口調とは裏腹に、アークの左手は鍵盤を弾くように高速でコンソールを叩いていた。

ゲイルトゥルーパーに搭載されているH....はプロトタイプにすぎず、紋章機に比べて簡略化が完成していない。

そのため、機体のソフトウェア調整はH....と手動を織り交ぜる必要がある。

包囲網の完成に間に合うように、アークは三つのシステム調整を目指す。

 

一つはゲイルトゥルーパーの自動補正の軽減。

―――操縦の自動補正70パーセントカット

急激な加減速や方向転換は機体への負荷が大きく、力を処理し切れなければ内部機構に不具合が生じることすらある。

その力の衝突を逃がすのは、ゲイルトゥルーパーに組み込まれた機械の判断だが、それはパイロットを機械のルールで縛ることにもなる。

故にアークは、機体の耐久性消耗と自分の精神疲労をコストに、操作の複雑性を上げることで敵の包囲網に対応する。

 

 

「―――次」

 

二つ目はArtificial Organization Linkシステム調整による、視覚をはじめとした感覚同調率の変更。

―――自動補正カットにより余剰した処理能力を同調率上昇にシフト

――――同調率40パーセントに上昇

頭上に展開している光の輪を介することで、ある程度は一つ目と並行してできる調整だ。

先ほどの同調率が20パーセント。

単純計算では、同じ時間に対して倍の体感時間を与えてくれるはずだが、それは同時に、

 

「・・・・・・・・ぐ」

 

人工心臓の埋め込まれた胸部から、より強烈な痛みを生むことに繋がる。

刃が突き刺さるのとは違う、心臓を強く握られるような重度の異物感だ。

勝つための痛みをアークは否定しない。

機械の知覚に己の目を無理やり合わせるストレスに、彼は歯を食いしばり耐えるだけだ。

 

「最後は・・・・・・」

 

三つ目は、ゲイルトゥルーパーの出力調整。

―――コズミック・ストリング・エンジン加圧(ブースト)

――――後部推進機関、左右スラスター 耐久範囲内で最大推力

 

「そんで、残りの出力は・・・・・・・と、これでよし」

 

もはや敵艦隊の射程に入る直前に、全てのシステムの更新が完了。全ては1分にも満たぬ高速の処理だ。

スクリーンに映る『ヴァル・ファスク』艦隊を見据え、アークは深呼吸を一つ。

右手で握り締める操縦桿の上に、左手を添え、

 

「そんじゃあ、張り切って・・・・・・・・・」

 

『ヴァル・ファスク』艦隊に向かって、機体を前進させる。

そして、次の瞬間には力強い叫びと共に、

 

「――――逃げるぞ!」

 

前方に急加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』の技術が入っているためか、ゲイルトゥルーパーには高速リンク指揮システムの互換性が認められている。

故に、エルシオールでは機体のリアルタイムな情報がチェックすることができた。

後ろから青の光を出し、無人艦隊との距離を詰めるゲイルトゥルーパーの様子は、エルシオールのメインスクリーンに鮮明に映されている。

ゲイルトゥルーパーに迫る敵の数は、10や20では済まない。

レーダーでは大量の赤の点がゲイルトゥルーパーを示す青の点に迫るのを見て、レスターが眉をひそめる。

 

「タクト・・・・・・・本当にやるつもりか?」

「アークがあれだけ大丈夫って言ったんだ。オレは信じるよ。

それにしても、ロウィルはオレたちのことは眼中になしって感じだったけど・・・・・・・・・大昔に、よっぽど嫌な思い出でもあるのかな」

 

苦笑するタクトは、横目で先ほどから沈黙しているヴァインを見る。

瞬きもせずにスクリーンを直視するヴァインの顔に表情はない。

 

「・・・・・・・ヴァイン、どうかしたかい?」

「いえ・・・・・・つい、戦いに夢中になっていました」

 

そうか、とだけ応えてタクトは違和感の正体に気づく。

ゲイルトゥルーパーを見るヴァインの視線は、仲間を見守るというよりも、まるで、

・・・・・・・・観察しているみたいだ。

 

「司令、格納庫のエンジェル隊から通信ですが・・・・・・・」

 

アルモの声で、タクトは意識を戦場に引き戻した。

彼女たちは、先ほどアークと交わされた通信を聞いていないので、

 

「・・・・・・・繋いで」

 

何が言いたいかは、タクトもよく分かる。

真っ先にモニターに映るのは、ランファの焦った表情。

 

『ちょっとタクト・・・・・・アーク、大丈夫なの!?』

 

続いてミルフィーユの、

 

『敵さん・・・・・すごい数ですよ?』

 

ミルフィーユにいつもの笑顔はない。

紋章機でも単機では相手に出来ない程の戦力が、ゲイルトゥルーパーに迫っているのだから当然だ。

二人にちとせも同意見らしく、焦った声で続く。

 

