まほろばのフェアリィ隊用ブリーフィングルーム。シルカ ジュラーブリク少尉は出頭命令を受けて部屋に入る。
「ダクト?格闘戦訓練ですか?」
「そうよシルカ、カンフーファイターとね。」
編隊長のセシル ジェインウェイ大尉が答える。
「今度リッチウォーの敵拠点を叩くためにエルシオールとルクシオールの二艦とランデブーするでしょう?
その時、両艦が速度調整をする間に行うことが決定したそうよ。」
リッチウォー拠点の制圧にエンジェル隊を投入することはが前々から言われてきた事だった。アウターリム周辺で確認された正体不明の敵性勢力の拠点で、
EDEN統合軍の主力攻撃部隊をもってしても容易には制圧できていなかったそこを、紋章機の圧倒的な戦力で叩き潰そうということらしい。
そのためにセルダール方面からルクシオール、エルシオールの二艦が合流すると聞いていた。
「なぜ今更そんな事を言ってきたんですか?」
ジュラーブリク少尉が質問する。
「向こうのパイロットがしばらく退役していたから勘を取り戻すため、だそうだけど。
まったく、フライトプラン無しで好き勝手飛べるエンジェル隊と一緒にしないでほしいわ。
これでまた計画を手直ししなきゃいけないんだから。」
「私のフライトプランも変更ですか?大規模作戦の前なのに大尉も大変ですね。」
まほろばとフェアリィ隊は、既にリッチウォー宙域に展開し戦術偵察任務を実施中だった。まほろばはEDEN軍主力から独立して行動しているので艦の防空は
自分達で行わなければいけない。幸いなことに今のところ発見された兆候はない。しかしだからと行って警戒しなくても言い訳ではない。
「心配ありがとう。その通りよ。当日のあなたの戦闘空中哨戒は中止、他の戦隊機を充てることにするわ。
例によって向こうからは直前にならないと訓練計画を送ってこないから今はこれだけ。
詳しいことは明後日の本番まで待ってちょうだい。大規模作戦の前だからそんなに大掛かりには
ならないと思うけど。それとカンフーファイターの仕様書があるから
じっくり読んでみて。質問は?なければ退室してよろしい。」
大尉も大変だなと思う。フェアリィ隊の作戦スケジュールから整備計画まで
一人で作っているのだ。しかも大尉自身も四番機のパイロットとして実戦に出撃している。
あれだけの説明では明後日にダクトをすることくらいしか分からないから質問したいことはたくさんあるが、
大尉もさっさと計画の変更という余分な仕事を片付けてしまいたいと思っているだろうから止めておこう。
「分かりました。質問はありません。」
敬礼して退室、隊員の部屋はハンガーベイと同じデッキにあるのでエレベーターを2つ経由して自室へ戻る。
艦の容積節約とダーメージコントロールの観点からまほろばのエレベータは全層貫通にはなっていないからだ。
ジュラーブリク少尉は、一番機雪風のパイロット メイヴ リアスフェイル少尉と二人で同じ部屋を使っているが、
雪風は出撃中なので今はいない。あまり広くない部屋に二段ベッドと机が2つ、あとは個人用ロッカーと少しの
フリーなスペースがあるだけの簡単で質素な部屋。寝る時かその前の自由時間以外は使うことがあまりないから
これでも構わない。他の仕事はブリーフィングルームの横にある待機所でするから、殆どそこが七人の共同部屋
みたいになっている。ジュラーブリク少尉は呼び出された時に中断していた、愛機フランカーの点検作業に
戻るために、貰った仕様書を自分の机の上において部屋を出る。後でじっくり読もう、自分の愛機の方が大切だ。
「また厄介事を持ち込んでくれた訳だ。」
ジュラーブリク少尉が整備から帰ってからGA-002の仕様書を読み終えて、しばらく考えているとリアスフェイル少尉が帰ってきた。
見たところ少々不機嫌そうだ。上機嫌の時の方が少ないけれども。
「お帰りメイヴ。どうしたの?」
「隊長に明後日のダクトに参加しろと言われた。」
「ダクトに?どうして?二対一になってしまう。」
「向こうがもう一機出すらしい。何を出すかはその時までのお楽しみだとさ。
マイヤーズだったかな。そんな名前のが言ってた。」
「あの人ならやりかねないね。」
「あの人?知ってるのかシルカ?」
「メイヴには関係ないでしょう?相手方の二番機の仕様書があるけど読む?」
