――― 第一話 獣と天使と儀礼艦 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 ここはクリオム星系に程近い暗礁空域。

 本来なら、軍艦どころか民間船も通らないような場所で、黒と白の2機の戦闘機が後方より迫り来る艦隊の追撃を振り切ろうとしていた。

 

 

 

 薄暗いコクピット内に警告音が鳴り響く。

 レーダーは律儀にも当たりもしないミサイルに対して、これでもかと言わんばかりにパイロットに注意を促す。

「はいはい、分かりましたよっと」

 黒と青の二色にカラーリングされた戦闘機《プロトレギオン》のパイロット、レヴィン・ジントニック中尉はうんざりとした様子で回避行動に移った。

 後方から迫り来る2発のミサイルを、機体をバレルロールさせてやり過ごす。

 目標を外してしまった憐れな火薬の塊は、それぞれが共に衝突するという虚しい末路をたどった。

 

「あぁもう、しつこいわねぇ……!」

 白と赤の塗装がなされた戦闘機《レギオンアーミー》のパイロット、マリー・ジントニック少尉は迫り来るミサイルを《インコム》で撃ち落しながら、執拗に自分達を追ってくる無人艦隊に対して悪態をつく。

 相手が戦闘用システムであっても愚痴らずにはいられない。それが、彼女が実兄であるレヴィンと共に陥っている状況の深刻さを表していた。

 

 しかし、それでも彼らの機体のレーダーはパイロットに対する警告をいつまでも報せ続ける。

 無理もない。彼らは今、追われている身なのだ。追撃してくる艦隊の構成は、スパード級駆逐艦、バーメル級巡洋艦、共に5隻ずつ。

 高性能とはいえ戦闘機2機では、少々荷が勝ちすぎる戦況であった。

 

 

 

 

 一方、今しがたクロノスペースよりドライヴアウトした儀礼艦エルシオールのブリッジは慌しかった。 

「友軍機、無人艦隊の攻撃を受けています。今のところ、目立った被害はありませんが、時間の問題だと思われます」

 レーダー担当のココの声がエルシオールのブリッジに響く。

「アルモ、タクトを呼び出してくれ」

「了解しました」

 紫の髪をショートカットにしている活発そうな女性兵が返事をする。

 的確な指示を出しブリッジの混乱を収めながら、先日付けでこの艦の副指令となったレスター・クールダラスは目の前のモニターを凝視していた。

「いやぁ。お待たせ、お待たせ」

 ドアが開かれ、のほほんとした空気を纏った男がのんびりとした口調でブリッジの中に入る。

 レスターと同じく先日付けでこの艦の司令官を任命された、タクト・マイヤーズその人だった。

「それで、状況は?」

 先ほどまでののんびりした口調から一転、真剣な口調になったタクトがレスターに問いかける。

「ドライヴアウトと同時に、友軍機からの救難信号と例の無人艦隊の熱源反応をキャッチしてな。どうも、友軍機が攻撃を受けているらしい」

「随分な団体さんだね、無人艦隊の方は。友軍機の方はたったの2機だろ?」

 レスターからの報告を受けながら、タクトは疑問を口にする。

 確かに、敗残兵を追撃する数にしては多すぎるのだ。

「さぁな。奴らの考えている事なんて見当もつかん。それよりもタクト、このまま救援に向かうのか?」

「もちろん行くに決まってるだろ。見捨てるつもりはない。待機中のエンジェル隊の皆にそう伝えるつもりさ」

 そうレスターに告げるとタクトは、紋章機内で待機しているエンジェル隊との通信を開いた。

 手短に現在の状況を伝え終わったタクトは最後にこういった。

「よし! エンジェル隊、出撃だ!」

『『『『『了解!!』』』』』

 

 

 

 

