−ヘルハウンズ祭(後編)−




「……まずいな」事態を静観していたレッド・アイが動いた。

リセルヴァの隣に行き、「…貸せ」と言ってその手からポイを受け取る。水面に浮かんだままのボウルを拾い上げ、しゃがみこんだ。
じっと水面を見つめていたかと思うと、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで宇宙ピラニアをすくいはじめていた。

金魚とは比べ物にならないほど宇宙ピラニアの動きは激しい。しかしその動きを最初のわずかな時間で見切り、安定した動きで次々すくっていくレッド・アイ。

周囲の人々は、あまりに手の動きが速すぎて目がついていかない。
それでもボウルにたまっていく魚からかろうじて状況を悟り、驚嘆の声を上げる。


最後にレッド・アイはポイを左から振りあげて宇宙ピラニアを空中にとばし、ボウルを右に出して受けとめた。

ぱちぱちぱちぱち。どこからか自然と拍手が起こる。レッド・アイは自分が注目をうけていることに戸惑いながらも、動揺したそぶりは見せない。
ボウルに山のように積みあがったピラニアをリセルヴァの方に差しだし、言った。
「……ルネの、晩御飯だ」




リセルヴァとレッド・アイの二人は歩いていた。
「この袋、よく見たら網入りだよ…」ピラニアの入った袋を見てリセルヴァがあきれつつも感心している。
おそらく、万一にも宇宙ピラニアが袋を食いちぎらないように、という配慮なのだろう。
「…用意周到だな」レッド・アイが答える。…牙や毒といい、何か間違った方向に計画性を発揮していたような気がしてくる。

あの後、こんなに持って帰れないから、と何匹かは店に返し、残りをピラニア袋に入れてもらってきたのだった。
そのときリセルヴァは自分に傷を負わせた(らしい)一匹をきっちり選り分け、入れるよう指示していた。
正直、レッド・アイにはどれも同じ宇宙ピラニアにしか見えなかったわけだが。
…本人がそういうのならそうなんだろう。


ふとリセルヴァを見ると、左手の甲をしきりに見ている。さっきの傷が気になるのだろう。
「…救護所行くか」レッド・アイがきびすを返して歩き出す。

「え?いいよ、たいした傷じゃないんだし」と口では言うが、正直そうしたいところだった。
リセルヴァは神経質なところがあって、小さな傷でも即座に手当てしないと落ち着かないのである。
…レッド・アイ自身は多少の傷なら放っておこうとするタイプだが。


ところが、救護所にたどりつく前に問題は解決することになった。


ヴァニラ・Hの姿が見えたのである。皇国最高の癒し手である彼女のテントには行列ができていた。
きっと治療の順番を待って並んでいるのだろう…と考え、二人は近づいていった。

先に二人の接近に気付たのはヴァニラではなく、すぐ隣に店を構えている少女であった。

「あら」
リセルヴァの機嫌が目に見えて悪くなる。


――ミント・ブラマンシュ。
ふまふまとした感触の耳を誇る、ブラマンシュ家のお嬢様。
天然石で作ったお守り石などを売っている。

「また、お会いしましたわね」表面上はにこやかに話しかけてくるミント。
一方、リセルヴァは不機嫌そうに「別に君に会いにきたわけじゃない」と答える。
いつもの喧嘩に発展するパターンである。


「あらそうですの。残念ですわ」ミントがたいして残念そうでもない口調で言う。
「何が残念だ!残念だなんてかけらも思ってないくせに!」と怒鳴るリセルヴァ。
レッド・アイが「…残念がってほしいのか?」と横槍を入れる。

動揺したリセルヴァが「…なっ、誰が!」と叫ぶ。明らかにうろたえ、頬が赤くなっている。
ミントが「まあ」と口に手を当てて笑う。照れ隠しで「わ、笑うな!」と怒鳴るリセルヴァだが、全く迫力がない。


ミントの耳がぴくぴく、と細かく振れる。誰かの心を読み取ったらしい。
そして、リセルヴァに「左手を、だしてくださいまし」という。
「…何をする気だ」と疑って左手を隠そうとするリセルヴァは放っておいて、店の奥へ行きポーチから救急セットを取り出す。

