宇宙空間に漂う、無数の小天体がある。
小惑星帯だ。
その一つ一つは岩石の外観を持ち、通常の艦船では通過することを躊躇うほどに密集した間隔で構成されている。
それぞれの形状も規模も様々だが、今、小惑星の一つの表面上を、
『――――』
超高速で駆け抜ける空の色があった。
その正体は、蒼の戦闘機だ。
戦闘機の底部と小惑星の地表の間隔は狭く、至近と言ってよい。
小惑星の表面は平面ではなく、所々に山のような起伏すらある。
衝突すれば高速移動による反動が戦闘機を襲い、細長い金属の構築物は歪み、砕け散る。
だが疾走する蒼の機体は身を低くするように、さらに地表との距離を縮めていく。
触れるか否か、両者の距離がゼロとなる最後の一線を踏み越える瞬間、
『―――――』
蒼の戦闘機が、跳ねるように一気に舞い上がった。
左右のユニットに接続されたスラスターの推力を下に向けて爆発的に展開し、速度を殺さずに強引に移動のベクトルを変えたのだ。
そしてその直後、蒼の戦闘機が通った道に、
『――――』
無数の光が直撃した。
光の生み手は黒と紅を混ぜ合わせた色の艦隊だった。
蒼の戦闘機に対して放った砲撃は、照準も追いつかない高速度と、追尾補正も意味を成さない急激な方向展開によって回避され、小惑星に着弾する。
それは、遠目で見れば奇麗とも評すことのできる、大地に振る光の豪雨。
実際の雨と異なるのは、受け皿である大地が砕けていくことだ。
真空の宇宙で、小惑星は抗議の音をたてることもできずに崩壊していく。
第一章 疾風は目覚めて 最終話
・・・・・・・・・何故だ。
4分。
それだけの時間を擁しても、蒼の戦闘機は未だ健在。
それがオ・ケスラのメインスクリーンに映る、ロウィルの見る現実だった。
ロウィルが抱くのは、純粋な疑問だ。
敵の機体は全盛期のEDENの戦闘機。そして、操縦するのはかつてのEDENのパイロット。
優れた力を持っていることは認めるが、それはあくまで人間の範囲での話だ。
艦隊を相手にしても勝てる規模の攻撃を蒼の戦闘機が耐え続けているのは、異常な光景だ。
巡洋艦が砲撃の安定性を高めても。
攻撃機が戦闘機の軌道予測を更新しても。
戦闘機が加速して追いかけても。
蒼の翼は堕ちることなく、こちらの攻撃の中を存在し続けている。
自軍の艦は一隻も撃墜されていないのに何故か、攻め込まれている、とロウィルは感じた。
どれだけ攻撃しても無駄だ、と蒼の戦闘機はこちらの攻撃の意思を叩き潰しにきている。
・・・・・・・・・くだらん。
ロウィルは、思考に浮かびかけたモノを否定する。
『ヴァル・ファスク』である自分が人類に負けるはずは無い。
敵は――――ただ逃げているだけなのだ。
機体を再び、小惑星の地表に近づけながら、
「・・・・・・なんか、寿命がリアルタイムで減ってく気が」
ゲイルトゥルーパーのコックピットで、荒い息でアークは一人呟く。
戦場の最前線、それも艦隊からの一斉発射を回避しているのだから、肉体的にも精神的にも疲れが出るのは当然だ。
しかし、それ以上に気にかかるのはゲイルトゥルーパーの消耗だ。
中にいる自分は重力制御による保護を受けているので、Gで身を潰されることだけはない。
しかし機体にそんな気遣いをしてくれる者はいないし、自分にそんな権利は無いとアークは思っている。
加速や方向転換によって、負荷を絶えず与えているのは他ならぬ自分なのだから。
アークは苦笑しながら思う。
・・・・・・・・・・・・ワガママな乗り手だよな。
すまない、とは思わない。ゲイルトゥルーパーは大切な機体だが、いたわる相手ではないのだから。
気の毒だが、自分と出会ってしまった以上はせいぜい無理をさせてもらう。
自分に出来るのは、この機体が耐久性の限界を超え、動けなくなる最後の一瞬まで共に、
・・・・・・・・戦場を駆け抜けることだよな。
それが、自分が果たすべき責任であり、自分だけができる最大の贅沢だ。
「―――!」
アークはH.A.L.O.を通して一つの情報を得る。
右方向からの強力な熱源反応。
遠距離からの砲撃が迫ってくるのを知ったアークは、モニターに視線を動かす前に、行動に出た。
先ほど以上に急激な、もはや垂直に近い角度に方向を変え、ゲイルトゥルーパーを小惑星から離脱させる。
正面に迫った巡洋艦に対して機体を側転させながら回避し、安全を確保してから見えたのは戦艦級の砲撃だ。
砲撃の目的は、こちらを墜とすためではなく、
・・・・・・・・・小惑星帯ごと破壊するつもりか!?
