――― 第二話 「フランクな指令官」 ―――

 

 

 

 

 誘導ビーコンに従いエルシオールに着艦した俺達を歓迎してくれたのは、先ほど共闘していたムーンエンジェル隊とマイヤーズ大佐だった。

 しかし、噂には聞いていたがエンジェル隊は本当に女性だけで構成された部隊らしい。

 しかもメンバーの大半は、本来なら青春を謳歌していそうな年端かも行かない少女だ。

(あのヘッドギアを付けている娘は、マリーよりも年下だろうな)

 そんな思考が、俺の胸に去来する。

 で。その比較対象となったマリーはというと、目を輝かせながらきょろきょろと忙しなく格納庫内を見回している。

 マリーにとって、このエルシオールは宝の塊なのだろう。俺にはイマイチ理解できんが……。

 話をする前に自己紹介という流れになった。

「改めまして。一番機ラッキースターのパイロット、ミルフィーユ・桜葉です! よろしくお願いしますね!」

 先程の通信の時と同じく、柔和な笑みを崩さずに元気一杯にお辞儀をするミルフィーユ嬢。

 いやはや、天然だけでなく随分と明るいお嬢さんだ。

「二番機カンフーファイターのパイロット、蘭花(ランファ)・フランボワーズよ。

 さっきの戦闘、貴女の御かげで助かったわ。ありがとう」

「まぁ、あれくらい当然よ。そっちの方こそ、良い腕してるじゃない」

 豊かなブロンドヘアーを持ち、赤いチャイナドレスに身を包んだ少女がマリーに対して礼を言っている。

 気の強そうな感じもするが、案外素直な娘かも知れんな。

「三番機トリックマスターのパイロット、ミント・ブラマンシュですわ。今更、紹介するような事でもないのですけれど」

 そういって微笑を浮かべながら俺達の顔を見るミント嬢。しかし、16歳って話だが……。

「まぁ、失礼しちゃいますわね。少々、他の方より慎ましいだけですわ! これでは援護して差し上げたかいがありませんわ」

「いや、すまんな……。それと先程の援護、本当に感謝している」

 おっといかん、テレパスで読まれたようだ。

 惑星ブラマンシュの人間は寄生生物《テレパスファー》の御かげで、テレパシストだということを忘れていた。

「四番機ハッピートリガーのパイロット、フォルテ・シュトーレンだよ。一応、エンジェル隊のまとめ役をやらせてもらってるよ」

 軍帽を被り左目にモノクルをかけた赤毛の女性が一歩前に出る。いかにも頼れる姉御肌、という空気がはっきりと伝わってくる。

「あ〜っと、さっきの白い奴のパイロットはアンタだね。次からは一言なり報告をしてから、あの光をぶっ放してくれると助かるねぇ」

「あはは……。言い訳のしようもございません」

 ジト目で睨み付けられ、渇いた笑いを浮かべながら謝罪を述べるマリー。

 確かに、あれだけの破壊力を持つ武装を味方とはいえ、いきなり使われたら驚くのも無理はない。

 味方の攻撃に巻き込まれて死ぬなんて、笑い話にすらならん。

「五番機……ハーベスターのパイロット……、ヴァニラ・H(アッシュ)です……。

 そのことに関しては……私も……フォルテさんと同意見です」

 ヘッドギアを付けた緑色の髪の少女も間近で《メギド》を目の当たりにしたらしく、何か訴えるかのように真紅の瞳でジッとマリーを見つめる。

 パッと見、感情表現が乏しそう娘だな。なんとなく。

 エンジェル隊全員の自己紹介が終わったのを確認すると、マイヤーズ大佐が前に進み出た。

「俺はこのエルシオールの指令官をやらせてもらっている、タクト・マイヤーズ大佐だ。よろしく」

 そういって差し出された手に俺達兄妹は少し戸惑ったが、快く手を重ねる。

「「よろしくお願いします。マイヤーズ指令」」

 さて、エルシオール組みの自己紹介が終わったのなら次は俺達の番だ。

「自分は第1方面軍特務遊撃隊《クライファルケ》所属、レヴィン・ジントニック中尉です。

 マイヤーズ指令、この度の救援には深く感謝しています」

「同じく《クライファルケ》所属、マリー・ジントニック少尉です。

 私の方からもお礼を言わせてください。マイヤーズ指令、本当にありがとうございました」

 改めて思うが、やはり敬語は性に合わん。しかし、相手は大佐にして近衛軍旗艦指令。

 ここで敬語を使わなかったら、不敬罪で軍事法廷にしょっぴかれる危険がある。我慢するよりほかない。

