注意 本作はG.A.原作を基にした、オリジナル作品です。
原作のイメージを大幅に崩してるので、原作本来の世界観を大切にしたい方にはおすすめできません。
ましてや壮大な銀河を舞台にした話は一切出てきません。
それでもかまわないという心の広いお方は大歓迎ですwどうぞお楽しみください。






−ヘルハウンズ祭(前編)−




空には無数の星が輝き、地上にはいくつもの灯が点る。



だけど今日だけはいつもより、何もかもが光り輝いて見える気がした。

それは――銀河祭の日だから。


皇国で伝統的に毎年行われるこの祭。この日だけは皆つらいことなど忘れて楽しんでいるよう。




いたるところに飾りつけがなされ、街はお祝いムード一色。色とりどりの明かりが街を染めている。

でも、すべてが輝いて見えるのは何も明かりのせいだけではないのだろう。


表通りに出店が立ち並び、その間を人々がはしゃぎながら行きかう。



そんな中にあって、どういうわけか

「…つまらん」
と低く呟く者がいた。


その名はレッド・アイ。

ヘルハウンズ隊に所属する傭兵であり、赤い髪と瞳、身体を縦に走る大きな傷が印象的な男。


そんな男が何事にも冷めた様な表情、「お前ら何が楽しいんだ…?」的目線で周りを傍観しながら歩いている。

本人に自覚はないが、傍から見ていると長身もあいまってなかなかの威圧感である。


先程もすれ違った相手の肩がぶつかって「おい、痛ぇじゃねえか?てめえどこ見て歩いてんだ!」と喧嘩を売られかけたのだが、
彼が軽くにらみ返してやると「こ、今度から気をつけろよ!」と教訓を残して走り去っていった。





そんな彼に平和的に声をかける存在がようやく現れた。


「おや、レッドじゃないか」

――フォルテ・シュトーレン。
さっぱりした性格で皆の姉貴的存在として慕われている彼女は、
「金魚すくい」と書いたのれんの下で店番をしているところであった。

いつもは下ろしている髪をラフに括っており、はらりと落ちた髪の下に彼女のうなじがのぞいている。


普段と違う彼女の姿に戸惑いつつも、レッド・アイは、
「……射的じゃないのか」
と、とりあえず頭に浮かんだ疑問を投げてみる。
彼女のイメージからすると、銃を使った射的を考えそうなものである。


「ん?あぁ、射的で申請したら銀河祭の実行委員会とやらが文句言ってきてさ」
フォルテはそう言いながら、近くの子供から破れたポイとボウルを引き取る。
「…実行委員会?」
そういえばあのクールダラスとか言う男ともうひとり…影の薄い司令官が確かそんな役だったか。


しかし射的が不許可とは厳しすぎないか…?とレッド・アイが思案していると、
「そうなんだよねぇ…残念だよ、私の銃火器コレクションを存分に披露しようと思ってたのにさ」
心底悔しそうにフォルテが拳を握る。射的だったら、あの銃もこの銃も…と嘆く。
……いや、実行委員会の判断は正しかったかもしれない。彼女に任せたら、実弾入りの銃が店先に並びそうだ。



「それより、やってくかい?」
フォルテが金魚の入った足元の水槽を指差して訊く。

「…そうだな」
レッド・アイはポイとボウルを受け取り、その場にしゃがみこんだ。
そして勢いよく、正確な動きで次々と金魚をすくい始めた。その動作には寸分の狂いもない。
「ほお…凄いねぇ」
見ていたフォルテが感心している。彼女も金魚すくいは得意な方だが、さすがにこれほどの動きはできない。


