――― 第4話 猟犬と狼 ―――

 

 

 

 

 

 無人艦隊に襲われていたブラマンシュの商船を助け出した俺達は、補給のために近くの暗礁空域に身を潜める事になった。

 よほど商船に積まれている物資が大事だったのか、その戦闘におけるエンジェル隊の戦果は目覚しいものだった。

 ついでに言えば、マリーもエンジェル隊と同じ理由でかなりの数の戦艦を沈めていた。

 搭乗者のテンションで性能が上下する紋章機だが、こんな小さな理由でもあそこまで強くなるとはなぁ……。

「ロストテクノロジーってのは、よく分らんな」

 コンビニの袋を手に提げ、自室に向かって歩いていた俺はぼそりと呟いた。

 袋の中身は勿論、品切れで買えなかった例の牛乳だ。5,6本ほどまとめて買ってしまった。

「ん……? ホールの方が騒がしいな」

 なにやら、エレベーターホールの方がいつにもまして騒がしい。

 足を進めて覗いて見ると、先程の商船団に乗っていたブラマンシュ商会の人間が街頭販売をしていた。

「せいが出るねぇ……」

「あれ、レヴィンさんもお買い物ですか?」

 ティーラウンジの方からやってきたミルフィーが俺に声をかける。

 そういえば、ティーラウンジの方でカラオケ大会が催されてるとかマリーが言っていった気がする。

 そのマリーは今頃、フォルテと一緒に撃ちまくっているはずだ。

 二人とも銃器愛好家という共通点を持っているらしく、よく一緒に射撃場にいる事が多い。

「いや、騒がしかったんでな。様子を見に来ただけだ」

 そうですか、といつもの様に笑いながらミルフィーは目の前に並べられている商品に目を向ける。

 これといって買うものが無い俺は、エレベーターに乗るために背を向け歩き出した。

「おめでとうございます!」

 しかし突然の、ベルの音と思いのほか大きい男性の声に足を止める。

 振り返ってみると、どうやらミルフィーがなにかの特典を当てたようだ。流石は強運の持ち主といったところか。

「それでは、こちらの方をお受け取りください」

「わーい、ありがとうございます。うわぁ……、大きい縫い包み」

 何種類かの記念品の他に、子供一人は入れそうな巨大なパンダの縫い包みがミルフィーに手渡される。

 流石のミルフィーも、あまりの大きさに戸惑っているようだ。確かに、あそこまででかいと正直邪魔だ。

「ははは。妙なもんを引き当てたもんだ……。ん?」

 ふと、視界の隅にウサギな様な耳がうつる。

 そちらの方向に視線を向けると、ミントがなにやら熱っぽい視線でミルフィーを……いや、件の縫い包みを見つめていた。

「あぁ……、ブラパンシェ君……!」

 しばらくの間、ミントはミルフィーの手に収まっている(実際は収まりきっていないが)ブラパンシェ君なるものを見つめていたが、どこか寂しそうな表情を浮かべその場を離れていった。

 ふむ、と俺は少しの間思案して、その思案していた事を実行する事にした。

「ミルフィー。そのでっかい縫い包み、処分に困ってるなら俺にくれないか……?」

「えぇ!? これをレヴィンさんにですか!?」

 よほど俺の言った言葉が意外だったのだろう。ミルフィーは大層驚いた。

 こりゃ、確実に勘違いしてるな。

「勘違いするな、それを欲しがってる奴に心当たりがあるんでな」

「あぁ、そういうことだったんですか。あたしはてっきり……」

 てっきり、どうしたんだ? まぁ、大体の見当はつくが……。

 ミルフィーの脳内で再生されていたであろう映像を、俺も自分なりに想像してみる。

 

 

 ソファーベットの上で巨大なパンダを抱えて眠る俺、枕元には愛用の刀が……。

 

 

 うん、やめておこう。この上なく気持ち悪い。

 ここ数秒の妙な想像を綺麗さっぱりに消去して改めてミルフィーに尋ねてみた。

「で、どうなんだミルフィー?」

「分かりました。欲しがっている人に貰われた方が、縫い包みさんも喜ぶと思います」

 はいどうぞ、とミルフィーは俺に縫い包みを手渡した。

 こうしてみると、本当にでかいな。このパンダ。

「ありがとよ、ミルフィー」

 俺はミルフィーに礼を言った後、ミントが歩いていった廊下へと急いだ。

 程なくして、ミントの小さい後姿が視界にうつる。

「ミント!」

 俺に呼びかけられ、ミントがこちらに振り返る。

「レヴィンさん。何か私にご用事でも……? あ、そ……それはもしや」

 俺が肩に引っさげている縫い包みの存在に気づいたのか、ミントの態度に何処と無く落ち着きが無くなる。

「あぁ、これか。さっき、ホールで特典に当たっちまってな。貰ったは良いが、俺は勿論として、マリーもここまででかい縫い包みはいらないらしくてな。処分に困ってるんだが……、ミントはこれ、いるか?」