それを見て悟ったらしく、リセルヴァもついて行き左手の傷口を見せる。
ミントはその手先を左手で軽く握り、右手に持ったピンセットで消毒液のしみこんだ綿を塗っている。
リセルヴァはものすごく落ち着かない様子だがとりあえずおとなしく手当てされている。


レッド・アイはというと、店の人と勘違いされて客に話しかけられ、行きがかり上ミントの代わりに接客しているのだった。

何故か途切れることなく客が訪れ、しかもそのほとんどが何かしら購入していく。
最初は不思議に思っていたが、客の流れをしばらく見ているうちに謎がとけた。


この店の隣の、ヴァニラ・Hのいるテントではてっきり治癒を行っているとばかり思っていたが、そうではなかった。
大きな水晶玉で占いをしている。彼女の神秘的な雰囲気が占い師の衣装や小道具によく合っていた。

そして彼女に「ズバリ言います…」「地獄に落ちます…」と言われた客が不安に駆られてこの店にお守り石を買いにくるのだった。

…よく考えられてるな……さすがブラマンシュ商会の一人娘だけのことはある。
と、レッド・アイが感心していると後ろからミントの刺すような視線。(心の声が)聞こえたらしい。
…すまん。ブラマンシュ商会は禁句だったな…と心の中で謝っておく。


丁度手当てが終わったところらしく、ミントは救急セットをポーチにしまい込んでいる。
リセルヴァの手には真っ白いばんそうこうが見えた。


「手当てして差し上げた代わりといったら何ですけれど…」ミントが言いにくそうに口を開く。
「何だ? (交換条件か。僕は寛容だからね、ちょっとした頼みごとなら聞いてやるさ) 」カッコ内は彼の心の声である。

リセルヴァの言葉が伝わると安心したのか、すこしほっとしたような顔になる。
「でしたら…かき氷を買ってきて頂きたいのですわ」
「かき氷? (またよりにもよって合成着色料で舌が鮮やかに染まりそうな食品を…) 」

「自分で買いに行きたいところですけれど、わたくしは店を離れるわけにいきませんの。だから…」
リセルヴァはかき氷1個位なら…と考え、「わかった、行って来るよ」と答える。

「頼みますわ。わたくしにはメロン味を」
「…俺はブルーハワイ」
「(小声で)……レモン」

レッド・アイとヴァニラがすかさず便乗する。
リセルヴァはすかさず「おい」とツッコミを入れつつも出かけていった。



彼が去った後、レッド・アイはさっきから気になっていたことをミントに尋ねる。
「…あいつの手に貼ったばんそうこう、あれは…」

「『白き月ばんそうこう』ですわ」レッド・アイの予想通りの答えが返ってきた。
白き月ばんそうこうとは、要するにナノマシンをばんそうこうに込めたものなのである。
どんな傷でも癒し手の力を受けたかのように跡形なく直す。白き月の全技術を結集してつくりあげたといわれる最高傑作。

一応市販されてはいるが、とんでもなく高価なため普通の人にはなかなか手が出せないのが現状である。

それをミントが持っていたのは、まあ納得できる。彼女は白き月でも相当の地位にあるわけだし。
ただ、それをリセルヴァに使うというのは…

「あら、彼にはこれから一生かけてでも支払ってもらいますわよ?」ミントが小悪魔的な笑顔で笑う。
……どんな払わせ方だろう。あいつのこれからを考えると哀れに思えてくる。
…ある意味幸せかも知れないが。



レッドアイがもたれていた壁から身を起こした。
「………行ってくるか」そう言って歩き出す。

「フォルテさんのところに?」
「違う…(わかってて言ってるだろう…)」即答するレッド・アイ。表情にも歩き方にも全く乱れがない。


「…からかいがいのない方」その後ろ姿を見てミントがつぶやく。
やはり、からかって面白いのは…

そう思って、聞こえてくるいくつもの心の声から、リセルヴァの声を探す。



一方、リセルヴァはかき氷の順番を待って列に並んでいる。
彼は前の客が「みぞれ」を注文したのを見て、「色がつかないのもあるのか…」と驚き、それを頼もうと決めていた。
多少、いやかなり、世間知らずなところがあるらしい。