次の瞬間、それが正解だとアークは知る。
「――――く!」
先ほどまで自分のいた小惑星帯が光に包まれたのをアークは見た。
ゲイルトゥルーパーの装甲は薄い。戦艦の主砲など受ければ命中箇所によっては一撃で撃墜され、その余波でも耐えられるかは怪しい。
視覚で確認して脱出が一秒でも遅ければ、爆発に飲み込まれていたかもしれない。
「・・・・・ようやく来たか」
正面のモニターに映るのは、戦艦を主に構成された火力に重きを置いた艦隊。
速度の差でこちらに到着するのが遅れた残りの戦力だ。
そして、その中心の一際巨大な艦は間違いなく、ロウィルのいる敵旗艦。
「あの野郎・・・・・とことん余裕入ってるな」
対するこちらに、余裕は正直ない。
H.A.L.O.を通して知らされる機体と己に残された力は、
―――エネルギー残量 40パーセント
――――人工心臓 超過駆動リミットまで180秒
出力を無理やり引き上げているコズミック・ストリング・エンジンも限界が近く、これ以上の負荷を与えればオーバーロードを起こしかねない。
通信回線からは、どうした、という男の声がコックピットに響き、
『貴君は我に何かを教えてくれるのではなかったのか・・・・・?
それとも見せたいのは、その逃げ足の速さのことか?』
「あー・・・・・そのことだがな」
アークはひとつの表情で、姿を見ることができないロウィルに応える。
スクリーンに記された―――5分経過を知らせる表示を見て、笑ったのだ。
「――――いつ『俺が』って言ったよ?」
・・・・・・・・・・・・・第一段階、完了。
なに、という言葉がロウィルの口から漏れた。
しかし、こちらの疑問を無視して少年の声は続く。
『聞け。いいから、お前は正座して黙って聞いてろ』
疑念の表情で通信を聞いていたロウィルに、
『ロウィル、お前は今から負ける。それも惨敗、完敗、ボロ負けの3拍子でな。その理由を教えてやろう』
次の瞬間、オ・ケスラの観測システムから一つの情報が届けられた。
その内容は、
「――――!」
『お前、あいつらをみくびりすぎたな』
オ・ケスラの後方から高速接近してくる6つの反応。そして、さらに後方に控える1隻の艦。
・・・・・・・・・・・まさか。
それは先ほど戦い、追い込んでいたはずの相手と同じ数。
・・・・・・・・・・・後ろに回り込んだ、だと。
『来るぜ。最盛期のEDENよりも劣るはずの、俺たちよりも遥かに怖い連中がな』
自動で解析され、スクリーンに映されたのは、
『いいか、ロウィル――――人類ナメんじゃねえ、馬鹿野郎!』
6対の機械の翼と、英雄が率いる艦。
エルシオールのブリッジで、タクトは声高に叫ぶ。
その表情には、力のある笑みがあり、
「さあ、みんな。行ってみようか」
タクト一人ではない。
周囲を見渡せば、傍らにいるレスターも、オペレーターの席に座るアルモもココも、年齢も性別も関係なく全てのクルーが同じ笑みを浮かべていた。
力のある声で了解の意を返す皆にタクトは満足を覚え、通信回線に言葉を送る。
「アークがあれだけ派手に囮になってくれたんだ。一気に敵旗艦まで辿り着くんだ!」
先ほどまで敵旗艦の周囲にいた艦隊は、もはや大半がゲイルトゥルーパー目掛けて旗艦より前に出ている。
EDEN時代の戦闘機という極上の餌を見た敵は見事に喰いつき、背後に潜む自分たちに背中を見せてくれた。
紋章機が戦闘中域に到達するまでに、機動性のある攻撃機や駆逐艦、近くにいた巡洋艦は戻ってくるだろうが、
「敵の司令官に・・・・・・そして、アークに見せてやれ!」
通信越しにタクトは返されるのは、
『―――了解』
力のある6の応答の意思。
皇国・・・・・・・否、この銀河において最強の翼が、再び戦場に出た証だ。