しかし、レッド・アイは五、六匹ほど取ったところで手を止めてしまった。

「…つまらん」
と呟く。


「あんた変わってるねぇ」
フォルテはレッド・アイを眺め、しみじみと言う。
「普通は『取れないから面白くない』って言うもんじゃないかい?」

レッド・アイは、金魚すくいを中断したままの体勢で、何故か黙り込んだ。


そして、一言。
「…簡単すぎる」
あまりにも言葉足らずである。しかしフォルテはこの発言の内容を読み解いた。

「ああ、張り合いがなくて面白くない、って?」


どうやらさっき彼が黙り込んだのは、楽しくない理由を考えていたらしい。

レッド・アイは、「…そう……かもしれない」
自分の心情とその言葉を重ね合わせながら、そう、呟いた。



その静寂を破るように、彼の右手に持ったボウルから突然一匹の金魚が跳ね、左手に持ったポイを突き破って水槽に落ちた。
フォルテは「おや」と声を上げ、レッド・アイも軽い驚きの表情を浮かべる。

レッド・アイは一瞬途惑った様子だったが、破れたポイを見て、「…終わりか」と呟いて立ち上がった。


「あのさ、あんた肩に力が入りすぎじゃないかい?」フォルテが呼び止めるように言う。
…どういう意味だ、という表情で見返すレッド・アイ。

「世の中には予想もつかないことがいくらでも起こるもんさ、さっきこの金魚がいきなり跳び上がったみたいにね」
そう言いながらフォルテはレッド・アイのポイとボウルを使って、さっき逃げた金魚を器用にすくってみせる。
どちらかというと機械的な動きだったレッド・アイとは対照的に、しなやかで自然な動きであった。

「…上手いな」素直にほめ言葉が口をついた。
「今度勝負してみるかい?」フォルテは軽口で応じる。


フォルテが金魚をボウルから袋に移し、手渡す間、レッド・アイはその言葉を考えていた。

「……つまり、何事も先に決め付けていると見えるものも見えなくなる、と、そういうことか」レッド・アイが問いかける。
「あー…ま、そんなところかねぇ」フォルテは苦笑して答える。
実のところ彼女の方はそこまで考えておらず、ただ、「肩の力を抜いて楽しめ」程度のつもりだったのだが。

軽く礼を言って店を去る。彼はもう、退屈な気分ではなくなっていた。





レッド・アイがしばらく歩くうち、別の見覚えのある人物が目に入った。今度はこちらから声をかける。

「――リセルヴァ」
同じヘルハウンズの傭兵仲間で、パープルの髪と瞳、泣きボクロをもった育ちの良さそうな少年。
こちらは冒頭のレッド・アイとは違って、周りの店や人々を「ほう、興味深いな…」という、上から目線で観察しているところだった。


「金魚?」
レッド・アイの手元の袋を指差して言うリセルヴァ。「意外だね、『…つまらん』とかいって無気力に歩いてるだけかと思った」
…まあな、と意味深な答えを返す。


…そういえば、リセルヴァの家にはルネがいたな。

ルネというのは彼が飼っている観賞魚の名前である。
仕事柄家を空けることが多いので、しばらくエサをやらなくても平気な種類にしたらしい。
透き通った長い尾ひれ、七色に輝く流線型のボディ、と優雅な姿に似合わず実は肉食魚。
もっとも、エサとして与えた小さな魚しか絶対に口にしないようリセルヴァに厳しくしつけられている。

最初は普通に水槽で飼っていたが、どんどん大きくなって水槽では飼いきれないサイズになった今では何故か空中魚と化している。
「子宇宙クジラ」のように空中に浮かんで生活しているのだ。…どうも両生類だったらしい。



…リセルヴァなら、魚を飼うのは慣れているし、水槽に金魚が何匹か増えても大丈夫だろう。レッド・アイはそう考えて、
「……やる」
と言い、金魚を差し出す。

これを見てリセルヴァは、
「ありがとう、早速持って帰ってルネのおやつにさせてもらうよ」と、受け取ろうとする。
レッド・アイは即座に金魚を引き戻す。
リセルヴァは「冗談だって」とつかみ損ねた手を下ろした。
…いや、今のは本気だったろ、とレッド・アイは呟いた。