『アークさんの乗っている戦闘機の性能は私たちも見ました。しかし・・・・・あの数相手では、無謀すぎます!』

 

3人の意見はもっともだと、タクトも思う。

タクトがどう応えるべきか考えていると、

 

『・・・・・・・・タクトさんは、アークさんを見殺しにするような人ではありません』

「ヴァニラ・・・・・・・」

 

タクトにとって最愛の少女による、静かな声がブリッジに響いた。

エンジェル隊も、そしてブリッジにいる誰もその声を無視することができずに一瞬沈黙。

その間をフォルテは見逃さなかった。

 

『まあ、ランファたちも落ち着きなって。

タクト、あたしもヴァニラと同じ意見ではあるけど・・・・・・・何を企んでいるんだい?』

 

フォルテと同じことを考えていたのか、ミントも続く。

 

『ゲイルトゥルーパーが敵艦隊を引きつけることによって、私たちは敵の旗艦に近づきやすくはなりますわ。

ですが、あの数の敵に対して・・・・・何か策がありますの?』

「策というか・・・・・・・・アークから、ちょっとした提案をされてね」

『提案・・・・・・ですか? それは一体・・・・・・』

「それは・・・・・・・」

 

ちとせの問いに対して、タクトは口ごもる。

シンプルな答えではあるが、それ故に言い辛い。

 

「・・・・・見ていば分かるよ。少し心臓に悪いけどね」

 

その言葉に対して新たに生まれた疑問の声を断ち切ったのは、ココからの報告で、

 

「ゲイルトゥルーパー、敵艦隊との交戦を開始しました」

「正確には、交戦とは少し違うんだろうね。なにしろ・・・・・・」

 

メインスクリーンを見るタクトの次の言葉は、エンジェル隊全員を黙らせた。

 

「アークは逃げるだけなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻撃とは、相手を傷つける行為のことを指す。

宇宙空間での戦闘の場合、その手段として砲撃があり、効率を高めるために戦術がある。

ならば、全ての砲撃から逃れる行為は、攻撃の意義否定になる。

否定する者は、蒼と白銀の戦闘機だった。

 

『ヴァル・ファスク』艦隊による砲撃が、ゲイルトゥルーパーに容赦なく迫る。

無人艦隊の人工知能に容赦という概念は存在しない。与えられた命令に対して最善と判断する手順を遂行するだけだ。

その答えは機動力による包囲と、圧倒的な火力による豪射。

蒼の戦闘機目掛け、両手でも数え切れない数の艦が砲撃し、もはや放たれる光を数えられる者はいない。

 

だが。

 

『――――』

 

当たらない。

攻撃開始から1分。包囲網内を高速で動き回るゲイルトゥルーパーに、攻撃が命中しないのだ。

惜しい一撃はある。推進機関をかすめる攻撃機の砲撃があり、あと僅かでコックピットに直撃する巡洋艦の主砲があった。

スキャンされて分かる蒼の戦闘機の装甲は薄く、フィールドは薄い。

一撃が直撃すれば高確率で撃墜され、仮に耐えたとしても動きが止まり二発目の餌食となる。

 

だが、蒼の翼は未だ堕ちずに飛び続ける。

 

無人艦隊の機械の思考には感情は与えられていない。

故に、焦りという任務遂行を邪魔するバグは発生せず、その先にある感情も生まれない。

機械は恐怖することを知らずに、ロウィルの命令を遂行し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アークに与えられた、600年ぶりの命令は、

 

「・・・・・・・生き延びる!」

 

それが事前にタクトと話して、己に課した任務だった。

5分。

エルシオールがロウィルのいる艦の背後に辿り着くまでの時間、アークは逃げることだけに集中すると決めた。

どのルートを通るか、どの速度で駆けるか。

全ては、アークの一瞬の判断によるアドリブだ。

両手で持つ操縦桿は常に動かし続け、1秒とて同じ位置にはない。

 

攻撃はしない、というよりも出来ない状況だ。

先ほど行った出力調整によって、現在ゲイルトゥルーパーは大半の武装への供給エネルギーを遮断している。

今、レールガンのトリガーを引いても機体左右の砲からは何も発射されないだろう。

それでいい、とアークは思う。

なまじ反撃という選択肢が残されていると判断が鈍るだけだ。

 

躊躇いなど邪魔だ。

迷いなど捨てていく。

 

選ぶのは、生に繋がる一本道。

創るのは、勝利に繋げる風の軌跡だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白き月』の『謁見の間』。

