明日からは3日間の休暇。

他のみんなは通常業務だし、普段はどうせ部屋でだらだら過ごすくらいしかやること無いんだけど今回は違う。

なんと、マイ・スウィート・ラバーのちとせとリゾート惑星に小旅行に行ってくるのだ。

うん、いいね。

なんていうか、オレの目指していたハッピー・ライフがすぐ目の前に来たって感じだ。

待ち遠しさで今からもう海に向かって走りたいぐらいさ。

そりゃムフフなことだって考えちゃうよ。

なのに…さぁ。

 

「なんでオレはこんな時間まで仕事してんのかな?」

「お前が前日までに仕事を片付けておかんからだ」

 

時間的にはもう旅行の当日。

深夜のオレの部屋では、レスターが親の仇でも見るかのようにオレを睨み付けていた。

 

 

Lip-Trip…の裏側

 

 

「そんなこんなでもう今日は待ちに待ってた旅行の日」

「声に出していったところでこれが終わるまで寝かせはせんぞ」

まだ荷物の仕度もしていないのに。

定時で上がろうとしたオレの襟首をレスターが鷲摑みにしたんだ。

 

「そう言えば忙殺されて確認していなかったが、お前休暇取るんだったよな。仕事はちゃんと終わってるのか?」

 

仕事なんてレスターに任せて3日間リゾート惑星に逃げる気だったのに。

ここでただの部下なら「命令だ、代わりにやっておけ」で済んだのかもなあ。

親友なんて持つもんじゃない。

 

「それはこっちの台詞だ。何でオレがお前に付き合ってこんな時間まで手伝わにゃならんのだ」

「手伝うって…ほとんど監視しかしてないだろ」

「司令官が書類を読んでサインするだけの手続きのどこにオレが手伝う余地がある」

「そんなのこそレスターが勝手にやってくれればさ。その方が早いんだし」

「そう言う問題かっ!」

 

あ〜あ、また正論ぶった説教が始まった。

 

「紛れも無く正論だっ!」

「…声に出てた?」

「小声にする気も無かったくせに」

 

こんな状態でやる気なんて出るわけ無い。

早く眠りたいよ。

 

「そういえばタクト、お前旅行の準備は終わってるのか?」

「まだだよ。今夜やろうと思ってたのにレスターが理不尽にオレを強制労働させるから‥!」

「それは自業自得だ。お前は学生時代からそうだったな」

「なんだよいきなり」

「いつだったか野外演習の際もギリギリまで準備を始めなかったよな。慌てて当日の朝準備して色々と忘れ物をしてやがったな」

「そうそう、それでレスターのを拝借したんだ」

「どれだけオレが苦労したと思ってる」

「ははは」

「あの頃から変わらんな、自分の無計画さでオレに迷惑をかけるところは」

「レスター…」

「今更謝ろうったって遅いぞ」

「迷惑ついでに、この仕事も代わってくんない?」

 

ゴン!

 

「いいから手を動かせ」

「はい…」

 

ちとせごめんよ。

オレ、明日寝坊するかもしれない。

ちとせ、レスターを恨まないでくれよ。

 

「当たり前だ。誰がどう見たってお前が悪い」

「ぐっ‥また声に出てたのか」

「わざとやってるだろう…しかし、急に『旅行に行くからちとせの休みに合わせて休暇をくれ』とは無茶にも程があるだろ」

「仕方ないんだよ、実はさ…」

 

 

あれは、2週間前のことだった。

小腹が空いたから宇宙コンビニに買い食いに行ったらミルフィーがいたんだ。

 

「やあ、ミルフィーも買い物かい?」

「あっタクトさん! そうなんです。この前テレビで見たお料理に挑戦したくって、材料を揃えてたんですけど」

 

楽しげに話すミルフィーだけど、今日はいつもみたいに「満開」って感じじゃないな。

どうしたんだろう?

 

「けど…なに?」

「あ、いえ。その、今キャンペーン中で、くじ引きが出来るんですけど、補助券があと1枚足りないんですよ」

「なにか欲しいものでもあるの?」

「あの3等の『最新式フライパンセット』が欲しいなあって。この前たまねぎを炒めてたらなぜか熔けて穴が開いちゃったんです」

 

ミルフィーの料理は玄人裸足で美味しいし、材料もごく普通なのに、なぜかたまにこういうことになるんだよな。

ううむ、しかし3等か。

 

「なんか…ミルフィーだと逆に難しそうだよね、3等って」

「そうですか?」

「うん、特等しか引けなさそう」

「ああ、ランファにも言われたことあります。『アンタって確率無視なだけで欲しい物が引けるってワケじゃないのよね』って」

 

さすがに親友の言葉は的を得てるなあ。

ま、でも挑戦してみなきゃわかんないよな。

 

「じゃあさ、オレもちょうど買い物するつもりだったし、その補助券をミルフィーにあげるよ」

「いいんですか?」

「うん、オレは特に欲しいものも無いしね。当たるといいね、フライパン」

「はい、ありがとうございます!」

 

そしてミルフィーは大方の予想を裏切らず、特等の『リゾート惑星2泊3日ペア御招待券』を引き当てたのだった。

ただし、使用期限は今月末まで。

 

「はずれちゃいましたぁ」

「残念だったね、ミルフィー」

 

特等を当てて「はずれ」「残念」と言うのも変な気がするけど。

 

「これどうしましょうか、タクトさん」

「ミルフィーが引いたんだし、行ってくればいいんじゃないか?」

「じゃあタクトさん一緒に行きませんか? タクトさんのお買い物分も入ってますし」

「ええっ?!」

 

思わぬ発言に心臓が飛び上がるほど驚いた。

感涙ものの嬉しいお誘いではあるけれど、さすがに首を縦に振るわけには…いかないよな。

ちとせ、オレ浮気はしないからね!

