小説の書き方講座・番外編「第3回」





 どうも、佐野清流です。
最近は更新が遅れて、既に見放されても良いような状況であるにも関わらず、質問を送ってくださる方がいらっしゃるのは本当に嬉しいです。

ではでは、今回の質問を…。

 

 

 

質問3

「彼」、「彼女」といった、三人称をどういったタイミングで使って良いか分かりません。
三人称はどういった場合に使えば良いのでしょうか?

 

 

 代名詞の使い方の質問ですね。
三人称の代名詞「彼」「彼女」などは、使いすぎると誰の事を示しているのか分からなくなりますし、逆に使わないと同じ人名などを何度も読み上げてしまう事になり、読んでいてしつこさを覚えてしまいます。
使い方は時と場合によりますので確実にこれという答えは返せないのですが、主にこういうところで使えば良いよーという状況を書いていきたいと思います。

 まず…大前提ですが、何かの理由で相手が誰なのかを気付かせたくない時を除いては、「彼」や「彼女」という代名詞を使う前に「彼」や「彼女」が誰であるかをしっかりと明記しておかなければなりません。

「ほら、彼ってかっこいいと思わない?」
「え…彼って誰のこと?」
「もう、彼は彼よ」

などという事になってしまいますからね。
よく知り合った人同士でなら突然「彼」「彼女」と言われて通じる場合もありますけど、話を読んでいるのは何も知らない第三者なのですから、読む人に親切な文章表現をしなければなりません。

「A君ってかっこいいと思わない?」
「うん、かっこいいよねー」
「何ていうか…彼ってどこか気品に溢れているというか…」

このように最初に「彼」「彼女」が誰であるかを書いておけば次に「彼」「彼女」を使っても「彼」「彼女」が誰であるかが分かりますよね。

 それでは、この事を踏まえて「“彼”や“彼女”を使うタイミング」について答えていきたいと思います。

 

 

 

1.直前にとある固有名詞が出ており、その次の文でも同じ固有名詞が使われている場合。

 …とだけ言われても分かりにくいと思うので、私の小説から例文を抜き出したいと思います。


上品にナプキンで口元を拭いつつ答えるミント。
その余裕すぎる彼女の態度に腹を立てながらも、何も言い返せない蘭花。
(料理のススメより)


この場合の「彼女」とはミントのことですね。
「ミント」から「彼女(=ミント)」の間には他の「人物を表す固有名詞」がひとつも入っておりません。
そういう場合は、2回目に出た同じ名前の固有名詞をほぼ確実に「彼」や「彼女」に変えて使う事が出来ると思って間違いありません。
ただし同様の条件で、何度も同じ固有名詞が連続するような場合は「彼」や「彼女」を使わずに素直にその固有名詞を使った方が良いかと思います。
「彼」や「彼女」などの代名詞が連続すると非常に読みにくい文章になるからです。
何度目で固有名詞で表記した方が良いか…というのは一概には言えませんけど、自分で読み直してみて不自然に感じたら当然他の人にも不自然に感じるはずですので、そこを戻してみれば良いと思います。
ですが、同じ固有名詞を連続で表記する事によってその固有名詞を強調するという表現技法もありますからそういう場合は「彼」や「彼女」を使わないようにしましょうね。

 

 

2.相手が確定している場合


初めて蘭花に焦りが生まれた。
ミントは涼しげな表情でそんな彼女を見つめる。
(料理のススメより)


 この場合の「彼女」は蘭花の事ですね。
今回は先ほどとは違い、蘭花と「彼女」の間に他の人物を表す固有名詞「ミント」が入っていますが、私は「彼女」を使いました。
何故だと思いますか?
……では答えを。
この会話はミントと蘭花のふたりだけで行われています。
ですから「ミントは涼しげな表情でそんな彼女を見つめる」と出た時点でミントが見つめるような相手は蘭花しか居ないのです。
そういう場合も「彼」や「彼女」を使う事が出来ます。
加えて言うなら「――そんな彼女を見つめる」の「そんな」が何を表しているのかという事を考えればより分かりやすくなるでしょう。
「そんな」とは、すなわち前の文の「焦りが生まれた」という文節に係っています。
焦りが生まれているのは蘭花だというのは前の文で分かっていますので「そんな“彼女”」と出た時点で「彼女」が「蘭花」である事は簡単に想像できると思います。
この方法で当てはめる事が出来る場合も「彼」「彼女」の表記を使う事が出来ます。
もちろん“そんな(それ)”という単語そのものも代名詞です。
このように、もしも分からなくなったら他の代名詞を基準に考えてみれば分かりやすくなる場合があります。

