――― 第6話 毒蛇、来たりて ―――

 

 

 

 

 

『エンジェル隊全機、及びマリー機行動不能! レヴィン機、更に損傷増加! もう、限界です!!』

『ヒャハハハハハハハハ!!!! どうしたんだい、レヴィン坊や!? 借りを返し、仲間を守るんじゃなかったのかい!!??』

「アァァァァァァルゥゥゥゥゥゥゥマァァァァァァァァ!!!!」

 赤く光る恒星をバックに、剣士と毒蛇が何合目か分からぬ激突を繰り広げる。

 既に剣士の片腕は無く、肩のレーザーキャノンもクローアームでもぎ取られ、胸部のガトリングランチャーもメイスの一撃の下に潰されていた。

 ナノマシンによる修復など、とても間に合わない。エネルギーも既に3分の1を切っている。

 まともに動かせる武器はレーザーブレードただ一振り。

 満身創痍で済ませるには、あまりに無惨な姿だった。

 対する毒蛇は、五肢共に健在にして無傷。尚も、速度と威力を増して手に持つ光の鎚矛を振るう。

 

 ガンッ、ガンッ、ガンッ……、ガキィン!

 

「つぁ……っ!?」

 強烈な打撃に残った右腕の駆動系がいかれたのか、レーザーブレードを弾かれる。

 

 グワシャァァッッ…!

 

 その隙を逃さぬかのように、毒蛇の左腕が剣士の腕部に食い込み…。

「そぅら、これで詰みさね!!!」

 バキャリ、と砕けるような音と共に右腕を引き千切られた。

『レヴィン!!』

 タクトの悲壮な声がコクピットに響く。

(畜生ッッッッッ!)

 無残にも宇宙空間に投げ出される右腕を見ながら、俺はこの最悪の敵との遭遇の経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 事の起こりは、第3方面軍との合流予定地点での戦闘だ。

 通信通りにその場所に行ってみれば、友軍の姿は無く変わりにシェリーと名乗る女の指揮する艦隊が待ち伏せしていたのだ。

 艦隊の編成は、旗艦のステノ級高速戦艦を始め、セラク級高速突撃艦、スパード級駆逐艦を中心とする機動力に特化したものだった。

 

 

「クソッ……! 図体の割には、足がよろしいこって」

 エルシオールに迫る敵艦を次々とレーザーブレードの錆にしながら、俺は旗艦を攻撃に向かったマリー達からの連絡を待っていた。

 一刻も早く旗艦を沈黙させ、この宙域から逃げ出さないと増援に退路を塞がれる。

『5番機……、目標を撃破……』

 程なくして、ヴァニラより旗艦の撃退に成功した連絡が伝えられる。

 しかし、一歩及ばなかったようだ。

『ドライブアウト反応多数、敵の増援です!』

 ココの悲鳴に近い声と共に、こちらのレーダーにも無数の赤い点が表示される。

 こちらを包囲するように艦を展開させているが何故か一点、妙に守りの薄い箇所がある。

「タクト……!」

『言われなくても分かってるよ、レヴィン。全機、ポイントYO209に攻撃を集中してくれ!』

 タクトの指示により、エンジェル隊と俺達はその箇所へと攻撃を開始し、エルシオールの血路を開く。

『鉄・拳・制・裁、アンカークロー!』

 カンフーファイターの一撃により、進路を塞いでいた最後の戦艦が吹き飛ばされる。

 進路が開かれると同時に、タクトの指示が飛ぶ。

『よし。紋章機、及びレギオンシリーズはエルシオールに急いで帰艦! レスター!!』

『あぁ。 アルモ、全艦に通達! 本艦はこれより、クロノドライブに突入する!』

『了解!』

 俺達が全員帰艦した事を確認すると、エルシオールはクロノスペースへと逃げ込んだ。

 敵の誘いに乗ったとはいえ、とりあえずの安全は確保できた。マリーもそのことに気づいているらしく、微妙な表情をしていた。

 格納庫からブリッジに戻った時、俺とマリーとフォルテ以外のエンジェル隊がタクトに食ってかかった。

「およしよ、みんな。とりあえず、今は休息を取る事が先決だよ。皆だって、疲れてるだろ?」

「そうそう、疲れてたらいい考えも浮かばないしさ、ね?」

 フォルテとマリーのこの言葉により、どうにかこの場を収める事ができた。

 エンジェル隊とマリーがブリッジを出て行くのを見送った後、俺はそっとタクトに耳打ちをした。

(タクト……。二人に助けられたな。だが、早いとこ決着付けねぇとやばいんじゃねぇか?)

