ユンカー少尉が、自分が普通とは違った存在ではないかと思い始めたのはフェアリィに来る少し前からだ。いや、本当はもっと以前からそう思っていたのかもしれない。

何がどう普通で無いのかはユンカー少尉自身も良く分からなかったが、ただ漠然と自分が普通の人間ではないと不安に感じるだけだった。いつごろからそう思っている

か思い出そうとしても、過去の記憶のほうも”フェアリィに来る前はEDEN軍の早期警戒飛行隊にいて今では退役したような古いタイプの機体に乗っていた”と誰かにそ

う教わった知識のような事しか思い出せず、ユンカー少尉の不安をいっそう強いものにしていた。特にEDEN軍が敵防空網に有効な対策を見つけられずフライトの回数が

少ない最近は、忙しかった以前なら無視できたこの不安とも嫌でも向き合うしかなかった。

 

 

 

 

決定的な出来事が起きたのは、ユンカー少尉が非番のある日の朝だった。場所はまほろばの士官食堂。今日が休みだと言うことを忘れた為に、目覚ましをかけっ放しにし

て朝寝をし損ねたユンカー少尉が寝ぼけた顔で入ってくる。セルフサービス形式の朝食から、ぱっと見て食べたいと思ったものを適当にトレイに乗せてテーブルの周りを

うろついていると、食堂の隅のほうにシルカ ジュラーブリク少尉が見えた。とりあえず挨拶をしに行く。まだ眠い。

 

「お早うございま〜す...ふにゃぁ」

 

「あ、おはようフリア。こっち来る?」

 

ジュラーブリク少尉は食べていた朝食の食器を置いて、自分のトレイを少し下げて前の席が空いていると合図してくれた。食べているのは軽めのご飯と焼き魚、味噌汁が

あれば完璧だが、以前に聞いた話では好きでないらしい。

 

「うん、一緒に食べよう」

 

そう言ってユンカー少尉がジュラーブリク少尉の前の席へ座る。まだ完全に目がさめていないのか、艦が衝撃を受けても倒れないように固定されている長椅子にこけそうに

なった。席に付いて気が付いたが、いつも一緒にいるメイヴ リアスフェイル少尉は今日は見えない。

 

「ねぇシルカ?メイヴは今日いないの?」

 

トレイに乗せてきたパンにパックになっているジャムを載せながらユンカー少尉が聞く。ジュラーブリク少尉も食事を再開しながら答える。

 

「メイヴはさっさと食べて、もう先に行ったよ。今日はメドウラーク空母打撃群から哨戒任務にまとまった数の機体が上がるから、戦術戦闘電子偵察に行くんだって」

 

リアスフェイル少尉は、空母メドウラークに配備されている最近就役が始まった新型機の戦闘情報収集を命ぜられて先に行っていた。FC-1パーシヴァルと呼ばれる新型機に

とってはこれが初の実戦経験となるそうだ。外見はステルスデザインのクロノターボファン単発機で、主翼はクランクドアローデルタ無尾翼、閉鎖コクピット単座と聞いて

いる。シルス高速戦闘機の後継で、多彩な任務をこなせるマルチロールファイターとして期待されている。

 

「いつまでここにいたの?」

 

「ちょっと前まではいたよ。もう少し早く来れば会えたけど、メイヴは食べるの早いから。残念だったね」

 

「でもいいなぁメイヴは、早く食べれて。私食べるの遅いから、時間がないお昼ご飯にはあんまり食べられない」

 

どこまでもポジティヴに物事をとらえるのが特技のようなユンカー少尉にかかれば、艦内で評判の問題児でもこう言う評価になるらしい。もっとも、ユンカー少尉も備品の

失くしたり壊したりは多いので、リアスフェイル少尉と並んでトラブルメーカーズにされているが。

 

「早く食べるって言っても、何の味かも分かっていない様な顔で食べるからね。もっと味わって色々食べてみたらって言っても

 ”栄養補給できれば良いじゃないか?”だよ。メイヴらしいって言えばそれまでだけど」

 