そこにレッド・アイが追いついた。「…かき氷3つは一人で持てないだろう……」と思って手伝いに来たのである。


リセルヴァが自分の分を含めた4つのかき氷を注文し、出来上がりを待っていたところ。

以下、リセルヴァの頭の中。
――あ、そういえばさっきの店で小銭を使ってしまっていたな。どうするか…お札を崩すのも癪だし。

そして、店員にこう告げた。

「カードで」



店員は絶句し、そして「ごめんなさい、うちではカードは使えないんですよ」と困ったような笑顔で礼儀正しく答える。
「そ、そうか…」リセルヴァは顔を赤らめながらカードを財布に戻す。


――その光景を見ていたレッド・アイが、聞いていたミントが、一瞬固まった。

次の瞬間。
レッド・アイは、「…っお前、カードって……」あとは笑いで声にならなかった。
ミントの方は、心の爆笑を客に悟られないように笑顔で接客を続けていた。

それを見たリセルヴァは慌てて弁解するが、残念ながら本人が言い訳をすればする程面白い状況というのはある。
「ち、違う、ちょうど小銭がなかったから!それで…」といった発言が余計レッド・アイの笑いを誘い、収拾がつかなくなっていく。
リセルヴァは結局説得を諦め、4つのかき氷を器用に持ってミントのところへ戻っていく。
レッド・アイは笑いながらついていった。



さすがに戻ったときにはレッド・アイの笑いは収まっていた。
「買ってきたよ」リセルヴァが不機嫌そうにメロンのかき氷を手渡す。
それを耳をぱたぱたさせながら受け取るミント。「ありがとうございますわ」こちらは笑顔を崩さないな…とレッド・アイが思っていたら。
彼女が両手両耳を口元に添えて左斜め下を向く。
「くふっ…!ふふふふふふ」
肩と両耳を震わせて爆笑している。

「…何笑ってる」リセルヴァがますます不機嫌になる。


…ああ、テレパスでかき氷のやり取りを聞いたんだな。

「『ルネにも噛まれたことないのに!』って…!」
…そっちか!



「あのー」そこに顔を覘かせる女性客。
「はい」偶然近くにいたリセルヴァが応対する。
相手に似合いそうな商品を1つ見繕い、「これなんてどうですか?」と言って買わせた。

客が去った後でリセルヴァがこっちを振り向き、どうだ、僕の接客は?とでも言いたげな表情。
…確かにうまく選んでいたし、自慢したくなるのも分かるが…とレッド・アイが苦笑していると、
「話になりませんわね」ミントがあきれた表情を装って言う。
……おいおい。
「こう、するんですわ」

続いてやってきた男性客ににこにこと応対し、1つの商品を手にしたところですかさず他の商品をセットで薦める。
彼女の笑顔に釣られたのか、この客は一人で十数個を手に帰っていった。
そして、あなたにはできませんわよね、と言わんばかりの勝ち誇ったような笑みで「ふっ」とリセルヴァを見る。

リセルヴァの闘争心に火がついた。

「…やってやるさ」…作戦成功。
というわけで接客はリセルヴァに任せてミントとレッド・アイは店の奥に座ってかき氷を食べていた。
ヴァニラはレモンのかき氷を食べつつ占いを続け、「かき氷占いです…」などと主張していた。
…もう何でもありだ。

そのうちにみぞれのかき氷は融け、商品は一つ残らず売り切れた。



<ヘルハウンズ祭・終>


本編終了のあとがき
一応ここで本編終了です。このあとヘルハウンズ祭EXTRAもありますが、文字通り「えくすとら」なので。
今回目指したのは、エンジェル隊とヘルハウンズ隊の友好的な遭遇、という事。
「祭」という日常を離れた、弾んだ気分の中ならそれが可能なのではないかと思って書きました。
…その割に一部のキャラに偏ってますが(汗)残りのキャラはEXTRAに出します。
しかし愛情の注ぎ方をどう間違ったのか、とんでもなく進化を遂げたキャラが約一名。
いや、彼だけじゃないな…各キャラのファンの方々すみません。m(__)m ここで謝っておきます。

さてさて、EXTRAでは友情…というより愛情をほのめかす部分もありますので、
「MさんはTさんとくっつくんだ〜」とか、
「Vさんは俺と!」といったこだわりのある方はやめておいた方がいいかも知れません。

ここまでお読みいただいた方々、ありがとうございました。
続けてEXTRAもお付き合いいただけると幸いです。