 無人艦隊の追撃をかわしていた俺達は、自分達の進行方向にドライヴアウトした艦の姿を見て驚きを隠せなかった。

 白亜の宮殿を彷彿とさせるような、およそ戦場には似つかわしくない優美なシルエット。

 本来ならこのような辺境宙域に、姿をみせる事など万に一つもありえない「白き月」が誇る儀礼艦。

『兄貴……。あれって、エルシオールだよね?』

「あぁ、恐らくな。まさかこんな状況で実物を拝む事になるとはな。だが、艦が艦なだけに援護は期待できんぞ」

 近衛軍って事は貴族が幅を利かせているはずだ。少しばかり出生が特殊な俺達を、素直に援護してくれるとは到底思えなかった。

 程なくして、エルシオールから俺達の機体に向けて通信が入る。

『こちらは皇国近衛軍旗艦エルシオール。貴官らの所属を明らかにしてください』

 コクピットに若い女の声が響く。

「こちらは第1方面軍特務遊撃隊《クライファルケ》所属の《プロトレギオン》と《レギオンアーミー》だ。搭乗者は、レヴィン・ジントニック中尉と……」

『マリー・ジントニック少尉です』

「データ照合……確認しました。貴官らを援護します」

「『はっ?』」

 思いもよらない返答に兄妹揃って、言葉を失う。

 援護してくれる? 近衛軍の旗艦であるこの艦が? しかし、これは嬉しい誤算だ。

 驚きの余りに止まってしまった脳を急いで再起動し、

「『了解。貴艦の援護に感謝する(します)』」

 兄妹揃ってこの申し出を受け入れる事にした。

 

 

 

 

 派手なカラーリングの大型戦闘機が5機、戦闘宙域に入ったのを確認し、今まで逃げの一手だった俺達は機首を反転させ今まで自分達を追い回してきた艦隊を向き合った。

『見て見て、兄貴! 紋章機だよ、紋章機!! あぁ、ロストテクノロジーの結晶であるアレをこの目で見ることできる日が来るなんて……!!!』

「はいはい。すげぇ、すげぇ。目の前の敵を片付けてからはしゃげ。そんなんじゃ、死ぬぞ?」

 元々、技術士官であったマリーは「ロストテクノロジー」の塊である紋章機を前に大はしゃぎしている。

 そんな実妹の様子に俺はあきれ果てていた。

『えへへ、何だか自分のことを誉められてるみたいで恥ずかしいです』

 そんな中、いきなり桃色の紋章機から通信が入り、柔和な笑みを浮かべた桃色の髪の少女がモニターに写る。

『なに、アンタがその紋章機のパイロット!? いいなぁ、最新のロストテクノロジーに触れられるなんて!!! 名前はなんていうの!?』

 昂奮している事を隠そうともせずに、マリーは目を爛々と輝かせモニターに映る少女に質問をぶつけた。

『え、名前ですか? 私の名前は、ミルフィーユ・桜葉です。ミルフィーって呼んで下さい』

『ミルフィーね、OK! アタシの名前はマリー・ジントニック……って、違ぁう!! アタシが知りたいのはアンタの名前じゃなくて、アンタが乗ってる紋章機の方よ!!!!』