「おいしいのにね」

 

ジャムを塗ったパンを少しずつちぎって食べながらユンカー少尉が言う。ジュラーブリク少尉も同感のようだ。

 

「栄養補給できれば良いとは言っても、バランスよく採らないといけないよ。メイヴったら、いつもクラッカーブロックと牛乳だけなんだから。あれじゃ体壊すよ」

 

「でもクラッカーだっておいしいよ。私黒い箱のが好き。取って来ようかな」

 

「それ食べてからね」

 

長椅子を飛び越えて、目的の品を取りに行こうとするユンカー少尉を制してジュラーブリク少尉が言う。ジュラーブリク少尉から注意されてはユンカー少尉も従うしかない。

何時だったかは忘れたが、注意されたことは素直に聞けと言われたことを覚えていた。昔の事は断片的には覚えているが、それらを繋げて再生することが出来ない。

こんな事を考えるとまた不安になってくる。

 

「どうしたのフリア?さっきからじっと黙ってるけど」

 

「え、いや、何でもないよ」

 

ジュラーブリク少尉に言われてユンカー少尉が我に返る。笑顔を作って答えるが、いつも通りの笑顔かは自信が無い。じっとしていられなくなって来たので、急いで残りの

朝食を食べて席を立とうとする。不安な気分を機体の整備でもして紛らわせたい。

 

「はい、ごちそうさま。えっと、またねシルカ」

 

まだゆっくりと朝食を続けているジュラーブリク少尉にそう言い残して席を立とうとして、また固定された長椅子につまづいた。ジュラーブリク少尉が声を上げる間もなく、

両手をトレイでふさがれたユンカー少尉がバランスを崩して通路に転倒する。

 

「ひゃッ!」

 

その時にユンカー少尉の持っていたトレイから、寝ぼけた頭で使う気もないのに取って来てしまっていた金属製のフォークが落ちた。落ちたフォークは床ではねて、ちょうど

そこユンカー少尉の右手が行ってしまった。右手に鋭い痛みを感じたので見てみると、案の定フォークが親指の付け根の辺りに刺さっていた。すぐにそれを手から抜く。

 

「イタタ。う〜、もって来なきゃ良かった」

 

「フリア大丈夫!? どこも怪我してない?」

 

ジュラーブリク少尉がテーブルを回って駆けつけて来る。通路に倒れているユンカー少尉を起こしながら、心配そうな声でユンカー少尉に聞く。

 

「これ。手に怪我しちゃった。操縦桿持てるかな」

 

右手のひらをジュラーブリク少尉に見せながらユンカー少尉が答える。かなりの大怪我をしてしまってジュラーブリク少尉になんて怒られるか少し心配になったが、帰って

きた言葉には違った意味で怖くなるほどのショックを受けた。

 

「右手?どうしたのフリア?手首でもひねったの?」

 

「え? シルカちょっと待って!?」

 

あれだけ深々と手にフォークが刺さっては、まさか傷口が見えないはずは無い。だがジュラーブリク少尉はまったく気付いてない様だった。どうなっているのか確かめようと

ユンカー少尉が右手を見ると傷がなくなっていた。ユンカー少尉にはわけが分からない。確かに刺さっていたはずだが傷口が消えている。

 

「たいした怪我じゃなくて良かったよ。フリア、急いでるからって気をつけてね」

 

「え、あ..うん。今度から気をつけるよ。..えっと、それじゃシルカまたね。ばいばい」

 

不安がどんどん大きくなって、居ても立ってもいられなくなって来る。ジュラーブリク少尉には適当なことを言って、ユンカー少尉は逃げるように食堂から出て行った。

 

「どうしたんだろう? あぁ!フリアったらひっくり返したトレイそのままにして行っちゃって!メイヴだけでも疲れるって言うのに...」

 

 

 

 

 

 

 

