――― 第5話 蠢く蛇 ―――

 

 

 

 

 正面から一機、ろくな回避行動も取る動作も見せずにこちらに向かって突撃してくる。

 他の機体も、そいつを援護するかのようにミサイルを発射する。

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、正々堂々と勝負だぁぁぁぁぁぁ』

 突撃してくる機体のパイロット……ギネスとか言う奴がなにやら暑苦しい事を喋っている。

(正々堂々? 何を言っている、そんなものは……)

 対する俺も、機体を減速させる事なく突出しているギネスとの距離を詰める。

『もらったぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!』

 相手の射程に俺が入ったのか、目の前の戦闘機のバルカンが待っていましたとばかりに咆哮を上げる。

 後方からのミサイルも、それに合せるかのように突撃してくる。

 このまま最大戦速で突撃していけば、俺の機体は蜂の巣にされるだろう。

 そう、このまま「真っ直ぐ」に突撃すればの話だが。

 俺はニヤリと笑い、機体を右方向に旋回させた。

『なにぃぃぃぃぃ!?』

 ギネスの驚きの声をセンサーが拾う。それも当然、俺の機体が忽然と目の前から姿を消したのだから。

 ミサイルのセンサーも反応が追いつかないのか、そのまま俺がいた場所で4発とも激突、爆散した。

 プロトレギオンの最大の売りは加速性能ではなく、ブースターを用いた異常なまでの旋回性能だ。

 機体が旋回する方向にあわせ、機体全域に内蔵されたブースターが点火される。

 その際の出力は凄まじく、結果、最大戦速を維持したまま、時にはそれ以上の速度での水平移動を可能としているのだ。

 よほどの反射神経でもなければ、マシな反応などできるはずも無い。

 もっとも、その際にパイロットに襲い掛かるGは加速時とは比べ物にならない。

 普通の人間ならとても耐えられたものではないが、《獣人》である俺はギリギリ耐えられる。

 右方向に旋回させた機体をブースターで強引にギネス機の後方に回り込ませる。

「ギッッッッ……!」

 右翼後方のブースターの点火音と共に、俺は小さく呻き声を漏らす。

 右への水平移動から、タイムレスでの急旋回。流石に、涼しい顔ではいられない。

「ガァァァァァァ……!」

 プロトレギオンがギネス機の真後ろに到達する。それと同時に機体下部に搭載されたガトリングキャノンが火を噴く。

 照準は機関部。直撃すれば、めでたくデブリの仲間入りだ。

 さっきの出来事から僅か数秒、並みのパイロットなら為す術も無く撃墜されるような状況下で奴は機体を捻らせ、機関部への直撃を避けた。

『貴様ぁぁぁぁ! 回避するなんてぇぇぇぇぇ、卑怯だぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 機関部の代わりに、左翼部を持っていかれた戦闘機を撤退させながらギネスは俺に向かって叫んできた。

「ふざけろ……。戦場に卑怯も正々堂々もあるわけ無いだろう」

『そうか……。なら、こういう状況も許されるわけだね』

 カミュの冷ややかな声がコクピットに響く。気が付けば、俺は4機の戦闘機に包囲されていた。

 ギネスの背後を取るということは、一気に敵陣深くまで向かう事と同意。

 四方八方から攻撃が雨のように、俺に向かって降りかかる。

 こうも囲まれては、流石に回避に専念せざるを得ない。

『ふっ、所詮は下賎。後先考えずに突っ込むなんて、卑しい獣そのものじゃないか!