 自分の思惑とは見当違いの返答に、マリーは鬼の形相で突っ込みを入れる。

 わざわざ自分の名前を言ってくれた人物に対して、そんな態度を取るのは兄としてちょっと悲しくなったのは秘密だ。

『あれ、そうだったんですか?」

 しかし、ミルフィーユと名乗った少女は、きょとんとした表情でマリーを見つめ返していた。間違いない、この娘は天然だ。

 マリーの方も、彼女から紋章機についての情報を聞き出すのを諦めたのか、肩を落とし、はぁっと溜め息をついていた。

『あはは、マリーさんって面白い人なんですね。あれ……? マリーさん、ちょっと目の形が変になってますよ?』

『えっ、嘘!?』

 ミルフィーユに指摘され、大慌てで所持していた手鏡で自身の顔を確認するマリー。はしゃぎすぎて、《獣化》しちまったのかよ……。

『あぁ、これならご心配なく。昂奮しすぎて《獣化》しちゃってるだけだから。むしろ、今の状況を考えるなら好都合よ』

『はぁ、そうなんですか……。でも、その《獣化》って何なんですか?』

 ミルフィーユ嬢の中で一つの疑問が解けて、また新たな疑問が生まれる。《獣化》等という、聞いたことのない単語が出てきたせいであろう。

 う〜、とミルフィーユ嬢にどう説明しようかとマリーは頭を抱える。

『もしかして……、あなた方は惑星ビストの人ではありませんこと?』

 ミルフィーユとは別の紋章機から通信が入り、青い髪に犬のような耳を生やした少女の姿が別のモニターに表示される。

「あぁ、そうだ。そういうアンタは、惑星ブラマンシュの人間だろ。随分と立派なテレパスファーじゃねぇか」

 辺境惑星であるがために、あまり名前を知られていない俺達兄妹の故郷を知る少女の言葉に、俺はこう言葉を返した。

『あら、この子達ことをご存知なんですの。驚きましたわ』

 テレパスファーの事を知っているのが以外だったのか、少女は少し驚いた表情を浮かべている。

 まぁ、知ってるのはその耳の事だけじゃないんだが。

「別に……。ビストから最寄の発展惑星がブラマンシュだからな。自然と情報が入ってくんだよ、ミント・ブラマンシュ嬢」

 俺はしてやったりといったと顔で、青い紋章機のパイロット……ミント嬢のフルネームを言い当てる。

『まぁ、私のこともご存知なんですのね』

 まあな、と一言残して視線を通信モニターからレーダーへと移す。

 無人艦隊、紋章機双方共に相手を射程に捉える。戦を報せる角笛の音色は、確実に響き始めている。

「お喋りはそこまでだ。行くぞ、マリー! エンジェル隊のお二人さんもな!!」

 

 

 

 

 程なくして、俺はは一番近くにいたスパード級駆逐艦に向かって機体を走らせていた。

 目の前の駆逐艦からおよそ6発のミサイルが俺に向かって発射される。

 それに対し、俺は機体の両翼に装着されているレーザーカッターを展開。速度を落とさずに、ミサイルの中へと突っ込んでいった。

 ミサイルの軌道の僅かな隙間を縫うように機体を滑らせ、すれ違いざまにミサイルをレーザーカッターで切り払い、機体を傷つける事無く駆逐艦に肉薄する。

 至近距離のミサイルの爆光により、駆逐艦の戦闘システムに若干の隙が生じる。俺はそれを確認すると、あるボタンを押した。

 

《変形シークエンス確認。汎戦闘形態へと移行します》

 

 無機質な音声と共に、プロトレギオンはその姿を紋章機に似た戦闘機から、軽鎧を装着した剣士を彷彿とさせる人型へと変形する。

 変形が完了すると同時に、背部からレーザーブレードを抜き放つ。

 大太刀型の名に相応しい、長大な光の刃が煌く。

 駆逐艦の戦闘システムが復旧し、対空砲火で迎撃しようとしたが、

「遅いっ!」

 僅かに発射が間に合わず、駆逐艦は一刀の元に両断された。

「敵艦沈黙、次!」

 すぐさま斬り捨てた駆逐艦の残骸から離れ、それの爆光を背に後方にいた別の駆逐艦に照準を合せ、レーザーキャノンを発射する。

 しかしほんの少し照準が上にずれていたのか、レーザーは駆逐艦の上方を掠め、漆黒の宇宙へと消えていった。

 だが、これでいい。俺にとってこの攻撃は敵に隙を作らせる事が目的なのだ。

 一気に駆逐艦との距離を詰めるために、機体を加速させる。

 最高速達するまでの時間、僅か1秒。驚異的な加速と共に殺人的なGが俺の体に襲い掛かる。

 ワンテンポ遅れて、駆逐艦から迎撃のミサイルが発射される。

 撃ち込まれるミサイルを、右手のレーザーブレードで切り払い、左手のレールマシンガンで撃ち落しながら、ぐんぐん距離を縮めていく。

 それでも、「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる」という諺が示すとおりに、それらの妨害を潜り抜けた一発のミサイルが俺にに迫ってきた。

(回避は間に合わねぇな……。左足辺りでもくれてやろうか?)

 被弾を覚悟した瞬間、一筋の光がミサイルを貫いた。

 光が放たれた方向に目を見やると、先ほどの青い紋章機がいた。

『少々、お一人で突撃しすぎではありませんこと?』

「あぁ、そうかもな。援護、感謝する。ミント嬢」

『いえいえ。お礼は目の前の敵を倒してから、改めてお伝えくださいませ』

 トリックマスターのフライヤーにより、次々とミサイルが撃墜されていく。

 そして、弾幕が薄くなった空間をプロトレギオンが駆け抜け、駆逐艦の艦橋部を袈裟斬りに斬り捨てた。

『お見事ですわ』

「そいつぁ、どうも」

 俺達は通信機越しに軽く笑いあった。

 

 

 

 

「そらそらぁ、アタシの通る道をさっさと空けなさいってのよ!」

 レールリボルバーキャノンで駆逐艦の艦橋部を吹き飛ばし、襲い掛かってくるミサイルの全てを4基のインコムを用い迎撃し、遠距離に位置する巡洋艦のエンジン部にトマホークを直撃させつつ、人型に変形したレギオンアーミーは野獣の如き猛攻を繰り広げていた。