ユンカー少尉が食堂から飛び出した後に向かった所は、まほろばのハンガーデッキだった。別に機体の点検をしようとか、システムチェックをしようと思って来たわけでは

ない。先程は春燕のチェックをしようとも思っていたが、あんな事があった後ではそんな気は起きなかった。気分を落ち着かせようと少しの間、何も考えずにハンガーの中

を気の向くままに回ってみる。ハンガーの中には、戦況が膠着している今はいろいろな機体があった。フランカーと春燕、ガッターレの3機の妖精は機体を支えるドリーの

中で翼を休めている。安定性を重視して長い主翼を持つ春燕と、雪風と同様の前進翼を持つフランカーは後方と上方のそれぞれへ主翼を折りたたみ、加速と高速域での性能

を重視したガッターレはそのままの状態で格納されていた。はまなは昨夜から、味方航空部隊への空中給油支援で出掛けている。今ハンガーの後で発進作業中の雪風への給

油ミッションが終われば帰ってくるだろう。雪風が発進位置へ引き出される為に、機首をこちらへ向けたのでユンカー少尉は雪風のリアスフェイル少尉へ手を振ってみる。

リアスフェイル少尉は気付いた様子で、コクピット脇のカナードをバタつかせて応えてくれた。少し気持ちが晴れる。

 

「メイヴ。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

もう一度手を振って、そう呼んでみる。閉鎖コクピットに座るリアスフェイル少尉にその声は直接届かなかっただろうが、雪風がその声を拾ってパイロットのリアスフェイル

少尉へ伝えたらしい。雪風が今度は、サイドウェポンベイを開いて応えた。安全の為に、ミサイルが搭載されているランチャーを展張する事は無かったが、そこにあるAIM-90

X短射程ミサイルのスタビライザーの端が見える。これがあるから大丈夫だとリアスフェイル少尉が言っているように感じる。リアスフェイル少尉らしいとユンカー少尉は思

う。しばらく見ていると、雪風はコントロールから発艦許可を得て双連の大推力クロノターボファンからアフターバーナーの蒼白い排気炎を曳いて発進していった。

それからユンカー少尉は、ハンガーの反対の端へも回ってみる。だいぶ落ち着いてきたが、まだ冷静に先程の事を考える勇気は沸いててこなかった。右手も意識して注意を向

けないようにしている。そのことを考えまいとして、最近配備された数機のステルスUCAVの近くへ行った時だった。ふと”大丈夫か?”と声が聞こえた気がした。

 

「誰?誰の声?」

 

声のしたと思う方を振り返っても、そこにあるのはSEADミッションにも使える有能な無人機の無機質な機首だけだった。高性能なアクティヴセンサーが収められた、のっぺり

とした複合材製のカバー。この機体が喋れるわけはないが、何故かこれに呼びかけられたような気がする。ただ、聞こえた声は人のもではなく、まるで自分も無人機になって

編隊内データリンクで通信を受けたような気分だった。機械語で話しかけられたような感じだ。

 

「君が呼んだの?まさかね...」

 

そんなことも考えながら機首に触れてみる。待機中でも常にEPSケーブルからエネルギー供給を受けている無人機から微かな振動が伝わってきた。だが赤外線ステルス対策を施

された表面は冷たく、寂しい感じがした。伝わってくる振動からはこの無人機が持つ知性のような存在も感じる。

ひょっとするとその知性が、うつむき加減でハンガーの中を回ってきたユンカー少尉を気遣ってくれのかもしれない。或いは無人機が、自らが遭遇した友軍の無人システムに

状況報告を求めただけかもしれない。人と同じ思考をしない無人機には後者のほうが良く当てはまりそうだとユンカー少尉は思う。そう思ってまた急に不安が大きくなる。

友軍の無人システム?何故そんなことを思いついたのだろう?

