部屋は心の色を表すかのように漆黒の闇。

グラスには「値段の割には味がひどくない」と言う程度の、まあさほど美味しくはないウィスキーの水割り。何杯目かは数えていないが、ボトルの半分は飲んでいる。

 

小さなテーブルの向かいにはもう一つグラスが。

かなり前に作ったのだろう。氷の融けきった水割りが、飲み主の居ないままその身から涙を流している。目を凝らせば、男の握るグラスには底に手彫りの「R」の文字が。向かいのグラスには「T」の文字が彫られていた。

学生時代から続く、友との時間。

互いに青い夢を、将来の理想を、くだらない講義の話を、他愛の無い日々の雑事を語り合って。

それは、共に佐官に出世して駐留艦隊を任されるようになってからも、同じ安酒で。

あの頃とは少し変わった夢を、今の思想を、くだらない仕事の事を、他愛の無い日々を、過ぎた日々を語り合って。

クーデター騒ぎからはお互いそれどころでは無かったけれど。

久しぶりに飲む、あの頃の酒。

あの頃と、自分も友も、変わったつもりはない。

けれど、独りでグラスを傾けるレスター・クールダラスの顔にあの頃の微笑みはなかった。

 

 

 Stellar Finders〜星探祭〜

            第5話 「夢語り、酌み交わす相手」

 

 

アルモは小1時間ばかりDブロックのある部屋の前でうろうろと行ったり来たりを繰り返していた。

レスターの様子が『白き月』から帰ってからおかしい。何処か暗い。ここに聞いてみたのだが、

親友曰く、「そう?いつもあれくらい無愛想じゃないかしら?」とのこと。さすがに失礼だと思う。確かに万年無愛想ではあるけれど。

態度だけではない。なんと定時で仕事を終えて帰ってしまった。

そこに至ってココもおかしいと思ったらしい。「さすがアルモ。愛の力ね」と散々からかわれた挙げ句、「様子を見てきて」と、本来自分が提出しに行くはずの、司令印が必要な書類をどっさり渡された。

アルモも、部屋に行く口実になるかと書類を受け取ったはいいが、その時「直帰にしとくからゆっくりしてきたら?」と囁かれ、瞬間的にゆであがってしまった。

いつも親友は一言多い。余計に緊張が増してしまう。本当に自分の恋を応援してくれているのか。楽しんでいるんじゃないのか。

少しだけ、アルモは友情を疑った。

 

とにかく大義名分はある。入らなければ判は貰えないし、提出もできない。

入って話をしなければ始まらないのだ。それに、好きな人のプライベート空間。入りたくて堪らないのも事実だ。

アルモは3分ほど深呼吸して、2回、過呼吸気味になってむせた。

そして意を決してドアチャイムを押――――そうとする事11度。

12回目の挑戦。ついに、副司令室のチャイムを鳴らした。

 

 

「あれ・・開いた?」

鍵がかかっていない。あのレスターが施錠を怠るとは。タクトじゃあるまいし。しかも・・・

「ん?・・アルモか?どうした?」

中からレスターの、いつもより何処かゆったりした声が聞こえる。いや、アルモはそれ所じゃない。部屋の中は真っ暗で・・お酒臭い。

「こ、こんな時間からどうしたんですか?電気つけますよ?」

入り口近くにある室内照明のスイッチに手を伸ばす。やはり。明転した部屋の中に、アルモはウィスキーのボトルと水割りのグラスを見つけた。

が、レスターはそれどころじゃない。光の剣が右目に突き刺さる。しかし、思わず手で押さえたのは―――既に光を受け付けない左目。

 

 

「―――っ!・・・レスターさん・・眼帯・・・」

無造作にテーブルの上に転がっている、それ。

触れられない、彼の過去がそこにある。外した所を見たことがない為に、エルシオール内では色々に噂されている。「父親とのフェンシング修行で失った」だの、「実は何処かの星の王族で、目からビームが出る」だの、「恥ずかしいハート型のあざを隠すため」だのと。一番有名なのは「外すと巨乳美女に変身する!」というやつだ。そんな情報をわざわざお金を払ってまで聞きだした自分も恥ずかしい。まぁ、噂の出所は全て当人の親友のはずのタクトからなのだが。

 

そう、タクトから眼帯について聞いたのは、まだレスターのことを好きになってまもない頃だった・・・

 

 

 

『実はオレも本当のところは知らないんだ。あいつは何も話そうとしないしさ』

『でも、ますます真相を知りたくなってきましたね! あの眼帯の下には、何が?』

『うん? お前ら、何の相談してんだ?』

『うわっ、レスター!? びっくりしたあ!』

『な、何でもないんです! ねっ、ココ?』

『絵、ええ、アルモの言うとおりです。ただの世間話ですから』

『そうか・・・・・・まぁ、いいけどな」

『じゃあブラマンシュ商会との連絡は、よろしく頼む。オレはまた視察に戻るから」

 

 

レスター本人が混じってきたためにその話はそのまま流れてしまった。

けれど、タクトが去り際に息を大きく吐きながらポツリと呟いたのが聞こえたのだ。

 

(ふう・・・・・・あぶないところだった)

 

 

・・何が? あの時はまだ私達はプライベートな過去に立ち入れるほど親密に、どころか空いた時間に世間話ができるほども時間を共有していなかった。それも恐らく「濃い」時間を過ごしてきたタクトは違う。冗談でもレスターに左目の事を聞いたことがないはずはない。

 

なのになぜ「あぶない」のか。

 