 口で色々と言ってはいるが、どうせテレパスで本音は伝わっているだろう。

 その証拠に、ミントの態度から更に落ち着きが無くなっていく。よっぽど、欲しいんだな。

「そ、そうですわね。レ、レヴィンさんがどうしてもと仰るのであれば、貰って差し上げますわ」

 ミントは必死に、自分から欲しがっているわけではない、というポーズを崩さずにその縫い包みをよこせと言ってきた。

 端から見れば、自分から欲しがっているようにしか見えないのだが、ここは気が付かないでおいておこう。

「そうか、そいつぁ助かった。ほれ」

 俺は肩から縫い包みを下ろし、ミントへと渡した。

「いえいえ、お気になさらずに。それでは、私はこれで……」

 そう言うや否や、ミントは自分の同じほどの大きさの縫い包みを抱え、小走りで去っていった。

「ふ……、意外と可愛げがあるじゃねぇか」

 彼女の見せた、見た目相応な態度に俺に頬が緩む。

 それと同時に胸の内に、どこか懐かしい感じが蘇ってくる。

(ミントとどこかで、会ったことがあるのか……?)

 確かに4年前、彼女によく似た少女に振り回された事がある。

 その時の少女がミントだったのだろうか?

「まさかな……。あの年頃のガキってのは、見違えるほどに成長するしな。全く変わり映えをしないなんて有得ん……」

 そう結論付けて、俺は自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 補給を終えブラマンシュの商船団と別れた俺達は、再びローム星系へ向かうために進みだした。

 だが、程なくしてエオニア軍の艦隊がエルシオールの前に立ちはだかった。

 目の前の艦隊には、以前のプローブ騒ぎの時に出会った二人の戦闘機乗りとその仲間の姿もあった。

『……と言う訳で、今回の作戦目標はヘル・ハウンズ隊の撃退だ。

 彼らの戦闘機さえ抑えてしまえば、残りの艦からはエルシオールの足でも逃げられるからね』

 各自の機体に乗り込んだ俺達に、タクトは今回の作戦内容を伝えてくる。

 俺達の最優先事項は、無事にシヴァ皇子をローム星系にお送りする事。無理に全滅を狙う必要は無い。

 それは分かっているのだが……。

「少しばかり、物足りんな……」

 俺は誰にも聞こえないように、コクピットの中で一人呟いた。

 どうも俺達《獣人》は、やるからには徹底的にやらねば気が済まない性分らしい。

 捕食者が被食者に対して全力で襲い掛かるように、《獣》としての因子が俺達をそうさせるのだ。

 まったくこういう作戦の時には、難儀でしかない。

『よし。それじゃエンジェル隊、出撃だ。ヴァニラ、今回も皆のサポートを頼むよ」

『はい……。了解です……タクトさん』

 通信機越しに、見つめ合う少女と青年。

 なにやら、二人の間に妙な空気が流れ始める。

 そういえばヴァニラは、タクトと一緒にいる時だと少なからず自分の感情を表現できるようになっている。

『ねぇねぇ、ランファ。タクトとヴァニラって、そういう関係?』

 マリーがランファに、実にストレートな質問をぶつける。

 ちゃんと回線は調整してあるんだろうな?

『う〜ん、よく分かんないのよねぇ……。ほら、ヴァニラってそういう事に疎そうだし」

『あぁ、確かに……。でも、だからこそ……』

「マリー、ランファ。そこまでにしておけ、ぼちぼち出撃だ」

 マリーのスイッチが入らないように、二人の会話を中断させる。

 一度スイッチが入ると、止めるのが一苦労なのだ。この愚妹は。

『なによぅ、これからだって時に……。まぁ、いいや。そうだ兄貴。補給で推進剤の補充ができたからブースター、ばっちり整備しておいたよ』

「そうか、そいつはありがたいな」

 俺は自分でブースターの状態を確かめるために、コンソールを叩く。

 流石はマリー、いい仕事をしている。これなら、全開で使っても問題ないだろう。

 紋章機の発進が終わり、今度は俺達の番となった。

『進路クリア、システム異常無し。レギオンアーミー、発進どうぞ』

『了解。マリー・ジントニック、レギオンアーミー出るよ!』

 マリーの声に合せ、漆黒の宇宙に白い翼が勢いよく飛び出していった。

『続いて、プロトレギオン、発進どうぞ」

「了解。レヴィン・ジントニック、プロトレギオン出る……!」

 そうして俺も、漆黒の翼と共に星の海へと飛び出していった。

 

 