リアスフェイル少尉は、昔何かあったのだろうと思ってまた質問しようとしたが、確かに自分には関係ないので
やめておく。ジュラーブリク少尉から渡された仕様書に目を通す。パイロットの報告書の欄は見る人が見れば分かる
のだろうが、リアスフェイル少尉にさっぱり訳の分からない単語の羅列で埋まっていた。これこそ自分には関係ないし
役立ちそうな情報を拾うことは困難なこと極まりなさそうなので飛ばして他の場所に目を移す。これまでの主だった
作戦での行動記録が書かれたページを見つける。とても良く簡潔にまとめられていると感心する。恐らく別人が書いたのだろう。
一通り目を通して仕様書をジュラーブリク少尉に返す。仕様書を受け取るとジュラーブリク少尉が二番機について自分の見解を話してくれた。
カンフーファイターは軽量高速の格闘戦用機だった。凄まじい加速と機動性で切り込み隊長として活躍してきたらしい。
短距離と中距離用のミサイル、機銃、アンカークロー等で武装している。
「格闘戦機らしい武装だな。アンカークロー?何だこれは。」
「対艦攻撃用のアンカーらしい。乗っていたパイロットは対戦闘機でも使ってたそうだ。
それよりもこの短距離ミサイル群が厄介そうだよ。普段は一度に数発しか撃って来ないからいいけど、」
ジュラーブリク少尉は仕様書のページをめくってあるページで止める。行動記録が書かれたページだ。
「テンションが高くなると一気に全弾撃てる。飽和攻撃されたら雪風でも逃げ切れるか危ない。」
ムーン隊が使う紋章機は最近の研究で第三世代と呼ばれる部類に入ること分かってきた。HALOシステムから直接クロノ
ストリングエンジンを操作するので、パイロットのテンションによってその性能は大きく左右される。
機体性能の上限値を超えた機動をすることもテンションしだいでは可能だ。搭載するアヴィオニクス群もこの影響を受けるので
兵装の誘導性能向上は驚異的だった。対してフェアリィ隊が使う紋章機は第四世代と言う部類に入る機体だった。
HALOシステムに一種の意識体が組み込まれているので、パイロットのテンションで性能が極端に左右されることはない。
常に高い性能を安定して発揮し、第三世代機よりさらに高度なアヴィオニクス群を搭載するこれらの機体は信頼性や運用の柔軟性の面では第三世代機を遥かに
凌駕している。特にセンサーシステム等の電子兵装や洗練されたインターフェイスはムーン隊のどの機体よりも高度なものだ。
その代わり特殊兵装が搭載されていないので戦闘艦を一撃で撃沈するようなことは出来ない。
「第三世代機の特徴だHALOがかなり特殊なタイプだから。突発的な性能の上がりかたは尋常じゃない。
大丈夫さ、雪風もフランカーも長距離ミサイルで完全にアウトレンジできる。さっさと撃って離脱すればいい。」
「それをさせてくれれば良いけどね。何せ向こうの司令はタヌキなんだから用心にこしたことはないよ。
この短距離ミサイル群は母機からのコマンド誘導だからそれを妨害すれば効果的かも知れない。他に光学誘導タイプもあるけど
セルフディフィンスジャマーを調整しておいたほうが良いには変わらないかな。」
「何が来ても雪風は撃墜させない。シルカもそのつもりだろう?」
「フランカーは落とさせはしない。でも油断のし過ぎはよくないよメイヴ。」
その後も二人はしばらく相談する。
エルシオール側から訓練の詳細が送られて来たのは訓練の前日だった。ジェインウェイ大尉はそれを受け取ってからすぐに計画書を作成、
まほろばの千葉艦長に提出し許可を受けパイロットに回してきた。時間がないのでプリフライトブリーフィングまでに各自読んで来いというものだ。
ジュラーブリク少尉とリアスフェイル少尉はフライトプランを確認してブリーフィングルームに入る。さぞ不機嫌だろうと思ったが、
ジェインウェイ大尉はいつもどうりの態度で二人を迎えてくれた。訓練手順、飛行経路、搭載兵装、発進時刻等の説明を受ける。
「つまり一機ずつ、一対一で格闘戦ですか?聞いたこともないような状況設定ですね。」
ジュラーブリク少尉が聞き返す。訓練手順はまず二機ずつエレメントを組んで訓練空域まで進空、その後エレメントを解き一機ずつで格闘戦訓練
を実施しその間他の二機は周辺空域を戦闘空中哨戒すると言うものだった。また行きと帰りは戦闘空中哨戒を行い、敵機と遭遇した場合は訓練は中止される。