(分かってる……。このままじゃ、ダメな事くらい)

 そうか、と俺は一言残しブリッジを後にした。

 

 

 

 

「エルシオール、こちらの狙い通りにクロノドライブに突入した模様です」

「分かりました……。ドライブアウト先にいる《毒蛇》との通信を開きなさい」

「了解」

 こちらの目論見通りにクロノドライブを敢行したエルシオールを見届けたシェリーは、部下に命じ作戦ポイントに待機している《毒蛇》に通信をつないだ。

 本来なら彼女の艦隊も取り急ぎクロノドライブに突入し、エルシオールを追撃する予定だったが《毒蛇》の突然の合流により、計画を変えたのだ。

 

『合流させてくれないのなら……。アンタらの命、ここで貰っていくよ……?』

 

 無断出撃を理由にシェリーは一度《毒蛇》の合流を拒んだが、それに腹を立てた《毒蛇》はこのような言葉を残した。

 彼女にとって、一つの艦隊を単機で全滅させることなど児戯に等しい。

 その時の《毒蛇》の目は正気そのものであり、この言葉がただの脅しではない事を確信したシェリーは同行を認めざるを得なかった。

「まったく……、彼女にも困ったものです。エオニア様も何故、あのような危険な物を……」

 ぽつり、とシェリーは誰にも聞こえぬように呟いた。

「シェリー様、《毒蛇》との回線がつながりました。モニターに移します」

 通信がつながり、モニターに《毒蛇》の姿が映し出される。

 左目に髑髏をモチーフにした眼帯をつけた空色の髪の女性が、さも退屈そうにモニター越しにこちらを見つめていた。

『なんだい……、シェリーか。何の用だい……?』

「予定通り、そちらにエルシオールが向かいました。後は頼みましたよ、《毒蛇》アルマ・スピリタス……」

 エルシオールがそちらに向かっている。この言葉を聴いた途端、アルマの顔がさも嬉しそうに大きく歪んだ。

「……っ!」

 その表情の変化に、シェリーは心臓を鷲掴みにされるほどの恐怖を感じた

 童女のような笑みなのだが、それから感じられるのは凄まじいまでの負の感情。

 ブリッジにしばらくの間、虚ろな笑い声が不気味に響く。

『くくくく……。そうかい、坊や達がこっちに……。くくくくはははは……!』

 しばらくして、禍々しいまでに美しく可憐な笑みを浮かべたまま、アルマを通信回線を閉じた。

 ふぅ……、とブリッジにいた誰かがほっとした様に息を吐く。

 モニター越しとはいえ、人外レベルの濃さを持った殺気に当てられていたのだ。

 いやでも神経が緊張するのは、無理も無い事だった。

「全艦、帰還します……! 彼女の手腕に期待しましょう」

 かくて、シェリー率いる艦隊は本隊へと帰還していった。

 

 

 

 

 深夜にふと目が覚めた俺は、夜も更けたエルシオールの廊下をホールに向かって歩いていた。

 喉の渇きを潤すために、自販機を利用しようと思ったからだ。

(いや、違うな。ジッとしてると、落ち着かんからか……)

 恐らく、ドライヴアウトした先には敵艦が大挙して待ち受けているだろう。

 いくら俺達の機体や紋章機が優れた兵器だとしても数で攻められれば、いずれは力尽きる。

 果たして、無事に敵の狙いを覆す事ができるのか? 誰も失わずに生き残る事ができるのか?