 

「無人システムって...私のこと?」

 

漠然とした不安を通り越して怖くなってくる。目の前に駐機している無人機が迫ってくるように感じる。それを恐ろしく感じるのか、それとも自分の考えたことが恐ろしいの

か分からない。今居る場所から逃げたい衝動に駆られる。

 

「私が機械なはずないのに...」

 

だが、もし機械だったら。今朝から起きている事柄を、うまく説明が出来そうな気もする。そんな事は否定したいが、否定しきれないとも心のどこかで感じる。

いったい何が起きているのか訳が分からない。

 

「訳分からないよ。私は...何なの? 私は....」

 

どうすることも出来なくなって、行く宛も無くハンガーデッキからユンカー少尉は飛び出していった。

 

「違う!...私は..機械じゃないよ...」

 

無人機は沈黙したままだ。

 

 

 

 

 

 

 

混乱した頭で、艦内を回って結局はフェアリィ隊用の待機室へとユンカー少尉はたどり着く。ドアを開けてはいると、部屋の中には隊長の

セシル ジェインウェイ大尉が一人居るだけだった。何かの作業を個人用情報端末でしていたジェインウェイ大尉はユンカー少尉の様子が普

段と違う事に気付いて、心配そうに大丈夫かと声をかけてくれた。

 

「あら、どうしたのフリア?元気が無いみたいだけど、何かあったの?ウェッジとケンカでもした?」

 

「何でも無いよ隊長。大丈夫です...ただちょっと、変な事があっただけ..」

 

ユンカー少尉は明らかにいつもと様子が違っている。普段からは想像できないほど表情が暗い。何かで悩んでいるか落ちこんでいる様子だ。

大丈夫なわけが無いとジェインウェイ大尉は感じる。

 

「ほんとに大丈夫?」

 

「大丈夫..」

 

強がっているのか、それとも何か言いたくないことでも起きたのか。ユンカー少尉はどこにも座らないで部屋の中を行ったりきたりしている。

普段なら、ユンカー少尉が問いかけに答えるときは相手の顔を見るが、今は目もぼんやりとしか焦点を定めていない様な虚ろな感じだった。

 

「そんな顔をして大丈夫だって言われても信用できるわけ無いでしょう?」

 

「ほんとに..大丈夫..だから」

 

隠そうとしているのか、それとも注意を向けて欲しいのか良く分からない返事が返ってくる。どちらの意味でも対応できるように言葉を少し選んで話す。

 

「あなたに隠し事なんて無理よ。何があったか話してみてくれる?相談に乗るわよ」

 

「......」

 

ユンカー少尉は本音では朝からの二件をジェインウェイ大尉に話してしまいたいのだが、内容が内容だけにまともに取り合ってもらえるかが不安だった。

信じてもらえなくても話してしまえば少しは楽になるだろうか?でもそれでは何も解決出来ない。何も言わないままうつむいて黙りこくる。

 

「フリア?どうしたの、”変なこと”って言ってたけど、それはどういうことかしら?」

 

「......」

 

説明してとジェインウェイ大尉が言ってくれる。ずっと黙ったままではいけないと思うが、今の自分の状況をどう説明していいのか分からない。

どうすれば自分の思っていることを伝えられるのかが分からなかった。

 

「黙ってないで、何でもいいから言ってみて。力になるから」

 

どうにかして話を始めないとどうにもならない、とジェインウェイ大尉は感じて、できるだけ優しい口調で話しかける。何か”悪いこと”でもしたのか

とも思ったが、それにしては様子が変だ。どうしようかと困っていると、ユンカー少尉がようやく口を開いてくれた。

 

...隊長は、私のこと...どう思う?」

 

「どう思うって、そうね、素直で前向きないいこだと思うわ。それがどうしたの?」

 

「そうじゃなくて、私は何なのかって...良く分からないんです。私が普通じゃないように感じて...」

 

伝えられそうなことを精一杯伝えようと、ユンカー少尉は努力しているようだった。

 

「なんか、気付かない方が良い事に気付いて、それで今まで通りではいられないような気がして...それが怖くて」

 

「それなら大丈夫よ、変わる事の無い存在は在り得ない。皆どんどん変わっていくわ。自然なこと。だから心配しないで」

 