 その程度の奴が、選ばれし者であるこの僕に敵うはずがないだろう!!』

 リゼルヴァとか言うガキが、逃げ回る俺を見下すかのように喋る。

 こういう手合いは、ぶちのめさなければ気が済まない。

「ガキ……。その言葉をほざいた事を、後悔させてやる……!」

 俺の感情の昂ぶりに反応して、機体の出力が向上していく。

 どうもこの機体に搭載されているインターフェースは、攻撃衝動に強く反応するらしい。

 俺達《獣人》のような、戦闘意欲の高い人種との相性は抜群だ。

 しかしながら、肝心の機体との相性はというと……。

《警告。エネルギー量、機体限界を大幅に超過。至急、余剰エネルギーの放出を推奨します。繰り返します……》

 急激に跳ね上がったエネルギー量に、AIが有り余るエネルギーを吐き出せとけたたましく告げてくる。

 高出力のエンジンを搭載しているのにも関わらず、機体の耐久度がそれに釣り合っていない。

 《プロト》の言葉が示すように、この機体は試作型。この他にもう一つの欠点がある。

 機体の構造上、エネルギーを放出するには人型に変形する必要があるということだ。

 ナノマシンで構成されているとは言え、機体構造を一から十まで制御しきれていないのだ。

 俺は迷う事無く、機体を人型へと変形させる。

 機体を構成するナノマシンが光り輝き、黒き翼は剣士へとその姿を変えていく。

 それと同時に機体全域のブースターを全て解放し、余剰エネルギーを周辺の空間へ放出する。

 

 ドウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!

 

 放出されたエネルギーは思うままに暴れまわり、ヘル・ハウンズ隊の放った攻撃を悉くかき消した。

『『『『な……!?』』』』

 突然の閃光にヘル・ハウンズ隊は、驚きの声を上げる。

 俺はその閃光の中、機体をリゼルヴァ機へと肉薄させた。

「ガキ、呆けてる暇はねぇぞ……!」

 

 ヴォン……。

 

 プロトレギオンの背中から、スラスターとは別種の光が煌く。

 光の正体は、俺が最もこの形態で信頼する武装……レーザーブレードによるものだ。

 戦闘機相手には些かでかすぎるが、俺にとってはさして問題無い。

『えっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 すれ違いざまに、展開したレーザーブレードでリゼルヴァ機を斬り捨てる。

 コクピットを狙ったつもりだったが火事場の馬鹿力か、紙一重で直撃を避けたようだ。

 もっとも、機体の戦闘力は皆無に等しいが。

 

 ゾワリ……!

 

 突然、妙な寒気が俺に襲い掛かる。《獣化》により強化された直感からの警告だ。

 寒気が向かってくるのは左後方、そちらに機体を向けるのに合せ、レーザーブレードを振りぬく。

『うおわぁぁぁぁぁぁっっっっ!?』

 ザクリと何かを斬りつけた感覚が遅れて伝わってくる。続けて、散発的な爆発音。

 どうやら背後から攻撃しようとした奴の機体後方部をごっそり、切裂いてしまった様だ。

『畜生……。なんであそこであんな反応ができるんだよ!」

 瓶底眼鏡をかけたガキが、愚痴をはきながら撤退して行った。

 シルス高速戦闘機を3機落とすまでにかかった時間は、およそ1分。まずまずの成果だろう。

 残る猟犬は2頭、こいつらは中々に骨がありそうだ。

『驚いたね……。まさか、ギネス達がこうも一方的にやられるなんて。名前を聞かせてくれないかい?

 君ほどの相手を名前も顔も知らずに、殺してあげるのは美しくは無いからね』

 豊かな青色の髪を持った美青年の顔がモニターに映し出される。だが、そんなものに興味は無い。

 通信に取り合わずに俺は、胸部のガトリングランチャーを発砲した。

『何……!?』

 突然の攻撃にも関わらず、目の前の戦闘機は見事に迫り来る弾丸を回避した。

 恐らく、ヘル・ハウンズ隊の中でも一、二を争う腕の持ち主なのだろう。

『君!! 通信を無視して、いきなり仕掛けてくるなんて美しく……』

「美しい……? そんなものが戦場でなんの役に立つ? 猟犬なら猟犬らしく、闘いの本質を見誤るな。殺るか、殺られるか……、それだけだ!」

 

 ドクン!