シャトヤーンとノアの見るスクリーンで、ゲイルトゥルーパーはその速度を以て『ヴァル・ファスク』の攻撃を回避し続ける。

蒼の戦闘機は高速度を保ったまま、駆逐艦二隻の狭い間を抜ける。

『大型』戦闘機である紋章機では不可能な間隔だ。

その先――――正面に迫る巡洋艦の砲撃に対し、今度はスラスターを爆発させるように展開し、力のベクトルを強引に変えることで上方に回避。

その動きは、全力疾走しながら無理やり方向を変えるのと同じだ。

パイロットに似た、不器用な動きだとノアは内心で評する。

ノアは彼の心配などしていない。代わりに一つの確信だけを抱く。

 

「当たるはずがないわ。あいつは、ただ逃げている訳じゃないんだから」

 

ノアは、こちらを見るシャトヤーンに、そして己自身に向けて、

 

「あいつは・・・・・・・・・」

 

計測される時間は、2分を刻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して己の行為は無謀ではないとアークは思っている。

自分の生存は、偶然でもなければ、奇跡でもない。

ある程度の性能の機体に、ある程度の技量のパイロットが乗れば高確率で起こる必然の現象だ。

根拠はある。それも二つも。

 

『ヴァル・ファスク』の無人艦隊には全てに、自己保存判断とデータリンクが搭載されている。

機械の知能は、許可なく己や仲間を壊すことを許されておらず、友軍の位置や行動を常に把握していることになる。

接近しすぎての自壊や同士討ちを避けるのは正しい判断だ。

 

しかし、それ故の弱点もあるとアークは思っている。

どれだけ数がいようと一定以上の密度には迫ってこられず、一機の戦闘機に対する攻撃には上限が生まれるからだ。

全機に全方向から突撃でもされれば危険だが、それには命令を出す者が自己保存判断の設定を変える必要がある。

ロウィルの場合、仮にそのことに気づいても、

・・・・・・・・・・意地でもやらねえだろうし。

 

もう一つは宇宙空間での戦闘だけではなく、生身での格闘でも、心理戦でも通じるものだ。

戦いとは、戦術や作戦とは別の領域での積み重ねた思惑―――布石とも呼ぶべき意思の駆け引きがあって成立する。

だが、『ヴァル・ファスク』艦隊の攻撃にはそれを感じない。

強烈な一撃、数多い弾幕、機械予測による戦術、それらに頼った意思のない攻撃だ。

ゲイルトゥルーパーの進路上に新たな戦闘機級が3機割り込むが、

 

「――――」

 

甘い、とアークは短い感想を抱くだけだ。

向かうのは左右でも上下でもない。前方―――3機の戦闘機の中央にある僅かな間だ。

30メートル前後の隙間はゲイルトゥルーパーの形状でも通るには厳しい間隔だが、それでも、

 

「―――《疾風》に抜けられない場所はねえ!」

 

急加速と同時に、アークは戦闘機の先端を中心にして、高速で右側転させる。

交差の瞬間、機体の横幅よりも短い全高が来るようにして通過させる判断だ。

コックピットの上面・左右両面スクリーンに、戦闘機が一機ずつ映されるのをアークの強化された視覚は見た。

砲台の内部まで詳細に見えるほどの距離に戦闘機の装甲が迫り、今なおそれは近づいてくる。

 

いけるか、などという疑念をアークは抱かない。

いける、などという可能不可能の問題でもない。

ただ、シンプルな、

・・・・・・・・・・・・行く!

強い意思だけで十分すぎる。

 

「――――」

 

結果は直後に出た。

己の身体は生きている。機体からも損害状況は報告されていない。

無事に通り抜けたらしい、とアークは曖昧に実感する。

そして、そう認識する間もなく、新たな砲撃を回避すべく上に旋回。

 

肉体的な疲労はある。

死と隣りあわせでいることによる精神的な消耗には抗えない。

だが、アークは口元に笑みを作り、

 

「当たってたまるかよ。なにしろ、こっちは・・・・・・」

 

自分は、ただ逃げている訳ではない。

EDEN屈指の速度を誇る戦闘機と、EDEN軍トップガンとなるまでに培った操縦技術。

加えて、多くの戦場を駆け抜けた経験、研ぎ澄ませた集中力、振り絞った根性。

それらの要素を積み重ねたからこそ、今の逃避があり、

 

「―――――全力で逃げてるんだからな!」

 

叫びと共に、3分が経過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

ということで、皆さんご無沙汰しています。SEROです。

 

えー・・・以上、今回のテーマ『逃げているのを微塵にも思わせない、すげぇポジティブな逃走を書いてみよう』でした。

戦闘最前線の話を9000字近く書いて、敵を一隻も倒してないGA小説っていうのもアレですが、ある意味アークの本質が出ているような。

というか、この男、真面目に馬鹿をやるので、馬鹿とシリアスが微妙に混ざり合って何ともいえない嫌なハーモニーが、ああ・・・・・。

それでは、今回はこのあたりで失礼させていただきます。

 

以上、SEROでした。