 戦闘が開始されて早々、ヘル・ハウンズ隊はそれぞれにエンジェル隊に攻撃を仕掛けてきている。

 ただの高速戦闘機で紋章機相手にここまで戦えるとは、変な奴らばかりだが腕は確かなようだ。

 惜しむらくは、火力が少々低い事か。まぁ、ロストテクノロジーの塊である紋章機と比べる事自体が間違っているのだが。

(だが、どうにも解せんな)

 装甲ミサイル艦の機関部にレーザーキャノンを叩き込みながら、俺はヘル・ハウンズ隊の戦い方に妙な胸騒ぎがした。

 私見ではあるが、奴らには何度か紋章機に決定打を与えられる機会が有った筈だ。

 しかし、奴らはその機会を利用しなかった。通常兵器で紋章機と対等に渡り合える奴らが、そんなへまをするはずが無いのだ。

 だとすれば……。

『新たな敵の増援を確認! 位置は……、本艦の真後ろです!』

(やはり、囮か……!)

 通信機越しにココの声を聞き、まんまと奴らの策にはまった事に気づく。

 本来なら囮などは他の奴に任せ、後発隊に含まれているようなパイロット達全員が囮をする等とは、滅多に無い状況だ。

 いかにも傭兵部隊らしい、型に囚われない奇襲作戦だった。

 俺は急いで、エンジェル隊の紋章機に通信を入れる。

「ちっ……。エンジェル隊、聞こえてるか!?」

『なんだい、レヴィン!』

 モニターにフォルテの顔が映し出される。

 さっきの通信を聞いたのだろう、彼女には珍しく若干の焦りが感じられた。

「前方の艦隊とヘル・ハウンズ隊は俺達が受け持つ、お前らはエルシオールの援護に回ってくれ!

 マリー、そっちはどのくらい残ってる!?」

『装甲ミサイル艦は兄貴と私で一隻ずつ、大型戦闘母艦は未だ健在ね。まぁ、ちょっときついけど全部沈められるかな』

 なるほど、要は俺の頑張り次第か……。悪くない戦況だ。

『でも、この人達本当に強いですよ。一人で大丈夫なんですか?」

『無理は……禁物です』

 ミルフィーとヴァニラの心配そうな顔が、モニターに映る。

 たかが戦闘機五機、あの時に比べたら物の数でもない。

「安心しろ……。俺は自分にできない事は言わん、戦いってのは最後まで生き残ってた方の勝ちだからな。

 それが仲間と一緒だったら、最高だ。だからこそ、お前達にエルシオールの援護に行ってもらいたいんだ……!」

 あの船には任務云々以前に仲間がいる。出会ってからの時間は少ないが、それでも変わりはしない。

 なら、確実に守らなければ……!

『分かりましたわ……。フォルテさん、ここはレヴィンさんの言う通りに致しましょう』

『分かった……。あんたを信じるよ、レヴィン。エルシオールはしっかり守ってやるから、あんたも生き残りな』

 どうやら俺の意見を受け入れてもらえたらしい。紋章機が続々とエルシオールへと転進していく。

 なら、俺はそれに見合った働きをするまでだ。

 すぅ、と俺は息を吸い込み精神を統一する。

 内から出、荒ぶる猛りを暴走させる事の無いように。

『そんなこと』

『この俺達がぁぁぁぁ』

『許すと』

『思って……』

『んのかよぉ!』

 しかしそれを阻むかのようにヘル・ハウンズ隊が、自分の獲物と定めていた紋章機に向けてミサイルを発射する。

(やれやれ、聞き分けの無い奴らは嫌いなんだがな……!)

 俺は一気に機体を加速させると同時にリニアランチャーを2発、ミントとヴァニラを狙っているミサイルに向けて発射した。

 

 ドォォォォォン……!

 

 無事に2発、撃ち落とす事ができたようだ。

『くっ……。貴様、下賎の分際で僕の邪魔をするのか!』

『なんだよ、お前!? 邪魔すんじゃねぇよ!』

 攻撃を邪魔された事がそんなに腹立たしかったのか、二人のガキが食って掛かってくる。

 それを無視したまま、ミルフィー、ランファ、フォルテに向かっていくミサイルをまとめてレーザーカッターで斬り落とす。

『僕とハニーの愛の語らいを邪魔するなんて。随分と美しくないな、君は……!』

『うおぉぉぉぉぉぉ、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

『覚悟は……できているのか?』

 5機の戦闘機の照準が俺に向けられる。

「言ったはずだ……。ここからは俺がお前たちの相手だと」

 向けられる殺気を受け流しながら、俺は目の前の獲物を睨みつける。

 ドクドクと、体中を熱い何かが駆け巡る。

 精神統一もそこそこに行動を起こしたせいだろう、《獣》としての側面が鎌首をもたげ始める。

 こうなると俺の戦い方は少々荒っぽくなるが、躾のなっていない犬を懲らしめるには丁度いい。

「一つ言っておく。猟犬如きが、この俺に敵うと思うなよ……!」

 そう言い放った俺の目は、《獣》のそれだった。