○五日前

「いやぁ〜ミントにショッピングの荷物持ち頼まれちゃってさ」とか言って、タクトはその日も仕事をサボった。

―その夜。

(う〜む、分からん…昨夜、俺の身に何が起こったんだ…?)

 レスターは考えていた。昨夜、蘭花に肩もみをしてもらった後の記憶が途切れているのだ。

(朝気が付いたらなぜか俺は医務室に居て、そしてベッドの隣にアッシュ少尉が寝ていたな…)

 レスターが気絶した後、蘭花は彼を強引に医務室へ引きずって行き、ケーラを叩き起こして、ヴァニラをクロノクリスタルで呼び出し、ナノマシンで治療させたのだった。

 レスターの容態が落ち着くと蘭花は自分の部屋へ戻り、ヴァニラはそのまま付き添って、朝を迎えた。結局、二日に渡ってまともに書類整理はできなかったわけだ。

「副司令、考え込んでいないで手を動かしてくださいまし!」

 本日の担当、ミント・ブラマンシュが声を張り上げた。

「お、おぉ。すまん」

 レスターはハッと我に返り、作業を再開した。

 

HI-EXPLOSION 第3話

「F(フォーミュラー)」

 

 ミントは焦っていた。

(まずいですわ…速くしなければ、『あれ』が始まってしまいますわ! 『あれ』だけはどうしても、どぉぉ〜しても…)

 カタカタカタカタカタ…

 ミントのキーボードを打つ手は肉眼で捉えられないほどに素早く動き、視線も忙しく移動している。

(速く、速く、速くしなければ!!)

 ミントの周りには、何とも形容しがたいオーラが立ちこめていた。

(す、凄いな…)

 レスターはミントの気迫に圧倒された。

 エンジェル隊の中でも、冷静沈着な頭脳派で通っているミントが手伝うということでレスターは期待していたが

(まさかこれほどやる気になってくれるとはな)

 「何でもスマートにこなす」という彼女のイメージを覆すかような猛烈な仕事ぶりに、レスターは頼もしさを感じた。

 が、同時に

(一体何が、ブラマンシュ少尉をあそこまで駆り立てるのだろう…?)

 疑問が頭をよぎり、なんだか空恐ろしさに背筋が寒くなった。

 尋ねてみたい気もしたが、とても話しかけられる雰囲気ではないし、何より作業が速く済めば、レスターにとっても万々歳なので、追求はしないことにした。

(ありがたいですわ副司令。ビジネスライクに参りましょう…)

 もっともミントの場合は、声に出して訪ねる必要も無いのだが。

(この調子なら、おとといからの繰り越し分も処理できるかもしれんな。俺も彼女に頼りきりではいかん!)

 レスターは自分の頬を両手でパンパンと叩き、気合いを入れ直した。

・

・

・

―しばらくして。

 作業開始から数十分。ミントの挙動が明らかに不審さを帯びてきた。

 ガタガタと激しく貧乏ゆすりをしては

「副司令、今何時でしょう?」

 と何度も訊いてくる。

「ん? さっきも訊いたではないか、今は・・・」

 こんな具合の会話が幾度と無く繰り返される。

「・・・11:30だが」

 レスターの口から《その》時刻が告げられた時――

 ガタッ!!

 いきなりミントが席から立ち上がった。

「なっ、どうしたブラマンシュ少尉?」

 突然の行動に、レスターは驚き、ミントに尋ねた。

「副司令! わたくし、ここであがらせていただきますわ! よろしいですわね!?」

 ミントの目には、異論を許さないギラギラとした強さがあった。

「あ、ああ…良いぞ。ご苦労だった」

 レスターは冷や汗をかきながらうなずいた。彼女をここに留めることは不可能だと、全身の細胞が警告を発していた。

「ありがとうございます! 失礼いたしますわああぁぁ〜…」

 ミントは一秒間に120回の超高速お辞儀を披露した後、言い終わらないうちに猛ダッシュでブリッジを出ていった。

 あまりの速度に、レスターの目にはミントが分身したように見えた。

(何ぃ、質量のある残像だというのか!?)

 目の前のあまりにも急転直下な展開と連日の騒ぎのこともあり、レスターの頭はやや混乱気味だった。

―ピラピラ、ファサッ…

「ん?」

 何か紙のようなものが落ちてきた。

 どうやらミントが落としていったらしい。

「お〜いブラマンシュ少尉、何か落としたぞ」

 呼んでみても、返事が無い。声の届かない所まで行ってしまったようだ。

「やれやれ…」

 レスターは落ちていた紙を拾い上げた。何かのパンフレットのようだ。デフォルメされたウナギやらザリガニやらすずめやらのイラストが描かれている。

「なになに…」

 レスターはパンフレットに書かれている文字を読んでみた。

・

『    オールナイトクラシック怪龍映画祭り!

トランスバール特撮黎明期〜黄金期を支えた傑作怪龍映画を、

ニュープリント版で一挙上映!

これが最後の劇場公開!

うなれ! 吼えろ! 野性を解き放て!