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。どうも、硬い事は苦手なんだよね。

 敬語も使わなくていいし、俺のことも名前で呼んでくれて構わないよ」

 だが、そんな俺の心配を目の前の男はあっさりと否定してくれた。

「いや、でも……。他のクルーへの示しもありますし、なにより階級が違いすぎます」

 マリーもどこかぎこちない態度で、マイヤーズ指令に向かって反論する。まぁ、普通の軍人としてはそれが普通だよな。

「だから、そういうことは気にしてくれなくていいんだよ。ほら、名前で呼び合ったほうが相手に対する親近感が湧きやすいじゃないか」

 それでも微笑めを浮かべながら、軍人としては非常識な事を当然のように進めてくる。

 どうやら彼は本気のようだ。なら、乗らせていただこう。俺も同じだしな。

「マリー、お前の負けだ。良いじゃねぇか、本人がそれで良いって言ってんだから……。だろ、『タクト』?」

 俺のその態度がよほど気に入ったのか、タクトは嬉しそうにニヤリと笑っている。

 その態度を見て、マリーも腹をくくったようだ。

「分かったわよ。それじゃ、これからは遠慮なく名前で呼ばせてもらうからね。『タクト』!」

「お手柔らかに頼むよ、マリー。レヴィンもよろしく」

 そう言ったタクトの顔は、満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 格納庫での自己紹介を済ませた後、俺達はブリッジに案内された。

 詳しい話はそこでして欲しいとのことらしい。

「まず、お前達が何故あの無人艦隊に追われていたのか。その理由を知りたい」

 左目に眼帯を付けた銀髪の男が質問を投げかける。この男の名はレスター・クールダラス。

 タクトの副官にして、このエルシオールの中では唯一のまともな軍人のようだ。

 とりあえず、この人に対しては敬語を使っておこう。

「理由は恐らく、自分達が敵の第一陣を壊滅させたことだと思います」

 このこと以外に心当たりが見当たらない、と一言付け加えて一つ目と思われる質問に答える。

「壊滅……。あの2機の戦闘機でか?」

 クールダラス副指令が疑問と驚きの混じった表情で俺達の事を見つめる。

「そういえば、俺もその事を知りたいと思ってたんだ。あの機体は何なんだい?」

 タクトのほうも興味津々のようだ。

「そのことについては、私からご説明させていただきます」

 そういってマリーが一歩前に踏み出す。心なしか嬉しそうな表情だった。

「黒い機体が、形式番号LGP-XXX1《プロトレギオン》。白い機体が、形式番号LGM-1087《レギオンアーミー》です。

 両機共、変形機構を装備した可変型機動兵器です。

 また、《プロトレギオン》は機体と武装のほぼ全てを、《レギオンアーミー》は主砲部をナノマシンで構成しています。

 機体の特性上、《プロトレギオン》はある程度の自己修復能力を有しておりますが、エネルギーの関係上多用することはできません。

 但し、私達の機体に使用されているナノマシンはそれぞれの機体用に調整されており、他機の修理などといった作業に用いる事はできません。

 軍部が発見・回収した機体で、適性検査の結果、私達兄妹がパイロットに選ばれました」

「適性検査? 誰でも乗れるというわけではないのか?」

 マリーの説明に一区切りついたところで、クールダラス副指令が質問を投げかける。

「いえ、適正者でなくとも操縦は可能です。

 ただその場合は、動力源をクロノストリングエンジンから通常のエンジンに換装しなければなりませんから、最大出力が下がります。

 また、この機体には有機脳人口脳連接装置……H.A.L.Oシステムに酷似したパイロットインターフェースが搭載されていて、適正者以外では性能を完全に発揮できません」

「ちょっと待ってよ、それって……」

 マリーの説明に何か感じるところがあったのか、ランファの声が割り込む。

 他のエンジェル隊のメンバーの表情も、この説明が意味する事にうすうす気がついているようだ。

「えぇ、貴女が思う通りよ、ランファ。この子達はね、現存する機動兵器の中で最も《紋章機に近い兵器》よ。

 相違点を上げるとすれば、搭載されているインターフェースが適正者以外でもそれなりに扱える事、機体及び武装の構成にナノマシンが使用されている事、変形機構を搭載している事。