傍らに立つレスターに向け、タクトは告げる。
「ここからが第二段階開始・・・・・だな」
直後、エルシオールの前方で、無数の光が交差した。
攻撃機に接近したラッキースターのコックピットで、ミルフィーユはタクトの言葉に頷く。
「今度こそ本番です!」
彼女の頭上にある光の輪―――H.A.L.O.はミルフィーユの乗り気を認め、クロノ・ストリング・エンジンから高出力を出すように促す。
高速で移動するラッキースターのビームキャノンから発射される太い閃光は、攻撃機の主砲を一撃で潰した。
続いて、ファランクスとレールガンの乱れ撃ちだ。
それぞれの方向に向かった8条のファランクスは、不規則な軌跡を描きながら、何故か全てが機関部にクリティカルヒット。
どうやら今日の運は自分の味方らしい。そう思い、ミルフィーユは笑みを強くする。
巡洋艦二隻からの同時砲撃に対し、ランファは笑みを崩さずにカンフーファイターを加速させる。
「上等じゃない!」
思い出すのは、先ほどの戦闘。
敵の砲撃に対し正面から突撃したゲイルトゥルーパーだ。
単純な速度においては負けるかもしれないが、旋回性と小回りに関してはこちらの方が上だ。
その自身をもって、ランファは砲撃の間を縫うように飛び回らせる。その身はいつもより軽い。
赤の機体が見せるのは、曲線的な縦横無尽の軌跡。
高速の舞が辿り着くのは、巡洋艦の至近距離。
張り付き状態での近距離ミサイル連射は装甲を穿ち、すれ違う巡洋艦に一列の溝を作り出していく。
駆逐艦3隻に囲まれたトリックマスターで、ミントは小さく笑う。
「それでは、お仕事と参りましょうか」
全ての動きは認識できている。
トリックマスターの強化されたレーダーを通じて知る敵の動きは、見えるのとも聞こえるのとも違う。
感じる、という表現が一番しっくり来る。
どこから攻撃が来るか、そしてどこに攻撃を返すべきか。
ミントは迷わない。
3基の遠隔コントロールユニット―――フライヤーはそれぞれの軌道を描いて動き回り、艦の動力機関を撃ちぬける位置に辿り着く。
全ての艦に同時に一撃を与える一撃に死角はない。
戦艦と正面から向き合ったハッピートリガーで、フォルテは叫ぶ。
「派手にいかせてもらうよ!」
戦艦の砲撃に対し、フォルテが選んだのは回避でも防御でもない。
全弾発射。連射ではなく、もはや乱射だ。
重い衝撃が、重力制御をしていないハッピートリガーのコックピットに伝わってくるのをフォルテの身は感じる。
もはや撃ち手でさえも何発撃ったか分からない圧倒的な弾数は、戦艦の砲撃を全て相殺する。
次の瞬間には、向こう側が見えなくなるほどの弾幕が戦艦を覆い、戦艦は幾重もの爆発に包まれる。
視界が晴れた先に残ったのは、もはや原型を想像することすらできない鉄の残骸だけだ。
戦場を迂回してエルシオールに向かう駆逐艦一隻を、シャープシューターの大型策敵機能は見逃さなかった。
こちらに背を向ける駆逐艦に対し、ちとせはレールガンの照準を設定。
狙いを定めるシャープシューターは、引き絞った弓も同然。
放たれる一撃は、己の魂を研ぎ澄まして放つ矢そのもの。
ならば、たとえどれだけの距離があろうと、
「射抜けぬ物など、ありません!」
言葉をちとせは果たした。
シャープシューターの長距離レールガンから放たれた光の矢は、駆逐艦の機関部を貫通する。
ハーベスターに乗るヴァニラは、高速リンク指揮システムからの転送情報によって各機の状況をチェックしていた。
紋章機は最強と呼ばれるに相応しい性能を持っているとヴァニラは知っている。
だが、無敵などと彼女は自惚れない。
現に、各機には少しずつ損傷が発生してきている。
敵の数は多く、このまま消耗しあえば不利となるのはこちらだ。