「仕方ないのよシルカ。こちらの出撃スケジュールがどうしても調整できなくて、中止してはどうかと向こうに問い合わせたら、この案が出たって訳。
向こうの機体も二機以外は整備中で出せないそうだから決定したのよ。」
「こんな訓練など中止すれば良いんだ。一対一でやり合うなんて常識から外れてる。いつの時代の話だ。」
「メイヴ。嫌なのは分かるけどこれはもう決まったことなの。それに散発的なドッグファイトなら時々あるでしょう。意味がないわけじゃないわ。
それじゃ二人とも頑張って来てちょうだい。質問は?なければ行きなさい。」
大尉もこんな訓練はしたくはないだろう。そう思いながらまだ聞いていない相手側の二番機の事を質問する。
「大尉、相手の二機目の機体は何ですか?まだ聞いていませんが。」
「不明。向こうは何も言ってきてないからこう言うしかないの。より実戦らしくて良い。そうとでも考えてるのかしらね。」
「分かりました。では実戦と同じように、必ず帰還します。」
「そうしなさい。」
ジュラーブリク少尉とリアスフェイル少尉は敬礼して退室、ハンガーへ向かう。
ハンガーではすでに雪風とフランカーが出撃準備を終えて待機していた。ジュラーブリク少尉はフライトスーツを付け、リアスフェイル少尉と別れてフランカーへ。
機体を目視点検し搭乗。脱出装置と山ほどある内装の確認作業を済ませる。機体がフライトデッキへ引き出され待機位置に停止。HALO起動、CIEX接続、コーションクリア。
エンジンマスタースイッチON、クロノストリングエンジン起動。スロットルをアイドルへ、インパルスエンジン接続よし。エンジンコーションライトクリア。
スロットルをミリタリーへ、機体各部の動力点検。異常なし、アイドルへ戻す。データリンク、通信、航法、ディスプレイコントロール、ON。
HUD作動、フライトコントローラをインジケーターで確認。スタビライザー、空間ジャイロ、フライトコントロールコンピュータ異常なし。
コーションライト、オールクリア。ミサイルシーカーチェック、機体に接続されているセイフティコードが外される。フランカーの全システム起動。
フランカーがHUDに小さく”Everything is ready
OK.SL" 「少尉、すべて準備よし。」と伝えてくる。
先に待機していた雪風が長い排気炎を引き凄まじいパワーで発進して行く。フランカーは発進位置へ。管制へ発進許可をコール、発進してよし。
通信ジャック、EPSケーブルエジェクト。機体がアレスティングエリアから開放される。重力カタパルト作動。瞬間に、スロットルをMAXアフターバーナーへ入れる。
機体が大G加速し発進。ギアアップ。
「FA5発進、ストライク切り替え。」
「まほろば、ストライク了解。グッドラック、フランカー。」
最大推力で加速し雪風と合流。FSLタクティカルデータリンクを雪風と相互接続、編隊を組んで訓練空域へ向けて旋回する。
「フランカーより雪風。レーダーを広域索敵へ、CAP開始。さぁ行こうメイヴ。」
「雪風了解。シルカ、相手の二番機は何だと思う?」
「さぁ何がくるだろう。でも行けば分かるさ。そんな事聞いてくるなんて珍しいね。」
「ちょっと気になっただけさ。」
二機は加速、限り無く深く暗い空を高速巡航で訓練空域を目指す。
「来たぞシルカ。雪風コンタクト。BRAA275、マーク15、12000。IFFチェック、フレンド、GA002、GA003。1分で邂逅する」
雪風の航法センサーが接近する機体を探知。IFFを確認し味方と識別、FSLリンカで戦術ディスプレイに伝えてくる。エルシオールから発進したカンフーファイターと
トリックマスターの二機編隊。フランカーのセンサー群もこの機影を捉える、ジュラーブリク少尉が訓練体制への移行を指示。
「フランカーコピー。二機目はトリックマスターか、ECMやらフライヤーやら厄介な機体だ。
フェアリィフライト、教練体制、レディーフォーエンゲージ。」
「雪風了解。CAP準備」
相手方からもIFF波が来る。フランカーが自動返信、味方と確認される。今回はこちらの編隊長はジュラーブリク少尉なので相手方へ通信を入れる。
ムーン隊の高速リンクとFSLタクティカルデータリンクは互換性があるので、これを用いて回線を開く。定められた連絡、確認事項を伝達。双方とも訓練体制よしを確認。