自分や自分の周りのものが、自分の意思とは無関係に変わっていくことを不安に感じることは、ジェインウェイ大尉も昔に似たような体験をしているので

良く分かる。大抵は自身の適応能力に任せれば、あとは時間が解決してくれることだ。ただ今回は、ユンカー少尉の適応能力に任せるわけにはいかない。

気付かない方が良い事に気付いたというのが心配だ。多分ユンカー少尉が気付いた事は少尉自身の存在にかかわる部分だ。それが本当なら、専門家にカウ

ンセリングしてもらう他無いだろう。

 

「ほんとに..大丈夫?」

 

今度はユンカー少尉がそう聞いてくる。自身の不安を伝えて少し安心したのか少し涙目になってた。あまり根掘り葉掘り聞いても可哀想なので、今は

これ以上は聞かないようにする。

 

「みんな似たようなことは経験するものよ。大丈夫。さっき自分でも言ってたでしょう? それにねフリア、あなた自身何かが変わっても

 あなたはフリア以外の何者でもない。それともみんなが、今まで通りに接してくれなくなるって思うの?」

 

ユンカー少尉は何も言わずに小さくうなずく。

 

「そんな安っぽい連中はフェアリィには居ないから安心して。みんな一癖あるけど、根はいい人ばかりなのは分かってるでしょう?」

 

「信じてもいい..?」

 

少し不安げにユンカー少尉が聞いてくる。少尉らしくない問いだ。

 

「あら、心外ね。少なくとも部下からは信用されてると思っていたけど。それともフリアは、今まで誰も信じていなかったの?」

 

「いや...それは...」

 

こう言えばユンカー少尉が答えに詰まるだろうと、予めジェインウェイ大尉は予想していたのでかまわず続ける。

 

「あなたは今までみんなを信頼してきたんでしょう?だったら信じなさい」

 

「でも、みんなが私を...もし私が変わってしまったら..今まで通り信じてくれるのか分からなくて...それも怖いよ..隊長...」

 

今にも泣き出しそうな声でユンカー少尉がうったえてくる。相当まいっているようだ、言葉の選択をミスしてしまった気がする。

 

「フリア、こっちへおいで」

 

待機室に来てからユンカー少尉はずっと立ったままだったので、部屋の奥の方にある長椅子の方へ誘う。エルシオールやルクシオールのものと違って、あまり座り

心地のいいものではないが立ちっぱなしもつらいだろうし、それに距離を近づけて話した方がユンカー少尉も安心するだろう。

ジェインウェイ大尉が席をたって奥のほうへ歩いていくと、ユンカー少尉も付いて行って大尉の横に腰掛ける。

 

「そうね、信じてもらえなくなるかもしれないわね」

 

ユンカー少尉がショックを受けたような顔をして振り向いてくる。ようやく顔を見て話を聞いてくれそうだ。声のトーンを若干変えて、諭すように語り掛ける。

 

「でも、そうなってもフリアなら乗り越えられる」

 

「どうやって?」

 

ユンカー少尉の方に向いて、ジェインウェイ大尉は真剣な表情で語りかける。

 

「フリアは皆から人として信頼してもらいたいんでしょう?どうしたいか分かっているなら、どうすべきかも分かるはずよ。

 あなたには問題解決の為に必要な力は備わっています。そうでなければ私の飛行隊へは採用しません」

 

「分かりました...やってみます....」

 

「”やってみる”ではなくて、必ずやりなさい」

 

ユンカー少尉の肩をもって、さらに少し強い口調で言う。ユンカー少尉は視線をそらさないでジェインウェイ大尉のほうを見ている。これなら大丈夫だろう。

 

「..やります...絶対に...」

 

ユンカー少尉がそう言ってくれたので、とりあえずはひと段落つけるだろう。せっかく落ち着いたのに、また不安にしてはいけないと感じて、ジェインウェイ

大尉はそのままユンカー少尉を母親のように抱いてやる。まるで学校の先生でもしている気分だった。だが教師というのも悪い仕事ではないと思う。

 

