明日から3日間の休暇です。

先輩達は通常業務ですからこれと言って、実家に帰るか本星に買い物に行くかくらいしかすることもないんですけれど今回は特別なんです。

実家にも「今回は帰らない」って連絡しましたし、仕事は今日までで片付けましたし、待ち遠しい思いで一杯なんです。

それは2週間前、私と‥こ、恋仲のタクトさんの一言から始まりました。

 

「ちとせ、今度の休暇なんだけどさ」

「はい、なんでしょう?」

「その‥オレと旅行にいかないか? ふ、ふたりっきりで…さ」

 

とても恥ずかしかったんですけれど、私の答えは皆さんもうわかってますよね。

 

 

Lip-Trip

 

 

そんなこんなでもう明日は待ちに待っていた旅行の日。

何日も前から仕度は済んでいるのに、毎晩ボストンバッグの中身を全部取り出しては確認してまた詰め込んで、また繰り返して。

昔、遠足の前もこんな風だったのを思い出します。

とはいえタクトさんにお誘いを請けたその日は舞い上がってしまって大変だったんですけど。

寝間着に、歯ブラシ、…それ以上、何か必要? って。

緊張しちゃうと頭がぐるぐるしちゃってよく物を考えられなくなる、私の悪い癖です。

 

もう何度目かわからない荷物チェックをしながらタクトさんのことを考えていたら、何を詰めたかチェックを忘れてしまってました。

「明日の勝利ばかりを考えて、今日の準備を怠る事無かれ」。

士官学校でも教えられました、軍人の基本です。

指先に精神集中して、もう1回チェックしましょう。

 

あの、ひとつ伺ってもいいでしょうか。

こういう場合‥その、し、下着は「特別」な物が必要…なんでしょうか?

その、以前ランファ先輩とフォルテ先輩と3人で買い物に行った時なんですが…

 

「なぁランファ。あんた男もいないのに勝負下着なんて買ってどうする気だい?」

「いーじゃないですか! こーいうのは自分に気合を入れたいときのモノなんです!」

「自分に気合…ねえ。そんなんよりあたしは男がいる奴の意見を聞きたいねえ、ちとせ」

「はい?」

「そーよちとせ。アンタはどう思う?」

「な、何が‥ですか?」

「勝負下着さ。あんたは持ってんのかいって意味だよ。いつタクトに見られることになるかわかんないだろお?」

「ええええっ!?」

「やだ、フォルテさん直球〜♪」

「馬鹿だねえ、こういうのはまどろっこしくっちゃいけないんだよ」

「わ、私はそんな…」

「ちとせ、おねーさんにどどんっと教えてごらんよ」

「フォルテ先輩…中年男性みたいになってます」

「!!」

 

と言うことがありまして…。

気合を入れたほうが、いいんでしょうか?

でも私ランファ先輩がお買い求められてた様な派手な色や形の物は、その…。

こんなこと先輩方に相談できるはずもありませんし。

あ、いえ! そもそも私ふしだらなことを考えてるんじゃありません!

ただ、タクトさんも殿方ですし。その方が喜ばれるのかな、と。

だから違うんです!

ああ! もう忘れてください!

そ、そうですよ。タクトさんに限ってそんなこと…。

そんなこと…そんな‥タクトさん…。

 

…タクトさん………。

ああ、もう!

なんかダメみたいです。

一応もう何日も前から何度も確認して用意は万全のはずですし。

全然眠くは無いけれど、もう寝てしまいましょう。

明日に眠気が残るなんて絶対に嫌ですし、タクトさんを待たせるわけにはいきません。

ええ、そうなんです。

明日は白き月の第1宇宙港で待ち合わせすることになっています。

居住区から…となると先輩方を始め、顔見知りの方が多すぎますし。

それに、「待ち合わせ」に憧れる気持ちもあります。

部屋が近いからっていつもお迎えに伺ったり来て頂いたりするのは…勿論嫌いじゃないですけれど。

 

縁側から見える月を眺めながらまた考え込んでました。

映像とはとても思えない美しさでついつい見入ってしまうんですよね。

 

無意識のうちに父様からもらった犬のぬいぐるみを抱いていました。

明日からタクトさんと旅行だから、いい子にしていてね。

可愛いリボンを買ってきてあげるから。

そうね、それまでこれで我慢してね。

私のリボンを解いて、耳に結んであげました。

赤くて綺麗ですけど、この子にはちょっぴり長すぎるみたいです。

ずっと毎日身につけてきた、父様のマントで作ったリボン。

これで髪を結わえていると父様に見守られている気がしてとても落ち着くのですけれど、この子に貸しておきましょう。

タクトさんとの旅行の時まで父様に見守られているのも‥その、恥ずかしいですし。

どうせなら髪型も少し変えてみましょうか。

タクトさんに気に入ってもらえるでしょうか。

 

お布団に包まっても考えるのはタクトさんのことばかり。

とても眠れません。

ううん、気合よ、ちとせ!

目を閉じて、タクトさんのことだけ考えて。

そのままタクトさんの夢を見ちゃいましょう。

早く、早く、明日になれ!

 

 

タクトさんとの旅行、行き先はリゾート惑星だけれど、具体的にどこに行くのかはまだ決まっていません。

 

「どこへ行こうか?」

 

って訊かれて。

 

「私はタクトさんと手をつないでいけたらどこへだって、どこまでだって行きたいです」

 

とは、恥ずかしくって言えなかったんですけど。

 

そういえば、2人っきりの時間って今まであんまり長いこと作れていないんです。

普段から一緒にはいますし、先輩達が言うには、第3者の目から見ていつも睦ましげだそうですけど。

デート、もしますけどよく先輩達の邪魔が入ってしまって…

だから3日間もふたりだけの時間なんて、憧れてました。

今回、先輩達には何も言ってませんけどきっと知ってらっしゃるんでしょうね。

ミント先輩もいますし、同じ職場の2人が3日間休暇をとるんですから。

気を利かせてくれているんでしょうか。

でも、覗き見が大好きな方たちですし。

まさか任務ほったらかして紋章機でこっそりついてくる、なんてないですよね。

い、いえ!

本当にいい人たちばっかりなんですよ!?

先輩方を本当に尊敬しています。

パイロットとしても、一個人としても、先輩方から学ぶことはたくさんあります。

さっきのは悪口なんかじゃありません。

ちょっと困った所もあるかなって…

そ、それだけですってば!

 

あ、あの…先輩方に言わないでくださいね?

 

…コホン。

その、言葉って難しいですよね。

とにかく、明日太陽が目覚めたら。

タクトさん、貴方の元にかけて行きます。

ぎゅっと、受け止めてくださいね。

 

今はまず、おやすみなさい…

 

原案曲「Lip-Trip

詩:RINDA

曲:太田雅友

歌:後藤沙緒里