周辺空域哨戒のため、雪風とトリックマスターが離脱。リアスフェイル少尉は、まるで相手を無視するかのように雪風を突発的に加速させ遥かな深淵へ消えて行く。
あんな調子で大丈夫だろうかと、ジュラーブリク少尉は心配する。GA003のセンサーレンジはかなり広いので雪風から逸れたりはしないだろうが、それでも雪風ばかり追い
かけて、哨戒任務の方が疎かになっては意味がない。ジュラーブリク少尉はリアスフェイル少尉が何も問題を起こさないことを願いつつ、フランカーを反転させ相手と距離
をとるため加速する。距離10000で再び反転しGA002と相対。訓練開始を告げる通信が入る。
「フランカーエンゲージ。」
交戦宣言の後武装セーフティONのままマスターアームに点火。ドッグファイトスイッチON。フランカーのEOSTがGA002の機影を補足しロックオン。HUDに表示が出る。
”DGFT RDY SHM4 RDY GUN RDY Phaser” フランカーが短距離ミサイル及び機銃、フェイザーアレイ射撃準備よしを伝えてくる。
ジュラーブリク少尉は自分の眼前にホログラフ投影されたHUDを注視する。GA002の機影は遥か彼方にあるため見えないがHUD上のTDボックスが敵を囲んでその位置を教えて
くれる。レティクルが大きくなり円周上の距離スケールが少なくなる。フランカーは高速ヘッドオンで射程距離に入ると同時に短距離高速ミサイルを
二発シュミレート発射、回避起動をとって相手から攻撃照準波が届く前に離脱する。シュミレート発射とはいえ実際にホログラムのミサイルが飛んでいくので、
当たっても死なない以外は実戦と殆ど変わらない。二発の高速ミサイルは航跡をまったく引かず目標へ向けて誘導される。高度にステルス化されあらゆるシグネチャを
殆ど出さないなので、遠方でこのミサイルを探知するのは紋章機といえどきわめて困難だ。ジュラーブリク少尉はGA002からの発見を避けるためフランカーの
アクティヴセンサー群をLPIモードに入れ、EOSTで目標を追跡し続ける。HUD上の目標到達時間のカウントが減っていく。カウントが2になった時、相手がミサイルの接近に
気付く。GA002はロールしつつ急激にピッチアップ。ミサイルと直角交差するように機動し第一弾を回避、第二弾は至近弾。GA002の右舷スタビライザーウィングにダメージ。
HALOが損傷を確認、残ったスタビライザーを自動調整し対応すると同時にミサイルが飛来した方向からフランカーの予想位置を算出、アクティヴセンサーで予想空域を走査。
フランカーはこれを受動探知。ジュラーブリク少尉はECMパネル点灯、セルフディフィンスジャマーを操り対抗する。アクティヴステルス起動。フランカーのCIEXが敵機から
の走査波を高速自動解析、逆相位パルス波を最適出力で送信する。元から一定の低視認性を持つフランカーをGA002は探知できないでいた。ジュラーブリク少尉は被発見を
避けつつ、こちらの攻撃を避けるために持てる機動力を最大限に発揮しランダムに回避しながら走査を続けているGA002の後方に占位。フランカーはジュラーブリク少尉
からの操縦意思をスリーサーフェイススタビライザーを最適制御し機体に反映させGA002を追跡する。ジュラーブリク少尉はスロットルの兵装切り替えボタンからフェイザー
アレイを選択、超近距離格闘戦、GA002の凄まじい機動に追随しつつEOSTでロックオン、HUDにレティクルが表示される。正確な距離を算出するためEOTSから低出力測距
レーザーを照射、フェイザーの結焦距離を決定。選択から準備完了までを0.042秒以内に済ませジュラーブリク少尉に伝える。”DGFT RDY Phaser ”"shoot"
GA002がレーザー照射に気付き、大Gで水平ブレイク。EOSTのロックが外れる。ジュラーブリク少尉はアクティヴセンサーのLPIモードをカット、SRSモードに入れ全天走査。
フランカーをピッチアップしロール、変則的なインメルマンターン。ジュラーブリク少尉自らも辺りを見回してGA002を捜索する。GA002のクロノストリングエンジンの発する
長い航跡はこの距離なら容易に発見できる。すぐに真上からトップアタックを掛けてくるGA002を見つける。ジュラーブリク少尉の視線と連動して空間を走査していたEOSTが