 

 

 


3.主観(動作の主)が確定している場合


「……あの」
上目遣いでタクトの顔を見つめるミルフィーユ。
その頬は僅かに赤く染まっていたりする。
「お味…どうでした?」
タクトは彼女の仕草にドキッとする。
だが、彼は迷う事なく答えた。
「…いつもながら、最高のケーキだったよ」
「あ……はい! ありがとうございますっ!」
ミルフィーユは本当に嬉しそうに微笑む。
「生クリームの適度な甘さが特に良かった。甘いんだけどしつこくない、というか…」
ここぞとばかりに賛辞を並べるタクト。
(料理のススメより)

 

 


 今回は「彼」と「彼女」が2連続で書かれているので、まずは最初の「タクトは彼女の仕草にドキッとする」の“彼女”から説明を。
“彼女”は言うまでもなくミルフィーユを示していますが、“彼女”とその前のミルフィーユは随分と離れた位置に表記してあることが分かると思います。
それなのに、何故“彼女”が使われているのか?
それは「仕草」というものが何を示しているのか、それを考えてみれば分かります。
「仕草」とは3つ前の文にある「上目遣いでタクトの顔を見つめる」であるという事が文から読み取れると思います。
その仕草の説明から問題の文に到達するまでに他の仕草が書かれていないので、問題の文で「彼女」が行っている仕草というのは「上目遣いでタクトの顔を見つめる」であることが分かります。
(“仕草”を代名詞として考え、1の方法を当てはめてみれば分かりやすいかと)
その仕草を行っているのはミルフィーユである事が問題の3つ前の文で分かっているので、同時に「タクトは彼女の仕草にドキッとする」の文でその仕草をしている“彼女”もミルフィーユである事が確定されます。
このように、前の文に書かれている動作で「彼」「彼女」が誰であるかを確定できる場合も「彼」「彼女」を使う事が出来ます。
なお、次の文の「だが、彼は迷う事なく答えた」の“彼”は「タクトは彼女の仕草にドキッとする」の「ドキッとする」という動作と次の「迷う事なく答えた」という動作、そしてそれを逆接で繋ぐ「だが」という接続詞から“彼”が誰であるかを導く事が出来ます。
「だが」などの接続詞が出る場合、その前後の文章の主語が同じである場合が多いのです。
例えば

 

足を止める蘭花。
そして自分より高い位置にあるその声の主の顔を見上げた。

涼しい表情で答えるミントを睨む蘭花。
だが、それ以上の行動を起こす体力は既に残っていない。

 

いずれも「料理のススメ」からの抜粋ですが、接続詞の前後の文の主語が同じである事が分かると思います。
このように、接続詞の前後の文の主語が同じ事から接続詞の後の「彼」「彼女」が誰であるのかが分かる時も「彼」「彼女」を使う事が出来ます。
ただし、この方法で「彼」「彼女」が確定できたとしても、1や2の方法で確定できない場合は素直に固有名詞を使った方が無難です。

 

 

 

 


 それと最後にひとつ。
同じ代名詞で表す事の出来る固有名詞が二つ以上存在する場合は1〜3に当てはまった場合でも代名詞を使わないようにしましょう。


上品にナプキンで口元を拭いつつ答える彼女。
その余裕すぎる彼女の態度に腹を立てながらも、何も言い返せない彼女。


…とか。
確かに文を読んでいけば最初と2番目の「彼女」が同一人物で最後の「彼女」が別な人物である事は読み取れるのですが、分かりにくい事この上ありませんよね。

 

タクトは彼女の仕草にドキッとする。
だが、彼は迷う事なく答えた。

 

これは「料理のススメ」の中の文ですが、この場合は代名詞が「彼」と「彼女」であるからちゃんと読み取れるのであって、仮にタクトが女性だと考えると

 

タクトは彼女の仕草にドキッとする。
だが、彼女は迷う事なく答えた。

 

というように、途端に読みにくくなってしまいます。
このように、同じ代名詞で表現出来る名詞が二つ以上存在する場合は、代名詞を使わないか、あるいはその片方のみ代名詞を使うに留めましょう。