 この三つくらいかしらね。軍部が《白き月》から強引に持ち去った、って言うのがもっぱらの噂よ」

 マリーは最後に一言、冗談を付け加えながら事実を口にする。

 ただ、最後の冗談はいただけないな。仮にも左官クラスの目の前だぞ……。

「紋章機に最も近い兵器、か……。そんなものが実在するとはな」

 う〜む、とクールダラス副指令は唸るかのように手を顎に沿え、思考に没頭する。

「それで、君達はこれからどうするんだい?」

 現時点ではこれ以上聞くことがないのか、タクトは俺達の今後について質問してきた。

「所属部隊が壊滅したからな……。

 本星辺りにでも報告を兼ねて逃げようと思ったんだが、エルシオールがこんな場所にいる以上、本星は陥落済みなんだろ?」

「意外と鋭いね、レヴィン」

 タクトが少し驚いた表情で俺を見る。

 だが、マリーの発言によって、タクトの顔に更に驚きが上乗せされる。

「こんな場所にいるって事は、目的地はローム星系よね。あそこなら多分、落ちてないだろうし。

 後、皇族クラスの人乗せてるでしょ、この艦。本星が陥落済みってところを考えると、《白き月》に滞在していたシヴァ皇子辺りかな?

 皇子を安全だと思われるローム星系までお送りする事、それがこの艦の最優先任務って言ったところかしら」

「…………」

 ブリッジにいるエルシオールクルー全員が驚きのあまりに声を失う。

 そりゃ、今しがた拾ったばかりの小娘にここまで的確且つ正確に現状を分析されたのだから無理もないと思うが。

「あれ、もしかして見当違い?」

「い……いや、その通りだ」

 呆気に取られながらも、辛うじてマリーの問いかけに答えるクールダラス副指令。

 そんな狼狽しきった副指令を尻目にマリーは、よっしゃっ、と小さくガッツポーズを作り嬉しそうにしていた。

「そこまで分かっているのなら……、俺が君達に言いたい事も分かるよね?」

 先ほどの硬直状態から回復したタクトが、真剣な表情で俺達を見つめる。

 エルシオールと行動を共にしてもらいたい。タクトの真剣な瞳が俺達にそう語りかけてくる。

 俺達の方も当初の目的である本星への逃亡が不可能と判明した以上、このままこの艦と行動を共にしたほうが何かと都合がいい。

 マリーの方も俺と同じ考えに辿り着いたのか、さっさと言え、と目で俺に訴えていた。

「分かった。こちらとしても行くあてが無くなってしまったからな、断る理由はない。むしろ、助かる」

「そうそう。こっちから合流させてくれってお願いしようかと思ってたんだから」

 そういって、俺達はタクトの前にそっと手を差し出す。

 格納庫でも同じような状況になったが、今回の場合、俺達とタクトの立場がまるっきり逆だった。

 もちろんタクトは迷う事無く手を差し出し、

「これからよろしく頼むよ、二人とも」

 満面の笑みを浮かべ、俺達を歓迎してくれた。

 

 

 

 

 ブリッジでの一件が終わった後、ミルフィー(本人から愛称で呼んで欲しいと頼まれた)の提案で、俺達は艦内をエンジェル隊の皆に案内してもらう事になった。

 コンビニにティーラウンジに銀河展望公園、果ては宇宙クジラが住み着くクジラルームと一般的な軍艦では考えられないような施設のラッシュに俺は軽く眩暈がした。

 一通り案内が終わった後、俺達はティーラウンジに向かっていた。なんでも、歓迎の茶会をするとか何とか。

 

 

「何、何なのよこのケーキ。信じられないくらい美味しいじゃない! これ、本当にミルフィーの手作りなの!?」

 がつがつとものすごい勢いでミルフィー手製のケーキをかっ込みながら、マリーは感嘆の声を上げていた。

 久しぶりにあいつの無邪気な笑顔を見た気がするな。ミルフィーとエルシオールに感謝せねば。

 しかし兄としては、もう少し落ち着いて食ってもらいたい。なんというか、俺の方がこっ恥ずかしい……。

 せめて鼻の上についたクリームくらいには、気づいて欲しい。

「うん、そうだよ! 良かった〜、マリーがこんなに喜んでくれるなんて」

「そりゃあ、もう! こんなに美味しいケーキに出会えたんだもの! これで喜ばなかったら乙女検定に合格できないわ!!」

 乙女検定ってなんだ?