故にヴァニラは、己の機体だけに与えられた力を行使する。
傷つけるのではなく、大切な仲間を、
「・・・・・・癒してみせます」
その言葉を待っていたかのように、通信からはタクトの声が響いた。
『ヴァニラ・・・・・・・頼む』
「・・・・・・了解です」
短い会話。だが、彼との意思は確かに通じている。
命令の内容は確かめるまでもない。
―――ナノマシン全方位散布開始
ナノマシンを操作するのはハーベスターに搭載されたシステムだが、大切なことは生身でナノマシンを操作する時と変わらない。
ヴァニラは、ひたすらに相手を大切に想う。
――――《リペアウェーブ》
戦いは好きではない。誰かを傷つけたい訳でもない。
ただ、ヴァニラは一つのことを強く望む。
皇国の人々、エルシオールの乗組員、エンジェル隊の仲間。
今はルシャーティやヴァインに代表されるEDENの人々も含まれている。
そして何よりも、誰よりも、
「タクトさんを・・・・・・・護ります」
放射状に広がった金色の光は傷ついた翼を癒し、再び戦場へと送り出す。
・・・・・・・・・これを狙っていたというのか。
後ろの艦隊の反応が次々と消えていくのをロウィルは見る。
敵の狙いは、間違いなく自分の乗るオ・ケスラ。間にいる艦を次々と破壊しながら、紋章機はこちらに向かってくる。
もはや余裕はない。
ロウィルは、前方に送っていた戦力を紋章機への迎撃に費やそうとするが、
『おーい。状況悪くなったからって、いきなり無視するなって。イジケちまうだろうが』
先ほどと変わらない調子で告げられる少年の声が、今はロウィルの気に障る。
前方の蒼の戦闘機からの通信にロウィルは眉をひそめ、次の瞬間には、
「―――!?」
オ・ケスラから報告された、戦闘機の一つの情報に目を開いた。
戦闘機の下部から探知された、強力なエネルギー反応に。
「ロウィル・・・・・」
戦闘が始まってから、この時まで。
どれだけ待っただろうか。どれだけ駆け抜けただろうか。どれだけ願っただろうか。
―――コズミック・ストリング・エンジン最大加圧
――――中距離ビーム砲チャージ98パーセント
『ほとんど』の武装へのエネルギー供給を断ち、急速とは程遠い時間をかけて溜めてきた力。
戦闘が始まってから一度も撃たなかったのも。逃げ回る間、反撃の手段を敢えて封じていたのも。
全ては、この一撃へ繋がる布石だ。
「再会の祝いだ。遠慮せず受け取れ」
狙いは紋章機の迎撃に向かおうとして、こちらに背を向けた艦隊だ。
・・・・・・・・・・・散々追いかけられたんだ。逃がすかよ。
ゲイルトゥルーパーの下部に接続された、機体の全長にも及ぶ黒い長砲。
―――エネルギーチャージ 100パーセント
――――照準設定 完了
「お前が忘れていたモノを・・・・・・・・・恐怖ってヤツを叩きこんでやるからよ!」
その意思と共に、アークは操縦桿の上部トリガーを強く押す。
ゲイルトゥルーパーの最後にして最大の武装を今、解き放つ。
――――フルチャージショット “Blaze Lance”発射
タクトはココから、半ば焦りのある声での報告を聞く。
「強力なエネルギー反応をゲイルトゥルーパー主砲から探知・・・・・!」
その言葉を告げ終わる前に、タクトは椅子から立ち上がり、
「これが第三段階・・・・・か。
エルシオール、全紋章機。ゲイルトゥルーパー主砲の射線上から退避―――巻き込まれるな!」
直後、
「――――」
宇宙空間という黒いキャンバスに紅の線が引かれたのをタクトは見た。
遥か前方を始点とする直線は、『ヴァル・ファスク』艦隊のいる場所を貫き、さらにエルシオールの横を通過する。
「・・・・ハイパーキャノンと同系統の武装か!」
紅の光―――全てを焼き尽くす業火の槍は、宇宙も、艦も、戦場にある全ての闇を貫いていく。