 答えの出ない問いがグルグルと、頭の中を駆け巡る。

「ん……?」

 思考の迷路に迷い込んでいた俺の視界の隅に、なにか妙に丸い影が映る。

 例えるなら、巨大な大福のようなものだ。

 ふと、昼間のヴァニラの話を思い出す。

 夜な夜な艦内の廊下を徘徊する、巨大な大福お化けの怪談を……。

「はっ。まさか、そんなものに出会う事になるたぁな。妙な夜だ……」

 見かけてしまったものは仕方が無い。この際だ、その大福お化けとやらの正体を暴いてやろうじゃないか。

 曲がり角に消えていった影を追いかけ、程なくして追いつく。

「おい! 誰だ!!」

「きゃっ!?」

 俺の怒鳴り声に応えたのは、少女の驚きの声だった。

 目の前の丸い物体の少女は、恐る恐るこちらを振り向き……。

「れ、レヴィン……さん……!?」

 目を見開いて俺の名を呼んだ。

「……み、ミント……。そ、その格好は……!?」

 目の前の見知った少女の奇天烈な姿に、俺の顔は軽く引きつった。

 いや……、だってなぁ。着ぐるみだぞ、遊園地とかデパートの屋上にいるような。

 まさかそれを軍艦で見ることになるとは、誰が思うだろう?

「お……、お恥ずかしいところを見られたしまいましたわね」

 ミントが顔を朱に染めて、視線を彼方へ泳がせながらもじもじと呟いた。

 まぁ、好んで人に見せるような格好ではないのは確かだ。

 よくよく観察してみると、どうやらあの着ぐるみはハムスターを模している様だ。

 もっとも、遠目から見れば充分に大福に見間違えられるような丸さだが。

「まぁ、色んな意味で、見てはならないものを見ちまった気分だな……」

 俺も良く分からない汗をかきながら、呆れたように言葉を吐いた。

「で、なんで着ぐるみなんだ?」

「そ……それは……」

 色々な事はおいといて、目下最大の疑問であるミントの格好に対して尋ねる。

 ミントの方も、顔を朱に染めたまま必死にこの場を繕えるような答えを探しているようだ。

 しばらくして、ミントの口が開かれた。

「……レヴィンさんを元気付けて差し上げようと思いまして。

 先程の戦闘が終了してからずっと暗い顔をしておられましたし。少しでも気晴らしになれば、と……」

「そこまで暗い表情だったか、俺は?」

 はい、とミントは頷く。

 やれやれ、悩みが表情に出てしまっていたようだ。

「そこで、この可愛らしい格好をご覧になれば、気分が晴れるのではと考えまして、レヴィンさんを応援する練習をしておりましたの」

 微笑みながら、ミントは俺にこの格好になった経緯を語る。

 マリーと一つしか歳の違わない少女に、ここまでの気を遣わせるとは、俺も焼きが回ったもんだ。

「そうか……。ミント、ありがとよ。少しは気分もマシになった……」

 俺は苦笑しながら、自分でも驚くほど穏やかな声で目の前の少女に本心からの礼を告げた。

「………」

 ミントはなにか意外そうなものを見るように、目を見開きながら俺を見つめる。

 開いた口も塞がる気配を微塵も感じさせない。

「どうした、ミント?」

 その様子を不審に思った俺はミントに声をかける。

「いえ……。そんなに穏やかな顔でお礼を言われますと、かえって困りますわね」

 声をかけてから遅れる事数秒、ミントは妙な事を呟いた。

「は?」

 礼を言われて困るとはこれ如何に?