「そう、フリアなら出来る。大丈夫よ...大丈夫」

 

「....大丈夫..」

 

ユンカー少尉はそう呟きながら、ジェインウェイ大尉の腕の中に大人しくおさまっている。ジェインウェイ大尉は、ユンカー少尉が落ち着くまでしばらくそのまま

でいてあげた。ときどき頭をなでたり、背中を軽く叩いてやったりもする。ユンカー少尉が落ち着いた頃合で、明日のフライトの後でルクシオールへ行きなさいと

伝えてユンカー少尉を帰したやった。

 

「アッシュ少佐に連絡して置かないといけないわね、それからウェッジにも。それにしても、こんなに早く”気付く”とはね、極限状態はこれだから嫌なのよ。

 敵さんは何を考えてわざわざ攻めて来るのかしら?だれも好き好んで戦いたい人なんて居やしないのに。.....これだからね..」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GA3。哨戒空域進空を確認」

 

「コピー、トリックマスター」

 

昨日、新鋭のFC-1が戦闘空中哨戒を実施した空域の後方でGA003が春燕から早期警戒任務を引き継ぐ。今日も引き続き制空作戦を継続して実施する為の措置だ。昨日のフライ

トではメドウラークから発進したFC-1が敵側の迎撃ラインを超えて侵入、迎撃に上がった敵の戦闘機群と交戦になった。春燕のフライトオフィサ、ヤン少尉が偵察任務を終

えて帰ってきたリアスフェイル少尉から聞いた話では、長距離での先制攻撃を行ったFC-1が緒戦では善戦したものの、敵の長距離対センサーミサイルによりメドウラーク所

属の警戒管制機が撃墜された後はさんざんだったらしい。体勢を立て直した敵の防空支援体制の下での反撃にあって被撃墜機も相当数だしたそうだ。

それを受けて、今日の春燕の任務は予定を繰り越しての飛行になっている。タイムテーブル上では昨日の夜から今日の昼までずっと敵の反撃を警戒して神経をすり減らしな

がら、早期警戒任務を行ってきた。本来ならば今日の朝にFC-1の編隊と共に発進し味方機の管制もする予定だったのだが、燃料と乗員の疲労を考えるとそれは無理なので代

わりにムーン隊からセンサー能力に優れるGA3が派遣されていた。センサーの全能力を目標の捜索と追跡に充てるためにフライヤーは搭載していない。

 

「春燕、こちらトリックマスター。何処にいらっしゃいますか?」

 

「春燕現在位置は、対照スパルタン 195 マーク20 32000。少佐の目の前です」

 

GA3のミントブラマンシュ少佐から、春燕のウェーデル ヤン少尉に現在位置の問い合わせが来る。春燕はGA3をセンサー上で追跡していなかったのでBRAA方位ではなく、予め

定められた基準点からの方位でGA3へ自機位置を伝える。任務引継ぎの為の連絡事項は遠距離での通常通信でも可能だが、敵からの傍受を防ぐために編隊を組んだ至近距離で

の超低出力通信で行われる手順になっている。FSLや高速リンク指揮システムを用いれば遠距離でも安全な通信を実現できるが、相手が近くに居るのに挨拶もなしに帰ってし

まうのも失礼なので編隊を組んで定められたやり取りを交わす。これまでに探知した敵機の動向、現在追跡中の味方作戦機と脅威目標、宇宙空間の気象状況、など等。

 

「現状での詳細は以上です」

 

「はい、了解ですわ」

 

「今日の戦闘情報の収集は、フランカーが担当します」

 

GA3のブラマンシュ少佐から了解したと返事を受け、昨日の早期警戒機の二の舞とならないように注意を促す。

 

「それと、昨日は早期警戒機がやられたそうですから、少佐も気をつけてください」

 

「分かりました。十分注意させていただきますわ」

 

「それでは」

 