自動ロックオン、他のアクティヴセンサー群もGA002を再捕捉。接近してくるGA002から短距離ミサイル群が発射される。高機動低速で6発。フランカーのCIEXが脅威を自動判定、
ミサイル群を自動ロックオン。低速モードで発射したミサイルの飽和攻撃で追い詰め、対空機銃で撃墜する気らしい。大型目標には有効だろう、だがフランカーには通用しない。
ジュラーブリク少尉はHALOダイレクトコントローラから自動迎撃を命令、自分は回避機動を行うフランカーに伝える。フランカーからHUD上に返信が来る。小さな表示が流れる。
"Willco"”了解”
フランカーからのメッセージを確認すると同時に機動を開始。フェイザーアレイの射界を確保する必要もあったのでフランカーを急上昇させる。
ミサイル群と相対。GA002はヘッドオン、対空機銃で狙ってくる。螺旋を描く様に機動し機銃弾を回避、ほぼ同時にフランカーがフェイザーをミサイル群の光学シーカーへ
向けて広角フラッシュ射撃。シーカーのセンサー素子を焼き切る。ジュラーブリク少尉は誘導能力を失ったミサイル群とGA002を回避。すれ違いざまに全方位EOTSでロックオン
、後方のGA002へ向けてオフボアサイト攻撃。フランカーから短距離高速ミサイルが超高機動モードでLOAL発射される。射出モーターをすぐに切り離し弾体の水平スラスター
に点火、百八十度反転しシーカーロックオン、目標へ向けて加速、追尾開始。スタビライザーを損傷したGA002はこのミサイルを回避できず左エンジンに被弾。直撃を受けて
左エンジンが沈黙。エンジンは死んだがまだ落ちてはいない、それにGA002はまだ諦めていないようだった。アンカークローの誘導用イルミネータが起動している。
ジュラーブリク少尉は戦い方を変える。フランカーは一旦離脱、GA002がそれを追う。大推力に物を言わせ大きな旋回半径でGA002の後方に回り込む。GA002は回避しようと
するが、推力が足らずフランカーに捉えられる。ジュラーブリク少尉はGA002を素早くガンサイトに捉え、トリガーを引く。350発をバースト射撃し198発が命中判定。
”Kill””撃墜”
HUDに表示が出て訓練終了を告げる。
「撃墜確認。ナイスワーク、フランカー。」
フランカーからHUD上に返信。
”Thanks SL.Nice work.””ありがとう少尉。ナイスワーク。”
FSLリンカをGA002へ接続、訓練終了を告げ編隊を組む。周辺を哨戒している雪風に交代を伝え、GA002と哨戒任務を引き継ぐ。
訓練空域へ向かう雪風へ通信を入れる。
「メイヴ、次はあなたの番。トリックマスターには勝てそう?」
「雪風は墜させない。誰にも。」
「がんばれ、グッドラック。」
「ありがとう。シルカ。」
通信を切り哨戒空域に着き次第CAPを開始する。次は実戦、武装のセーフティを外し、GA002とデータリンクを相互接続。長距離量子パッシヴレーダー作動。
哨戒任務を行いながら、ジュラーブリク少尉は補助センサー群を使って雪風とリアスフェイル少尉の戦闘をモニターする。
雪風とトリックマスターの戦闘訓練はすぐに方がついた。リアスフェイル少尉は訓練開始と同時にアクティヴとパッシヴの両方でステルスモードを起動、同時に強力な
ECMで電子妨害。雪風を上昇させGA003の探知可能距離からから離脱。十分に間合いをとって、搭載している6発の長距離可変速ミサイルを超高速モードで発射。
ミサイル群は必死に雪風を探知しようとしているGA003の走査波をパッシヴシーカーで補足し、突入。弾頭とその運動エネルギーで、GA003がミサイルを探知するまもなく、
一撃で撃墜した。雪風からの電子妨害が止む。
「雪風よりフランカー。敵機撃墜。訓練終了。」
「格闘戦訓練だよメイヴ。あんな長距離からBVR戦闘しちゃだめでしょう。」
「誰にも雪風は撃墜させない。そう言ったはずだ。シルカ。」
確かに実戦では落とされずに帰ってくるのは一番重要だ。メイヴらしい答えだと思う。
「まったく。でもとにかく勝ったから良いのかな。ナイスキル、メイヴ。帰ろう。」
「了解。」
ジュラーブリク少尉はGA編隊へ帰還準備完了を報告。相手からも準備完了の返信。四機で編隊を組んで母艦へ帰るべく進路を取る。母艦へも報告を入れる。