「…さて、どうするか…」レッド・アイは金魚の行く末を考えていた。

…カミュは世話しなさそうだし(むしろあいつに世話がかかる)、ギネスに至っては金魚くらい握りつぶしそうだ…(失礼)
ベルモットは金魚鉢ごと機械に埋もれさせそうだし……
などと考えを巡らせていると、隣にいるリセルヴァが「自分で飼えば?」と、ツッコミを入れてくる。

たっぷり5秒待ってから、「………………俺が?」と反応した。
意外そのものといった表情でリセルヴァを見ている。
「水槽なら、うちに使ってないのがあるからあげるよ」と、リセルヴァは言うのだが。
「………いや、そういう問題じゃなくて…」
レッド・アイは考え込んだ。…どうも生き物を育てる自分の姿が想像できない。

リセルヴァはそんなレッド・アイをよそに、もう結論はでたとばかりに「銀河祭のしおり」を見返していた。

しばらく出店リストのページを上下していたリセルヴァの視点が止まる。
彼の視線の先、そこには「ピラニアすくい」と書かれていた。



数分後。リセルヴァはぶつぶつ呟きながら歩いていた。
「…どうせ宇宙ピラニアの形したヨーヨーとか、そういう類のものだと思うけど」
などと言いつつもその足はピラニアすくいに向かっている。

レッド・アイは少し後ろから付いて歩いている。…最初から答えがわかっているなら、行かなくてもいいだろうに。
そう思いつつも口には出さないでおく。


歩いているうちに目的の店が見えてきた。地面にビニールプールが置いてあり、奥にはポイやボウルが置いてある。
二人の位置からだと、いわゆる金魚すくいの出店のように見えた。
――のぼりに「ピラニアすくい」と書いていなければ、だが。

店の近くに群がる子供たちが「本当に宇宙ピラニアだよ〜」「うわ、すげ〜」などと騒いでいるのがここまで聞こえてくる。

リセルヴァは、「きっと、本当に宇宙ピラニアそっくりな何かなんだ」と自らに言い聞かせている。
現実逃避してるところ悪いが、…さっきから時折ぽしゃん、と明らかに魚が水面から跳ねるような音がしてるんだが。
レッド・アイは冷静に分析を加える。

二人はおそるおそる近づき、プールの中をのぞいてみた。


――本当に宇宙ピラニアかよ。

唖然としている彼らに、店員らしき妖艶な女性は「牙も毒も抜いてあるもの。心配ないわよ」とにべもなく言う。
「き、牙と毒がなくても顎のかむ力はそのままだろう!」と反論を試みるリセルヴァに、
彼女は顔をそらし、「話にならないわ、下等種族達」と吐き捨てる。


リセルヴァと店員の女はしばらく睨み合っていた。一触即発の雰囲気…!!そして、先に動いたのはリセルヴァの方。

ポケットからコインを出し、彼女に渡す。
「1回」
「…やるのか」


ポイとボウルを手にどこからすくおうか様子を伺っているリセルヴァを、周りの子供たちが興味深々といった目つきで見ている。
その後ろでレッド・アイは子供たちの輪から少し離れて立っていた。

しかし突然リセルヴァが「づっ!」と呻いて左手を振り、その手からボウルを取り落とす。
どうやら、彼の左手に宇宙ピラニアが飛びつき、驚きと痛さのあまりの行動だったらしい。
レッド・アイが「…大丈夫か」と声をかける。噛まれたところを見ると少し血がにじんではいるが、たいした傷ではなさそうだ。

それには答えず、リセルヴァはゆらり、と立ち上がる。そして水面を見下ろして叫んだ。

「…噛んだな?!……この僕をっ…!ルネにも噛まれたことないのに!!」

リセルヴァの迫力ある声が辺りに響き渡った。



<ヘルハウンズ祭(後編)へ続く>