 

「あ、ありがたいんだけどさ。やっぱり、一緒に行くわけにはいかないよ」

「あ、そっかぁ。タクトさんはちとせの彼氏さんですもんね。あたしと一緒に旅行なんか行ったらちとせが怒っちゃいますよね」

 

素で言ってるところがミルフィーの凄いところでもあるんだよなあ。

ある意味何にも考えてない、と言うべきか。

それとも、男として見られてないのか?

 

「そうだタクトさん。これ、ちとせと行って来て下さい」

「へ?」

「たしか、ちとせもうすぐ休暇ですよね。誘ってみたらどうですか?」

「いや、ミルフィーはいいの?」

「はい、あたしは旅行じゃなくてフライパンが欲しかったんですから」

「そっか、じゃあ誘ってみようかな。ありがと、ミルフィー」

「お邪魔にならないように、みんなには黙ってますね!」

「ああ、ありがと…」

 

この時、ミルフィーには悪いけど「絶対無理だろうな」って思ったんだ。

思った通りすぐ後で、「邪魔はしない」ことと「ちとせを変にからかわない」ことを条件にたっぷりと奢らされる羽目になったんだけど。

 

 

「…と、言うわけさ」

「…供述調書のように正確な台詞、その時のお前の心理描写まで細かく長々と語ってもらった所で悪いんだがな」

「なんだ、質問か?」

「最初の方の行は必要ないんじゃないか? と言うより、『ミルフィーユが当てた今月末までの旅行券を貰った』の一言で済む話だったんじゃないか?」

「………」

 

やっぱりこの堅物は何もわかっちゃいないな。

解説するにしたって情緒とか臨場感とかさ、そういう大事なものを伝える為には少々冗長に、叙情的に、じっくり語るものじゃないかと思うね。

 

「時と場合を考えろと言っているんだ。長い説明でどれだけ無駄な時間を浪費したと思ってるんだ」

「馬鹿だなあレスター、それが狙いなんじゃ‥いやなんでもない」

「…なるほど、お前はそう言う奴だったよな」

 

レスターがポキポキと拳を握り指を鳴らす音に反応してオレの頭の危険警報も一斉に喚きだす。

 

「いや、違うんだよレスター! 別に、余りに進まなくて呆れたレスターがしょうがなく代わりにやってくれる気になるのを待つとかそんな作戦じゃ…」

「…なるほど、英雄様のクセに姑息な手を使うものだなあ、タクト」

「いや、だってほら、オレが深夜にだらだらやるよりお前が明日の朝ぱぱっとやった方が絶対早いだろ!? いいかげんレスター寝たくないか?」

「オレは朝になろうが次の晩になろうが一向に構わん。終わるまでどこにも行かせんぞ」

「え‥それってまさか…」

 

 ちなみに後日知ったんだけど、今日わが親友は「彼女」と夕食をとるつもりで予約があったらしい。

 オレの監視のためにドタキャンしてちょっと喧嘩したようだ。

 そう、既にレスターが「切れて」いたことにもうちょっと早く気づくべきだったんだ。

 

「女と旅行に行きたいなら朝までに終わらせて見せろっ! 明日になってちとせを悲しませたくなければ仕事をしろっ!!」

「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

その後オレはちとせへのラブ・パワーで仕事を頑張り、たまにガス欠でレスターに叱られつつ、それでも予想よりずっと早く仕事をあげることになる。

なんだかんだと必死だったから、そのせいでオレはレスターの呟きを聞き逃していた。

 

「しかし、まあ可哀想な奴だな。いや、因果応報とでも言っておくか。エンジェル隊のやつら、どうせ止めても聞かんに決まってる」

 

レスターの上着のポケットにはエンジェル隊に下された指令書が入っていたんだ。

内容は『指定する宙域にロストテクノロジーらしき人工物を発見。調査されたし』。

あのリゾート惑星の近く。

知ってたら何がなんでも行き先を変えてたのに。

 

「紋章機の私的専横による命令外行動、か。なんとかごまかす言い訳を考えないとな。上層部にばれたら重罪だ。それに、あいつの機嫌もだな…くそ」

 

何でオレはこの時仕事なんか必死にやってたんだろうなあ。

そうじゃなきゃあんないいところで邪魔が入ること無かったのに…

 

結局何も知らないまま、珍しく頭なんか使ったせいで、オレは仕事をあげるとそのまま机に突っ伏して眠ってしまったのだった…

 

 

朝9時前。

白き月を全力疾走することになっていた。

起きたのは8時半。

第1宇宙港での待ち合わせは9時。

慌てて着替えて、その辺にあった必要そうなものを適当に鞄に詰め込んで。

顔も洗わず、髪もきっとぼさぼさのままで飛び出した。

きっと早くに着いてるはずのちとせを待たすわけにはいかない。

でもこんな姿でちとせに厭きられちゃったりしないだろうか。

多分いっぱい忘れ物してるんだろうし。

待てよ!

通信で事情話して『ちょっと遅れる』って一言謝れば済む話じゃなかったのか!?

オレの馬鹿!

 

 

…そして、慌ててたせいでいつもの軍服に着替えてたことをちとせに指摘され、結局2人でオレの部屋まで戻ることになるのは5分後のことだった。

嗚呼、オレのハッピー・ライフが…。

 

始まる前から思いっきり躓いて、2人きりのはずがはちゃめちゃに賑やかになる。

そんなオレたちの、それでもこれはしあわせな旅。

 

「ちとせ―――――っ!!! 遅れてごめ〜〜〜〜〜〜んっっっ!!!!!」