事務的なやり取りを終えて、先程組んだばかりの編隊を解いて春燕が離脱する。GA3のコクピットスクリーンからは、自機の左側を飛んでいた春燕が大きくバンクを取って

90度傾く様子が見える。それから春燕は出力を上げ、主翼端からは空間干渉で出来るトレイルを2本引きながら離れて行った。以前管制を受けた時に聞こえた元気な声が今

日は聞こえない。ブラマンシュ少佐は何かあったのかと心配したが、いまさら聞く訳にもいかないと思いやめる。ブラマンシュ少佐のテレパスも厳重にシールドされた春

燕には効果が無い。のGA3は両翼の長距離アクティヴセンサーを起動、哨戒コースに従って早期警戒任務を実行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通ならウェイポイント5で給油機から空中給油を受けた後は、まほろばに帰るだけだが今日のフライトは帰還場所も違っている。今回は給油無しで、比較的前線に近い場

所にいるルクシオールへ向かうように指示されていた。現在のエンジンパワーは82、出力を絞っているとは言え真夜中からずっと飛んでいれば燃料の方も心許なくなってく

る。コクピット前席、ユンカー少尉の前に表示されているMFDの燃料残量計は既にまほろばへの帰還が可能なギリギリの燃料しかないことを示していた。電子トーンと共に

警告が来る。燃料が少なくなってからは何度と無く似たような警告が来ているが無視するわけにはいかない。

 

WARN FUEL.Fuel Quantity 15%. ”残量警告、燃料残量15%”

 

「春燕。フュエル ビンゴ」

 

ユンカー少尉が燃料が帰還に必要な量しか残っていないことをヤン少尉へ伝える。ルクシオールへ向かうには十分な量だが、普段から燃料残量には注意しろとヤン少尉から

言われているので一応伝える。MFDのタンク残量の詳細ページを開くと空のタンクを表す”ENPTY”の表示が散見された。

 

FOF了解。それにしても、フリア?今日は妙に静かだけど、どうしたの?」

 

MFDを航法用の広域マップに切り替えているとヤン少尉が尋ねてきた。いきなり聞かれてどう答えようかと迷ったので質問で返す。

 

「そんなに静かにしてる?」

 

「普段からは想像できないよ。夜中に叩き起こされて眠いの?」

 

「夜中の2時から朝の9時まで飛べば眠たくもなるよ。あと、ちょっと疲れた」

 

本当は違うがとりあえずそう答えておく。実際はそんなに眠たくは無い。疲れているのは確かだが原因が違う。

 

「もうすぐルクシオールに着くから、そこで少し休ませてもらおう。本当は午後に着くはずだったけど、予定より早すぎちゃうからね」

 

「うん」

 

ユンカー少尉がそう答えると、疲れたユンカー少尉を気遣って静かにしておこうと思ったのかヤン少尉はそこで会話をやめる。昨日の事で相棒に言いたいことがあるユンカー

少尉としてはここで会話を切りたくなかった。いつ言おうかと思ってタイミングを見つけられずに結局任務終了まで黙ったままだったのでもうチャンスが無い。

 

「ねぇ、ウェッジ」

 

「ん、何?」

 

「ルクシオールって、何か休憩するのにいい所とかあるの?」

 

いきなり話そうとしても何から初めていいのか分からないし不安なので、何とか会話をつなごうとする。とりあえず、先程までの会話の流れを続ける。

 

「どうしたのいきなり。疲れてるんじゃないの?」

 

「大丈夫だよ」

 

「君の大丈夫は信用なら無いからなぁ」

 

相棒に気遣ってもらえることは嬉しい。だがこの先も気遣ってもらえるだろうかと思うと心配で憂鬱になる。

 

「そうだね... ティーラウンジとかコンビニとか色々あるらしいよ」

 

「へぇ..」

 

どうもうまく話が出来ない。胸の辺りに何かつかえているような感覚だ。私はそんなにも相棒を信じていないのだろうかとも、ユンカー少尉は感じる。

 

「一緒にいってみる?」

 

「お金もって来てない」

 