 

 体の中を《獣》の因子が駆け巡る。血潮は更に熱を持ち、より暴力的に精神を昂ぶらせる。

 剣士は更にその速力を増し、狂剣士となって星の海を疾走する。

 躾のなっていない狂犬かと思えば中々どうして、礼儀正しい猟犬の集まりだろう。

 全くがっかりだ。今の俺には、そんな礼儀正しさは何の意味もなさない。

 今この時、この身は目の前の獲物を狩る、貪欲なる餓狼。

 ただ、最短の手段でこの飢えを満たすのみ。

 目の前の戦闘機及び、残りの戦闘機から火線が放たれる。

 しかし、悲しきかな。より研ぎ澄まされし本能は、既にその動きを察している。

 ミサイルの軌道、レールガンの弾道、それらが手に取るように感じられる。

 ブースターを駆使し、狼は降り注ぐ弾薬(雨)の中を縦横無尽に駆け回る。

 攻撃を回避しながらも、その目は目の前の獲物を捕らえて離さない。

 放たれる殺気は最早、目の前の獲物だけに留まらず、周囲の空間をも蹂躙する。

『ひっ……!』

 今まで余裕に満ち溢れていた声が一転して、恐怖の色に彩られる。

 奴らが地獄の猟犬(ヘル・ハウンズ)と騙るなら、さしずめ俺は、狂魔狼(リカントロープ)と言ったところか。

 憐れ猟犬は、狼を狩るどころか逆に狩られる立場となった。

 狼はその身に一つの傷をつけずに、牙(レーザーブレード)を獲物に突きたてた。

「ガルァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」

 戦場に餓狼の咆哮が戦慄(響き)わたる。

 その様は、あまりに圧倒的であった。

 

 

 

 

 餓狼が己の飢えを満たそうとしている時、白の銃士もまた目の前の艦隊を追い詰めていた。

「そらそら。そんなんじゃ、あたしの柔肌に傷をつけるなんて10年早いわよ」

 クルリと、曲芸を披露するかのように軽やかに銃士は雨(弾幕)の中を飛び回る。

 まるで踊っているかのような身軽さで、敵艦の砲門に弾丸を叩き込む。

 生きぬように死なぬように、相手に反撃の余力を残させながら敵艦をおびき寄せる。

 砲撃を受けた大型戦闘母艦が誘われているとは露知らず、銃士を仕留めんと移動する。

 残りの艦舶も同じように追撃を開始する。程なくして、彼らの配置が扇状の形となる。

「待ってました! それじゃ、いかせてもらうわよ!!」

 銃士は翼へと姿を変え、艦体と自機との距離を大きく引き離す。

 その距離およそ5000。機体底部に搭載された主砲に、エネルギーが込められる。

 人型時において、それは圧倒的な火力の元に敵機を撃滅する神の炎。

 その威力は対象となったものを、例外なく焼き払う。

「まぁ、大火力でごり押しってのも悪くないけど、まとめて相手するにはこっちの方が楽なのよね」

 エネルギーが臨界に達し、白き翼から主砲から光が放たれる。

 しかしそれは《メギド》のような一直線を描かずに大きく拡がり、前方に展開されていた艦隊全てを飲み込んだ。

 故にその名を《ガエ・ボルグ》。一投にて数多の鏃をばら撒き、千の大軍を壊滅までに至らしめた、必中の槍。

 レギオンアーミーに搭載された主砲のもう一つの姿だった。

 《メギド》は強大なエネルギーを一点に集束して撃ち出すのに対し《ガエ・ボルグ》は、それと同等量のエネルギーを広範囲に拡散させて撃ち出す。

 拡散させているため破壊力は著しく低下するがその反面、有効範囲の広さは他の追随を許さなかった。

 度重なる砲撃により傷つけられた箇所が、放たれた光線によりその傷を深く広げていく。

 レーザー光の中で、次々と爆光が煌き消えていく。レーザー光が消える頃には、残骸しか残っていなかった。

「ふぅ……、ノルマ達成っと。兄貴の方は……、手助けする必要も無いみたいね」

 猟犬を蹴散らす狼の姿を一瞥し、翼は儀礼艦へと向かっていった。

「さて、補給したらランファ達でも手伝おうっと。にしても、主砲が一発こっきりってのは燃費が悪すぎよねぇ」

 ほとんど残量の無くなったゲージを見て、マリーは苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

「有得ん……」

 殺気治まらぬ宙域にただ一人残された最後の猟犬……レッドアイは、目の前の相手を見てそう呟いた。

 自機とカミュ機の集中砲火の只中にいて、機体に一つの傷もつける事無くあまつさえ、あのカミュに恐怖を感じさせたのだ。

 しかし、流石はヘル・ハウンズ隊がリーダーか。あの状況下で彼は、辛うじてコクピットへの直撃を回避した。

 よたよたと撤退する仕留め損ねた獲物を見切り、黒の狂剣士は、ゆっくりとこちらに振り返る。

 

 ゾクリ……!