 実に奇妙な展開に巻き込まれた俺は、ただ戸惑うしかなかった。

「やっぱり、レヴィンさんには嘘はつけませんわね。着ぐるみは、単に私の趣味ですの」

「趣味……ねぇ」

 十人十色、という諺があるように趣味にも色々な種類がある。

 しかし、ここまで変わった趣味を持つ人物に出会ったのは初めてだ。

「あの……。やっぱり子供っぽいですわよね、こんな着ぐるみだなんて……」

 ミントは先程よりも頬を染め、俯きながら自身の嗜好に呆れているようだ。

 そんなミントの様子を眺めながら、俺は答えた。

「いいんじゃねぇか? 趣味ってぇのは人それぞれだ。それにだ、意外とつりあいが取れていていいだろう」

「つりあい?」

 ミントがキョトンとした表情で俺を見上げる。

「お前は、普段から大人ぶってるからな。

 駄菓子やら着ぐるみやら、ちょっとガキっぽい趣味があるくらいで丁度いい。

 なにより……、お前にもそういった面があるって分かって、安心したくらいだ」

「素直に頷いていいものかどうか、判断に困る意見ですわね……」

 ミントは本当に困っているかのように、首をかしげていた。

「別に困るもんでもないだろう。俺としては、……その……なんだ、誉めたつもり……なんだがな。

 むしろ、……気に入った。……勘違いするなよ。マリーと違って、お前の趣味は人様に迷惑をかけないものってところが……」

「……そうですわね。レヴィンさんは、そういうお人でしたわよね」

 少しばかりの失言を繕うかのように言い訳をしようとした俺を、ミントは穏やかな表情で見つめていた。

 何やら、こちらの態度を見透かされているようで、面白くない。

「さっきの、素直に頷いていいものか云々のくだり、そっくりそのまま返してやろう」

 憮然とした表情で俺は軽く、反撃を試みる事にした。

「あら、それは困りましたわね。レヴィンさんには、そのままのレヴィンさんでいらしてもらわないと。

 あまり悩んだりせず、レヴィンさんはいつもの様子でいてくださいませ」

 さっきのお返し、と言わんばかりに楽しそうな微笑をミントは浮かべていた。

 くそ、失敗か……!

 まぁ……正直、最後の一言は俺を迷路から脱出させてくれたようだ。

 悩んでいても始まらない。俺に出来る事は、仲間達と一緒に生き残る事。

 その事を阻むものがあるならば、この身は餓狼となってでもそれを狩る。

 ただ、それだけ。

 そんな単純な事を忘れていたとは、全く情けない。

「あぁ、そうだ。俺は何時ものままでいい。全力でお前らと生き残るだけだ。

 ミント、……本当にありがとよ。ようやっと、吹っ切れたみたいだ」

 さっきよりも晴れ晴れとした気持ちで、穏やかな表情と口調で改めて俺はミントに、再度礼を述べた。

「どうしたしましてですわ。では最後に、この私お気に入りのハムスターさんの姿で、悩みの解決したレヴィンさんの今後を応援させていただきますわ」

 コホン、と軽く咳払いをし呼吸を整えたミントはおもむろに、小さい両手を振り上げ……。

「フレー、フレー、レ・ヴィ・ン!

 がんばれ、がんばれ、レ・ヴィ・ン〜!!」

「ははは! サービスがいいねぇ。

 それじゃ、その応援に見合うように行動するしかねぇな!

 重ね重ね、ありがとな、ミント」

 ミントの応援を受け、さっきよりも気が晴れた俺は笑いながら応えた。

 いやはや、マリーにもこのくらいの気概が欲しいものだ。

「いえいえ。それでは、私は部屋に戻らせていただきますわ」

「おぅ。おやすみ、ミント」

 去って行くミントの背中に、そう告げながら俺も自販機へと向かっていった。

 しかし程なくして、重要な事に気づく。

「あいつ、あのままで部屋に戻るつもりか?」

 時間が時間とはいえ気を抜きすぎだぞ、ミント……。

 

 

 

 

 一晩空けて、ブリッジにてドライヴアウト先に敵が待ち伏せている事がタクトの口から皆に伝えられた。

 ランファを初め、次々と他のエンジェル隊から非難の声が上がるが……。

「俺は、君達なら何とかしてくれるって信じてる」

 タクトのこの言葉により、その場にいた全員が納得したようだ。

 その後すぐに、俺達はブリッジから格納庫に移動し各自の機体に乗り込み、いつでも出撃できるようにコクピットの中に待機する事にした。

 ドライヴアウトを報せる艦内放送が流れ、エルシオールがクロノスペースから通常空間へと移動する。

 ドライブアウトした先には、赤く輝く恒星と少し大きめの小惑星以外、目立ったものは見えなかった。

 敵艦の反応も無く、この宙域にはエルシオール以外の戦艦が存在していなかった。

『何よ。さんざん脅かしておいて、敵なんて何処にもいないじゃない』

 ランファが不満を少しも隠そうとせずに愚痴をこぼす。

 まぁ、確かに覚悟を決めていた側にとっては肩透かしも甚だしいが……。

 

 ゾクンッッッ!!

 

 突然、体に寒気が走る。

(この感じは……!?)