「おお・・・・・!」
叫びと共にアークは、右手の親指でトリガーを押し続けながら強引に操縦桿を動かし、ゲイルトゥルーパーの機首方向を右に大きく旋回させる。
機首を中心として、点貫く槍は線切り裂く剣と化し、破壊の効果範囲は直線から弧を描く扇状になる。
艦すら飲み込むラッキースターの一撃に比べれば細いが、しかし貫通力と持続力を重視した一撃が生む破壊。
密集状態だった艦隊を切り裂いた閃光は、一瞬の後、
『―――――――――――――――』
宇宙空間に横一線の赤の花を作りだした。
破壊の連鎖。もはや、この惨状を止められる者など存在しない。
装甲の薄い攻撃機や戦闘機は一瞬で爆発に飲み込まれ、巨大な戦艦もその装甲を深くえぐられる。
アークは親指をゆっくりと操縦桿から離し、機体からの報告を得る。
「あー、ロウィル・・・・・・・一つ聞きたいんだが」
業火の槍が通り抜けた後に残ったのは、『ヴァル・ファスク』艦隊の半数近くの残骸。
そして、残る半数のほとんどが、戦場の反対側で紋章機に撃沈されている。
それを確認した上でアークは、止まぬ爆発の中で問う。
「・・・・・・今、楽しいか?」
『・・・・・・・・・・・・・』
返ってきたのは答えではなく、一つの問いだった。
ロウィルは静かな声だった。それは、今までの余裕によるものとは違う。
『今一度・・・・・・・貴君の名を訊いておこう』
「昔も名乗った気がするが、今回だけは特別サービスだ。いいか・・・・・・・・・」
600年越しに、同じ相手に己の名を告げるアークに、
『改めてこちらも名乗ろう。我は『ヴァル・ファスク』のロウィル。
アーク・レモネードよ。次は必ず・・・・』
アークはロウィルの冷めた声を聞く。その奥にある感情は怒りではない。
殺意だ。ただ純粋に、こちらを殺そうという意思。
600年前の戦場でアークが何度も感じたのと、同じ意思だ。
『―――殺してやる』
通信が切れるのと共に、ゲイルトゥルーパーの探索機能が敵旗艦からのクロノ・ドライヴ反応を探知。
直後、敵旗艦は光と共に戦場から去り、残る艦隊も共に消えていった。
静かになった機内で、
「・・・・・・余計なモノまで思い出させちまったかもな。
平和ボケが無くなった以上、次はこんな簡単にはいかないかもな」
アークは長く吐息。
機体から報告されるのは、
―――エネルギー残量 10パーセント以下
――――コズミック・ストリング・エンジン 超過出力によるオーバーロード
―――――人工心臓 超過駆動リミットまで30秒
・・・・・・ギリギリだな。
念のために策敵をして、周囲にはもう敵影が無いのをアークは確認。
ふと思い出すのは、別動隊を率いていた一隻の巡洋艦のことだ。
「・・・・・結局、手を出してこなかったな。無人艦って訳じゃなさそうだが」
絶えず警戒はしていたが、問題の艦は目立つ動きを見せることもなく、いつの間にか戦場から消えていた。
誰かが乗っていたのは間違いない、とアークは考えている。
あの艦の動きは明らかに『駒』の動きではなかったし、別動隊を裏側に送り込むような真似をロウィルがしたとは考えられない。
だが、自分に対するロウィルの反応を振り返るに、巡洋艦から自分の存在は報告されていなかったことになり、
「ま・・・・・『ヴァル・ファスク』の連中らしいといえば、らしいけどな」
深刻に考えすぎるのも禁物だと、アークは苦笑混じりに思考を止める。
既に雌雄は決したのだから。
周囲の警戒などは続ける必要があるが、エンジェル隊とエルシオールに任せてもいいだろう。
・・・・・・引き上げだな。
―――――人工心臓 通常駆動へシフト
――――――エンジン 通常出力に減圧