 獣化により危機反応速度と本能的直感が強化されたマリーにとって、無人艦の攻撃などは恐るるに足りなかった。

 戦闘開始時から今までの間に彼女が落とした艦の数は、バーメル級3隻、スパード級2隻と紋章機に勝るとも劣らない勢いだった。

『アンタ、やるわねぇ。すごいじゃない!』

 先程から連携して戦っている、赤い紋章機から通信が入る。モニターに写るのは豊かなブロンドヘアーを持った気の強そうな少女だ。

 彼女の紋章機は機動力重視。すばやい動きで敵の行動をかく乱し、その隙にマリーが火力を叩き込む。

 機体同士の相性も功を奏し、急造の連携とは思えない見事なものとなっていた。

「にゃははは。それもこれもアンタ達の紋章機を生で見れた御かげだよ。テンションが昂ぶりすぎて、獣化が解けやしないよ……危ない!」

 カンフーファイターの後方、迫り来るミサイル郡を両手に持ったレールリボルバーキャノンで次々と撃ち落す。

 驚異的な早撃ちにより、瞬く間にミサイル郡は宇宙の藻屑と消えていった。

『ありがとう、助かったわ』

「どういたしまして」

 しっかりとお礼の言葉を受け取りつつ、マリーは機体をカンフーファイターに向かってミサイルを発射した巡洋艦に向け、胸部装甲を解放した。

 解放された胸部の中心から、少し大きめの砲門が姿を現す。その砲門に向かって、機体の各所から莫大なエネルギーが流れていく。

「ふふふ、今日は機嫌がいいから出血大サービスよ。受け取りなさい……!」

 刹那、レギオンアーミーの胸部から凄まじい光が放たれた。放たれた光は目標である巡洋艦を飲み込み、跡形もなく消し飛ばした。

 その光の名は《メギド》。旧約聖書と呼ばれる書物において、二つの呪われた町を焼き尽くしたと言われる裁きの炎の名を冠するに相応しい破壊力を見せ付けた。

『なんだい、今の光は!? アンタがやったのかい?』

『すごく……、眩しかったです』

 紫と緑の紋章機から通信が入る。

 モニターに映し出されたのは、モノクルが印象的な赤毛の女性と、どこか儚げな空気を纏った緑色の髪をもった少女だった。

「驚かせてごめんなさい。なんか気分が乗ってたから、撃っちゃった」

 あははぁ、と汗マークを頭に浮かべながら申し訳なそうに弁明するマリー。

 赤毛の女性がどこかうんざりとした様子でこちらを見ていた。

『たくっ、あまり脅かさないでおくれよ。その様子じゃあ、そっちの方はあらかた片付いたみたいだね』

 残りの艦隊も既になく、この宙域における戦闘は終わりを告げた。

 

 

 

 

『え〜っと、レヴィン中尉とマリー少尉だっけ? 話が聞きたい。その機体もこっちで整備なり補給なりするから、着艦してくれないか?』

 エルシオールから俺達の機体に向かって再び通信が入る。今度のは音声だけでなく、モニターも併用した通信のようだ。

 そのモニターには若い……だが雰囲気からして艦長クラスと思われる青年から着艦の要求が来た。

(俺と同い年くらいか?)

 そんな感想を抱きながら、回線を兄妹間のホットラインに切り替え、俺はマリーの意見を伺う事にした。

「だとさ、マリー。断る理由もないし、ご厄介になるか?」

『いいんじゃない。と言うより、さっき《メギド》撃ったせいでエネルギーがやばいのよねぇ』

 調子に乗りすぎたと言わんばかりに、マリーは頭をかきながら返答する。

「自業自得だ」

『あ〜、ひ……』

 

 プツン

 

 妹の愚痴を最後まで聞く事無くホットラインを閉じ、回線をエルシオールに切り変える。

「了解しました。両機とも着艦しますので誘導のほうをお願いします」

 一応、左官服を着ていたので普段はあまり使わない敬語を使って返答した。

『さ〜て。これからどうなるのかしらねぇ、兄貴?』

 いつの間にホットラインを接続し直したか、マリーがモニターごしに笑みを浮かべている。

「知らん……。なるようになるだけだ」

 マリーへの対応もおざなりに、俺はエルシオールの白い艦体を見つめていた。

 

 

 

 

 あとがき

 

 どうも初めまして、Narrと申すものです。Wing Of Destinyに惚れてG.Aにはまった変り種です。

 

 妄想爆発の駄文ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。

 また、文の中におかしい点がございましたら、アンカークローの如くどんどん突っ込みをお願いします。