 鋭利な刃物を首に押し当てられたかのような、あまりに冷たく張り詰められた殺気。

 命を奪う事にか興味を持たない、異常としかいえないプレッシャー。

 3年前にも感じた、地獄の気配。

『な、何なんですか……。これ……』

 ミルフィーを初め、マリーを含む他のメンバーもこれを感じたらしい。

 獲物を逃がさないかのようにゆっくりと絡み付いてくる、蛇を彷彿とさせる冷気を。

『兄貴……』

 マリーが青ざめた顔で、モニター越しにこちらを見つめる。

 その問いに、俺は無言で頷いた。

 確かに、この前の戦闘であちら側に《あいつ》がいる事を俺は知った。

 いつかは戦場で相対する事になろうと思っていたが、遂にその時が来たのだ。

(こうも早くとはな……。伝言、伝えなかった方が良かったか?)

 しかし、そんな俺の思考も長くは続く無かった。

『……! レーダーに正体不明の反応あり!』

『何!? ココ、急いで解析しろ!?』

 突如として現れた正体不明の反応に、ココとクールダラス副指令の声からブリッジが慌しく動いてる様が通信機越しに伝わってくる。

『画像、解析できました。モニターに映します」

 解析された画像がブリッジと俺達のコクピットのモニターに転送される。

 恒星の光を背に、一つの人型が宙に立っていた。

 外装は緑と紫の二色に染め上げられ、頭部からはモノアイ式のカメラアイの輝きが不気味に煌く。

 あまりに華奢な機体。肩部に取り付けられた大型のバーニアがあまりにも不自然だった。

 見るもの全てを圧倒する禍々しき美しさ、全てを破壊するかのような暴力的な威圧感。

 モニター越しであっても、この敵の異常さは手に取るように感じられた。

『所属不明機から、本艦に向かって通信です』

『アルモ、モニターに回してくれ』

 通信回線が開かれ、モニターは映るのは先程の人型でなく一人の女性へと変わる。

 モニターに映った女の瞳は、正に蛇を連想させるようなものだった。

 忘れようも無い3年前のあの時から、変わることなき緑蛇の姿。

『ようやくお出ましかい……。待ちかねたよ、儀礼艦エルシオールにムーンエンジェル隊。

 それと……。久しぶりだねぇ、3年ぶりかい? レヴィン坊やにマリーお嬢ちゃん』

『『『『『えっ!?』』』』』

 コクピットにエンジェル隊の皆の驚きの声が響く。

 目の前の見知らぬ相手から、仲間の名が語られたのだから無理も無い。

 対してその女は、くくっ、と懐かしいものを見つけたように楽しそうに顔を歪ませた。

 それと同時に、周りの温度が急激に下がっていくかのような錯覚に襲われる。

 戦艦ごし、機体ごしにも関わらずに……。

 相変わらずの出鱈目な殺気だ。これだけで、人を殺せそうな勢いだ。

『レヴィン達の事を知ってるみたいだけど、君は一体、どこの誰なんだい?』

 しかしこの殺気の中、臆する事無くタクトはモニターに映る女性に話しかける。

『アタシかい? 何、名乗るほどの者じゃないさね。

 けど……。今は気分がいいからねぇ、特別に答えて上げるよ。

 アタシの名前はアルマ、アルマ・スピリタスさ。恐らくアンタら全員、一度は聞き覚えがある名前だと思うよ?』

『!?』

 女の口から語られた名前にタクト達を始め、俺達以外のメンバーが息を呑む。

 アルマ・スピリタス。《ビスト内乱》当時、争いの最前線で活躍していた急進派の中心人物。

 内乱終結後、エオニアと同様に皇国を追放された大罪人。

『さて、名前を教えてあげた事だし、とっととおっぱじめようじゃないか。

 楽しい、楽しい、狩りの時間をねぇ……!!

 アタシも、《ムシュフシュ》も、アンタらの今際の鳴き声を聞きたくてしょうがないのさぁぁ!!!』

 アルマの瞳に狂気が宿る。

 それに呼応するかのように、人型のバーニアとスラスターの点火音。

 狙った群れを残さず貪る様に、猛り狂った毒蛇は今正に走り出そうとしていた。

 否……。既に走り出し、その牙は……。

 

 ドガァァァッッッッ!!

 

 深く、白亜の宮殿の一角に喰らいついていた。