それでも何故か相手の質問にはすぐに答えられる。こんなこと普通は言わないだろうというようなことでも、すぐに思いつく。

ヤン少尉からは、隠し事は良くないとは教わったが。

 

「そうやって、自分の状況を的確に報告してくれるのは有り難いけど。質問の答えになっていないよ。行きたいの?それとも行きたくない?」

 

「え...行きたいけど...」

 

「少し位ならおごってあげるよ」

 

「うん...ありがと」

 

そんな会話を続けているうちにルクシオールへ近づいてきたので、会話をやめてマーシャルコントロールへ連絡を入れる。結局何も話せなかった。そう思うとやらなければ

ならないことをしていない様で、後ろめたい気分にユンカー少尉はおちいる。ルクシオールの艦内で話すチャンスはあるだろうか。

着艦許可が下りるまで、指定された空域を旋回して待機する。やがて許可が下り、待機コースを離脱。ルクシオールの真後ろから接近して一度、艦の真上をフライパス。

左へ緩やかに旋回して再び後方からアプローチ。ギアダウン。自動着艦システムをヤン少尉へ確認するように要請。

 

「チェックACLS」

 

「チェック、OK」

 

問題なしを確認。速度を落としてフラップをフルダウン、定められた速度と角度とでルクシオールの左舷側ウィングの着艦スポットへ向かう。

 

「ルクシオールより春燕。ACLSロックオン、機上システムを作動させてください」

 

「了解」

 

ルクシオールの自動着艦システムが春燕を捉えたので、ACLSを作動。後は春燕が自分でルクシオールへ着艦するだろう。パイロットのユンカー少尉にはすることが無くなる。

だんだんと近づくルーンエンジェル隊の母艦を眺めていると、今度はヤン少尉が話しかけてきた。

 

「ねぇフリア、最近までは忙しくて君の悩みとか聞いて上げられなかったけど、何かあったらちょうど良い機会だから

 話してくれないかな?無ければそれが一番だけどね」

 

思いがけない言葉に、ユンカー少尉は一瞬戸惑う。

 

「え...今、すぐに?」

 

「そう返すところを見ると、やっぱり何か悩みがありそうだ。妙に静かだからひょっとしたらとは思ったけど。ルクシオールに降りてからでいいよ、それから話してよ」

 

「うん...ありがとう、ウェッジ」

 

「さて、そろそろ着艦だ、前向いて」

 

ルクシオールの着艦スポットがせまってくる。スティックから手を離していることをもう一度確かめて、着艦に備える。アレスティングアームが頭上を通過して、春燕の

機体後部を捉えたことを示す鈍い振動が伝わってきた。格納庫の中では邪魔になるので主翼を後方へ折りたたみ、インパルスエンジンを停止。ルクシオールでは駐機中の

動力供給が出来ないのでクロノストリングエンジン自体ははとめないでアイドリング状態で待機させる。春燕は1機分のスペースが開いている左舷の一番外側へ格納された。

キャノピシルコントローラで搭乗口を開ける。

 

「さ、着いたね。行こうか?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はいGA小説かすら怪しい話でした。出て来たのはミントさんと声だけのココさんだけ。

それにしても紋章機ってどうやって着艦するんでしょう?まったく想像がつかないの

で今回はACLS(オート キャリア ランディング システム)で逃げましたけど。

本編の”ギアダウン”と”フラップダウン”については、ルクシオールのクレーンで

引っ掛けてもらう部分を出すのと低速時の安定性増加くらいに解釈していただければ

幸いです。宇宙じゃフラップもランディングギアも意味ないだろと言われればそれま

でですが...

 

次回はノーマッドが好きそうなヴァニラさん大活躍の予定です。

 

 

 

今になって気が付いたのですが、ソーティ2でメイヴさんがやった”シーザー機動”

ですが間違っており、正しくは”シザース機動”です。この場で訂正してお詫びし

ます。すっかり勘違いしていました。あれじゃ、何処かの皇帝になりますからね。