―――――――Artificial Organization Link解除
長い深呼吸の中で、自分の視覚が元に戻っていくのをアークは感じた。
胸を締め付けていた痛みが消え、身を縛る軋みが収まっていくと同時に、身体が重くなる。
痛みと共に力を得ていたのとは逆の、身体から力が失われていく脱力感だ。
気を抜けば意識を手放せるほどの疲労感は、肉体から限界を排除して機械に合わせていた反動だ。
「・・・・・・・紋章機に正式採用しなくて正解だったな、コレ。普通の人間が使ったら、負荷がシャレにならん」
続けてアークはコンソールを操作しながら、これからどうすべきかを考える。
エルシオールがこちらに来るのを待って乗せてもらうことも、単機で『白き月』に戻ることも、今のゲイルトゥルーパーの位置なら可能だ。
そういえば、とアークは思い出す。それは、出撃前の格納庫で交わした言葉。
・・・・・・そうだな、『白き月』に直接戻るか。
アークは通信回線を開く。通信の相手は、『白き月』だ。
『アークさん・・・・・・・・・・ご無事で何よりです』
柔らかい笑みでアークを出迎えてくれたのは、白いドレスを纏った女性だった。
「シャトヤーン。『白き月』の管制システムで、格納庫の隔壁開けといてくれるか。今から・・・・・」
戻ると言いかけて、アークは言い直す。
「・・・・・帰るから、さ」
『はい・・・・・お待ちしています』
「・・・・・ところで、ノアは?」
『こちらにいますよ。ほら・・・・・・ノア』
シャトヤーンに手を引かれ画面に映るのは、金の髪の少女。
その姿は母親に手を引かれている子供のようだが、どこか不機嫌さが見える表情でノアはこちらに、
『なによ・・・・・何か用?』
「いや・・・・・・・・俺的には結構頑張ったつもりなワケだが、『白き月』には入れてくれるのかなって思ってさ?」
こちらの言葉に対しノアは、む、と小さく唸る。
「それとも前に進んでない、半端な戦い・・・・・・・だったか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
少しの沈黙の後、アークに返されたのはノアの、ふん、という前置きと、
『まあ・・・・・・ぎりぎり合格ってことにしてあげるわ』
「て、手厳しいことで・・・・」
こちらの脱力気味な声に対し、少女は当たり前でしょと応えると、
『これから、せいぜい働いてもらうから覚悟しておきなさい』
わずかに笑みを見せた。
「そうだな・・・・・・・ま、色々面倒なこともあると思うけどさ」
直後、アークは機体を『白き月』へと旋回させ、
「よろしく頼む」
加速させた。
大切にしていこうと、アークは思う。
この時代で巡り会えた者たちとの出会いも、時を経て再会できた少女との記憶も。
前に進んで行こうと、アークは誓う。
たとえ、そのことにどれだけの痛みを伴っても。
彼らとの絆が――――過ぎ行く風のように、一瞬のものだったとしても。
あとがき
皆様ご無沙汰しております。SEROです。
今回で第一章『疾風は目覚めて』を終わりとさせていただきます。
半年で12話・・・・・・ペースアップしたいところですが、私生活上の都合でしばらく投稿が滞るかと思います。
今回、また無謀にもキャラクターの設定画などを描き、設定資料なども載せて頂いているはずなので、そちらも見ていただけると幸いです。
ああ、絵を見る際は画面から離れて見るか、心の目で見てくださいネ。決して拡大とかしないように。
さて。
準備運動は終わりました。弾は装填しました。意思は確認しました。
意志、思惑、想い、戦い。全てがやっと動き始めます。
よろしければ、彼の、そして彼らの戦いを見届けてあげてください。
では、これにて失礼いたします。
SEROより