「フランカーよりまほろば。訓練終了。RTB。」
「まほろば了解。おつかれ様、待ってるから早く帰って来なさい。」
「そのつもりです。ジェインウェイ大尉。」
通信を終えて、哨戒しつつ母艦を目指す。途中でGA編隊と別れ、まほろばのマーシャルコントロールに入る。母艦からの精密着艦支援を受け、雪風、フランカーの順に着艦。
エンジンを切り、格納庫に機体が納まる。ジュラーブリク少尉はフライトスーツを外し、リアスフェイル少尉とブリーフィングルームへ向かう。
訓練のあらすじと結果を口頭報告。二機のフライトデータをジェインウェイ大尉と検討し、期日までにレポートの提出指示を受ける。結果に大尉は満足したようだ。
雪風の戦い方には疑問を感じたようだが、そんな事を言って聞き分けるリアスフェイル少尉ではないし、相手に撃墜されることなく帰ってきたのでこれはこれで
良いらしい。デブリーフィングを終え、部屋を出ようとした時に呼び止められる。そういえば待っていると普段は言わない事を言っていたかな。
「ところで二人とも、エルシオールのクールダラス大佐から招待が来てるんだけど。
今回の訓練結果、向こうからしてみれば散々だったでしょう。だから一緒に反省会をしたいんですって。」
「言って来るのが少し速すぎませんか?帰ってきたばかりなのに。」
ジュラーブリク少尉が聞き返す。
「GA3とGA2の帰り際に、通信で大佐が訓練結果を聞いたんですって。それでこの惨敗が発覚。」
ジェインウェイ大尉が、さっき提出したフライトデータの入った光学メモリをかざして言う。
「これはいけない、と言う訳であなた達が帰ってくる直前にこの話が来た訳。」
「良くそれだけ次から次へとつまらない企画を考えるもんだな。雪風かフランカーの機密に抵触しないフライトデータを渡しておけば良い。
自分の身を守る方法くらい自分で考えればいいんだ。」
リアスフェイル少尉が噛み付く。
「またそんなにふて腐れないで。パイロット同士お互いに発見があるかもしれないし、それに機密に抵触しないフライトデータなんて
特にあなたの機体のどこに詰まってるの。」
確かにそんなものは無いだろうと、ジュラーブリク少尉は思う。フランカーでも同じだ。それに自分の機体のデータを他人に見られるのは気が進まない。
ジェインウェイ大尉が続けて言う。
「メイヴたまには外に出ていらっしゃい。いつまでそんな態度でいるつもり。」
「私のことはあなたには関係ない。」
「関係ないことはないでしょう。」
「内面的な事まで入ってくるのはよしてほしい大尉。それに他の艦なんて行きたくもない。」
「どうしても?」
「向こうで言われることは大体想像が付く。」
ジェインウェイ大尉が立ち上がる。これのあとには大抵いい事がない。
「仕方ないわね。二人して自分から行ってほしかったけど。ジュラーブリク、リアスフェイル両名はエルシオールにて企画された反省会に出席すること。命令です。
すぐにシャトルで向かいなさい。以上。質問は?」
まだ何か言おうとしているリアスフェイル少尉を制止してジュラーブリク少尉が答える。
「ありません。ジュラーブリク、リアスフェイル、エルシオールでの反省会へ参加します。退室してもかまいませんか?」
「いいわ。行きなさい。それと訓練ご苦労様。」
二人で部屋を出て、先程までいたハンガーデッキへ向かう。またいつもの調子でやってくれたか。いい加減人を信頼しても良いのではないか。ジュラーブリク少尉は
リアスフェイル少尉のことを思う。ジェインウェイ大尉も分かって言っているんだろう。少しずつでも他人とのコミュニケーションをとったほうが良い。
まだ時間はかかるだろうが。歩きながら話しかける。
「まぁ、いいじゃないメイヴ。お茶やお菓子も出してくれるし、こっちのフライトレポートの参考にもなるかもしれないし。
大尉も言ってたけど、たまには外の人の話を聞くのも悪くないよ。」
「プラス思考できるシルカが羨ましい。悪くなくても良いかどうかは分からない。」
「可能性はあるよ。とにかく行こう、行けば分かるさ。」
「さっきも聞いた。」
「いつ?」
「発艦したあとの通信。」
「そうだったかな。そんなことまで覚えてるなんて変わってきたね。最近。」
「なんだって。」
「なんでもないよ。」
「...?」
ハンガーデッキに着き、シャトルで発進。旋回し加速、エルシオールを目指す。