 乙女に1級とか2級とかあるのかと小一時間くらい突っ込みを入れたいな。我が愚妹よ。

「ちょっと、マリー。あなた食べ過ぎよ。アタシ達の分が無くなっちゃうでしょ」

「大丈夫だよ、ランファ。まだまだ沢山あるから心配しないで」

「あら、そうなの」

 マリーの怒涛の食べっぷりをランファが注意するが、ミルフィーの一言であっさり引き下がった。

 というか、このケーキで3種類目にして3ホール目だったような気がするのだが……。

「いや〜、本当にミルフィーのケーキは美味しいよ。いくらでも食べられちゃうね」

「えへへ、ありがとうございます。タクトさん」

 そしていつの間にか、この茶会に参加している我らが指令官。ブリッジはいいのか?

「あら、レヴィンさん。あまりフォークが進まれていないようですが……?」

「ん?」

 さっきからのろのろとケーキを食ってる俺が気になったのか、ミントが声をかけてくる。

「あれ、もしかしてお口に合いませんでしたか?」

 ミルフィーもさっきまでの笑顔から一転、不安そうな表情で俺のことを見つめる。

「いや……、そんなことはない。俺もここまで美味いケーキを食ったのは初めてだ。ただ、生クリームとかが苦手でな」

 正直な話。俺がゆっくりとはいえ生クリームたっぷりのケーキを食い続ける事ができるのは、純粋にミルフィーの腕のお陰だ。

 最も、それも限界に近いが……。

「心配、ング、しなくても、ング、いいよ、ングング、ミルフィー、ゴックン。兄貴、嘘は言ってないから。

 いつもならこんな生クリームたっぷりのケーキ、一口も食べないもの」

 口に入れたケーキが一段落したのか、マリーがミルフィーを元気付ける。

 未だに鼻の上のクリームには気づいていないようだ。

「ん……? マリー、アンタいつの間に目が普通に戻ってるんだい?」

「ふぁい? ふぁんれふふぁ、フォフヘふぁん?」

 フォルテの問いかけに、マリーが反応する。口一杯にケーキを含ませながら……。

 その様子にフォルテは、早く食べちまいな、と苦笑浮かべながらマリーに言い聞かせた。

「ングング、……ゴックン。それで、フォルテさん。何のお話ですか?」

 口一杯のケーキを飲み込んだマリーは、自分に質問があるらしいフォルテの方に顔を向ける。

「だから、お前さんの目だよ、目。さっきは猫みたいな目だったのに、今は普通じゃないのさ」

「私も……、気になります……」

 フォルテ、ヴァニラを含め、今このテーブルについている人物全員がマリーに注目している。

 マリーの方は、う〜っ、と困ったように唸っていた。仕方ない。面倒だが、俺が説明しよう。

「そのことについては、俺から説明させてもらう。

 まず、さっきの戦闘中のマリーの状態だが、一般的に《獣化》と呼ばれている。

 俺達の出身星である、惑星ビストでは別に珍しくもなんともない現象だ」

「惑星ビスト出身って事は、君達は《獣人》なんだね」

 タクトが少し意外そうに俺達の顔を見る。獣人、皇国内でおける俺達ビスト人の別名だ。

 一部の国民(身分を問わず)に煙たがられているが、エルシオールのクルーは大丈夫だろう。

 着艦して殆ど時間は経っていないが、この艦独特の雰囲気がそう俺に伝えてくる。

「あぁ、そうだ。で、俺達が《獣人》と言われる所以となったのが今説明している《獣化》だ。

 精神的高揚感……テンションが一定以上に昂ぶると、瞳孔の形が変化して危機反応速度と本能的直感が飛躍的に向上する。

 要するに、獣としての本能が強化されるわけだ……。まぁ、《獣化》についてはこんなところか。

 俺は学者じゃないんでな。これ以上の詳しい事は自分で調べてくれ」

 最後にそう一言付け加えて俺は、コーヒーの入ったカップを傾けた。

「なるほど。だから《獣人》か……、勉強になったよ。ありがとう、レヴィン」

 タクトは納得がいったのか、俺に対して礼を言ってきた。

「なに、気にするな……」

 タクトの礼にそう返した俺は目の前に残っていたケーキを、またのろのろと崩していった。

 この一切れくらいなら、なんとか完食できるだろう。

 こうして茶会はドライヴアウトするまで続けられた。