いま裂帛の気合がほとばしる!!    』

・

(うなるな吼えるな解き放つな。そしてほとばしらせるな)

 心の中でツッコミを入れつつさらに中身を見てみると

・

○上映プログラム○

―第1部―

1、『大怪龍 ウナギガス』

(モノクロ、76分)

2、『甲殻王 ザリガニラ』

(モノクロ、77分)

3、『怪龍超決戦 ウナギガス対ザリガニラ』

(カラー、82分)

4、『植物脅威 カボチャニオン』

(カラー、72分)

<休憩10分>

―第2部―

5、『空の大怪龍 スズメロス』

(カラー、90分)

6、『ゴキラニアの逆襲』

(カラー、88分)

7、『クックちゃんの冒険』

(カラー、24分)

8、『怪龍大戦争 〜THE FINAL DOWN〜』

(カラー、168分)

・

(ブラマンシュ少尉を駆り立てていたのはこれか…)

 レスターは苦笑した。

 ミントが異様な集中力とスピードで作業をこなしていたのは、この『怪龍映画祭り』を観に行くため、速く仕事にケリをつけたかったから――納得が行った。

 レスターも子供の頃聞いたことがある。――その昔、白き月がCG技術を『天恵』としてもたらす前、隆盛を誇っていたジャンル『怪龍映画』。そのウリは、繊細なミニチュアワーク、古くささの残る光学合成。そして怪龍の着ぐるみの味のある造形。――

 見れば、日付は今日で、開始時間もPM11:35となっている。

(だからあんなにそわそわして、何度も時間を訊いてきたのか)

・

「……オールナイトどころじゃないぞ」

 何気に上映時間を計算してみたレスター。合計約12時間。

「明日の昼までぶっ通しで上映するのか…?」

 どうやら本当に、観客はうなり、吼えて、野性を解き放ち、そして裂帛(れっぺき)の気合をほとばしらせなければならないプログラムらしい。

・

(うふ、うふッふふふ…この日この時のために、お昼寝を8時間して、ドリンク『一口覚醒くんV-マキシマム�供戮鬘隠核椣�み、蘭花さん特製『悪魔の血』入り激辛トマトジュース、そして眠気スッキリの『ダークゾディアック・ガム』を50枚用意しましたわ。もぉ〜どうしたって眠れそうにありませんわ!!)

 ミントの準備は万端のようだ。……かなり体に悪そうではあるが。

「待っててくださいまし、愛しい愛しい怪龍さんたち〜。オーホッホッホッホ…」

 高笑いを響かせながら、ミントは多くの『分身』を生み出し超高速で映画館へと走っていった。

 パタリ。

「オ…ホ…ホホほっ…ホ…ホ…」

 …翌朝、映画館の入り口前でピクピク痙攣しながら、不気味な笑みを浮かべて倒れているミントが発見されたことは、余談である。

・

・

「な、何だと…!?」

 レスターの書類を持つ腕がわなわなと震える。

「こ、これも! これも! これも!これも! これも!」

 ミントが処理した書類に目を通していたのだが、

「日付がトランスバール歴411年!? み、みんな去年のデータじゃないか…」

 どこをどう間違えたのか、ミントに割り当てられていた書類には、全て一年前のデータが入力されていた。

 いつものミントであれば、このようなイージーミスにはすぐに気付いたであろう。だがしかし、今宵の彼女はウナギガスやザリガニラの着ぐるみのことで頭がいっぱいで、それに気付くことなく、猛スピードで間違った情報を入力してしまったようだ。

 なまじミントの作業スピードは凄まじく速かったので、その間違った書類の量も半端では無かった。

 レスターに精神的な疲労がドっと襲って来た。

「な、直さなければ…た、正しいデータに……」

 よろよろと力無く席に座る。

 今ここに、エルシオール副官レスター・クールダラスの孤独な戦いが幕を開けた。

 結局その日はミントの書類の訂正に終始してしまい(←精神的ショックのせいでわずかしかできてない)、作業はほとんど進んでいない計算になってしまった。

・

・

・

(な、なんだかエンジェル隊のヘルプは、ことごとく俺の作業を阻害していたような気がするな…)

 思い出しながら、レスターは苦々しい気分になってきた。だが、まだタクトが怒るようなことは思い当たらない。

「どうしたレスター! 自覚がわいたか? そんな表情するってことは!?」

「ちったぁ黙りやがれ人間メガホン野郎がぁー!! いちいち怒鳴られてたら思い出せるもんも思い出せなくなるだろうが!!」

「む、むぅ…」

 タクトはレスターの気勢に圧され、やや後ずさりした。

 レスターはタクトのせいで熱くなった頭を必死で鎮めながら、再び記憶を辿って行った。

(たしか次の日は、アッシュ少尉だったな…)

 

 

つづく

 

 

〜筆者より〜

「ミントなら着ぐるみネタしかねぇっしょ!!」

というのは当初から決まっていた。

 ただ、いざ書いてみると、ミントの奇行とレスターの受難が、あまりうまく結びつかなかった。このあたりは筆者の計算ミスだ。

 実はミントのエピソードに関しては、ヴァニラと2本立てにする予定だったのだが書いているうちに変に長くなってしまい、単独のものとした。全体の尺が前回に比べると短いのはそのせい。

 今回は解説するようなパロディネタはそんなにない。怪龍映画のタイトルも全部筆者が自分で考えたものだし。(この『怪龍映画』に関しては、けっこうオリジナル設定を細かく作ったのだが、それについてはおいおい説明するということで……えっ、ダメですか!?)

 分からない人のために説明しておくと「光学合成」というのは、例えばウルトラマンの八つ裂き光輪やその他の光線、昭和ゴジラの放射火炎、仮面ライダーV3が変身する時にベルトから出る光なんかを、アニメのセル画で描いて、それを実写のフィルムに重ねて撮影する特撮技術のこと。今はもうそういうのはコンピューターでやっちゃうけどね。

 

ヒーロー村田