 

(……っ!)

 向けられる殺気に思わず、体中が震える。

 あまりにも原始的で純粋すぎる殺気、本能からの攻撃衝動。

 彼がこの手の殺気を感じたのは、これが2度目だった。

 そしてその経験は、彼にレヴィンが《獣人》である事を気づかせるには充分だった。

「そうか。奴は……、あの女と……同類か」

 レッドアイの脳裏に、一人の女性の顔が浮かぶ。

 初めて彼女と出会った時(正確には艦内ですれ違っただけだが)、彼はその場から動けなかった。

 目に映るもの全てを殺しつくしても治まる事は無い、異常なまでの彼女の殺気に……。

 殺気の質、量こそは違えど彼女のそれもまた、起源は目の前の相手のものと同じなのだ。

 返答は期待せず、レッドアイは目の前の機体に通信を入れる。

「貴様は……あの女……、アルマ・スピリタスと……同類か?」

 目の前の機体は返答をせずに恐るべき速度で肉薄し、自分の機体にマシンガンを叩き込んだ。

「ぐっ……」

 最初から回避する気でいたのが幸いしたのか、機体の損傷は思ったよりは軽いものだった。

 しかしそれでも、駆動系をやられたらしくこれ以上の戦闘の続行は不可能だった。

 無人艦隊もほぼ全滅、撤退するにはこの上ない状況だった。

『アルマがそちらにいるのか……?』

「!?」

 レッドアイが撤退しようとしたその時、あの機体から通信が入る。

 モニターに映るは、赤茶けた髪と濁った赤の双眸を持った青年。その瞳は、彼女と同じような物だった。

「だとしたら……、何だと……言うんだ」

『なに、メッセージを届けてもらいたいだけだ……』

 そう言って青年は一方的に彼に伝言を伝え、エルシオールへと戻っていった。

 そして彼もまた、その宙域に別れを告げた。

 

 

 

 

 エオニア軍のとある艦の一室にて、レッドアイは彼女……アルマ・スピリタスに彼からの伝言を伝えた。

 伝言を伝えたレッドアイはさっさとその部屋を後にした。部屋の中に、余りにも彼女の殺気が充満していたからだ。

「くくくくく……! そうかい、坊やがそんな事を……」

 ゾッとする様な冷たい笑い声を発しながら、アルマの顔が歪む。

 それと同時に、左目の髑髏の眼帯に手を伸ばす。

 4年前、レヴィンによって傷つけられた左目が疼いたからだ。

 その疼きが歓喜によるものか、憎悪によるものかは本人以外には分からない。

「『あの時の借りは返す』ねぇ……。くくく……。果たして、それが坊やに出来るのかねぇ」

 暗い室内に虚ろな笑い声が響く。

 しばらくして笑い声がやみ、彼女は部屋を後にする。

 廊下の照明を受けて、彼女の空色の髪が艶やかに輝く。

「次の出撃はシェリーの艦隊だったねぇ……。今からなら、間に合うさね」

 廊下を歩きながら、彼女は自身の機体が眠る格納庫へと向かっていった。

 牙を奪い爪を砕き足を潰し絶望に喘ぐその喉笛に刃を押し付け……。

 彼女の脳裏には、自身の手で屠られる彼らの姿が思い描かれていた。

「あぁ……! 楽しみで仕方が無いよ!!」

 ゾッとするような笑みを浮かべ、彼女はその歩みを加速させていった。

 

 

 

 

  あとがき

 

 こんばんは、Narrです。

 

 今回から、新たなオリキャラが登場です。

 ちょっと(かなり)癖のある彼女ですが、嫌いにならないでください。

 

 それでは、また次回にお会いしましょう。

 

 短すぎるあとがきで申し訳ありません……。