タクトなら聞かれたからってどうということはない。「また適当な事言いふらしやがって!」と怒鳴られて済むだけだ。

2人の間ですら眼帯の話は禁句となっている・・とでも言うのか。

それに加え、溜息をついたタクトの瞳。

 

あれは、知っている。

 

理由はないが、直感でそう思った。

後々、それは確信に変わった。タクトが切れ者としての一面を覗かせる時の瞳の色。あの時と同じ瞳の色だった。

左目の事はレスターに関わる大概の人が気になっている。冗談を言う事によってタクトはごまかしていたのだ。

それ以来、アルモは左目に関して聞くことをやめた。

 

 

 

今―――目の前に眼帯を外したレスターがいる。自分が思わず発した言葉。

なんて続けたら言いのだろう。

話ができない。探せど、探せど、言葉が見つからない。いや、探すことすらままならない。

 

「あ・・あの・・その・・・」

レスターは左目を手で覆ったままテーブルの眼帯を取った。目に付ける瞬間、手が離れる。思わず目がいく。

 

 

 

「・・・・きず・・・!」

 

 

それは目の中央を縦に分断するかのような太い、刃物らしきものによる傷。よほど深かったのだろうか。傷跡には目の切れ込みは見えない。治っていく過程で変形して眼孔が塞がってしまったのだろうか。とにかく、痛々しい、傷がそこにはあった。

わかっていたつもりだった。

恐らくそこには過去の傷がある。けれどやっぱり、見たときのショックは大きい。あれだけの傷の理由が、何処かで心の傷になっていないはずがない。

思わずアルモは息を飲んだ。

 

「・・・そんな痛々しそうな顔をするな。昔の傷だ」

もちろん完治している。けれど、時に痛む事もある。湿気の高い時、感情が高ぶった時、それに・・・酒を飲んだときにも。

「えの・・あと・・・ご、ごめんなさい」

「他人にそんな反応をさせたくないから見せないんだよ。それに・・・もう5・・いや、6年も前の事だ」

思い出す、あの時の事を。皇国暦407年。あの時を境にレスターの運命はガラリと変わった。

「こんな話聞いたって暗いだけだぞ。それより、何か用があるんじゃないのか?」

「はっ、はい。あの、書類に司令の印をもらいたくて・・・」

アルモは正直6年前の出来事が気にはなっていたがそれでもよかった。話がそらせた。レスターの気遣いに感謝しながら書類を差し出す。

「ふむ・・・よし」

一通り目を通し、懐から印を取り出してから手が止まる。

印を置き、ペンを取り出して書く。曰く、「決戦艦隊総司令官レスター・クールダラス准将」と。

「へ? これって・・・・?」

「今日『白き月』で肩書きが変わってな。正式な辞令が下って印ができるまではサインで済まさないとならんのだ」

「肩書きが変わって・・・って大出世じゃないですか! み、みんなでお祝いしないと・・」

アルモは軍人ではないがどういうことなのかは知っている。王族や貴族ならば10代で佐官、20代で将官と言う事もあるのがトランスバール皇国軍であるが、だからこそ22歳の若さで平民出身の軍人が将官になるなど聞いた事がない。軍属になって、より詳しい話を聞いたが、普通ならば定年まで佐官でも十分出世したほうと言える。他の者より頭2つ以上も飛びぬけていたルフトでさえ准将に成った時は50代も半ばを過ぎていた。エオニア戦役がなければ退役までずっと衛星防衛艦隊基地司令から出世する事はなかっただろう。ただ、もしも貴族の家に生まれてさえいれば20年も前に軍の総司令になっていてもおかしくなかった、と言う話も聞いた事がある。レスターが22歳で少佐であった事自体異常な早さだったのだ。

「いいから、事情の説明位するから、少し座れ」

レスターは仕方なく立ち上がり、慌てふためくアルモの手を取って強引に座らせる。それだけでアルモはもう昇天しそうなほど心臓が高鳴ったのだが。

 

 

 

「え・・・マイヤーズ司令とミルフィーユさんを助ける気が無いんですか!?」

「ああ、ロストテクノロジーの塊であるエルシオール及び紋章機の運用費だけでも反対の理由になる。そういう連中だ」

「で・・でも、人命ですよ? それもこの銀河を救った恩人を・・」

「だからこそだと思わないか? 銀河でも最強の力を持つエンジェル達の司令。そして女皇と聖母からの絶対的な信頼とバックアップ。家柄も名門貴族マイヤーズ伯爵家の次男だ。あいつは自分の意思一つで皇国のトップに昇りつめる事ができる器なんだ。そんなやつを政府も軍も助けたがるわけがない。やつらは自分達が権力の座にしがみつく事しか考えていないんだ」

自分達が支配者として君臨する。力あるものの台頭は潰そうとする。その影で泣く人たちのことなど微塵も考えはしない。これでは、今まで自分達が戦ってきた『ヴァル・ファスク』と何の違いがあろう。それとも、不相応に力を持つと人の心は壊れてしまうのだろうか。心が壊れた強者の支配は余りに惨く、その末路も悲しいものである。自分達はそれをこの目で見た。自らの国、トランスバールまでもがそうだと言うのだろうか?

「あいつらは助ける事ができる。ようやく戦いから離れて、幸せに暮らすことができるんだ。それを守るためにオレは上層部と戦う」

レスターの瞳には、確かな、青い炎が燃えている。

 

大丈夫だ、アルモは思う。止めるためにレスター達は立ち上がった。自分達は、それを信じてサポートするだけ。変わらないはずだ、昔も、今も。改めてそう感じた。

けれど、じゃあ。なぜ。

「・・・でも、どうして暗い中独りでお酒を飲んでたんですか?」

・・・・・・・眼帯を外して。とは今のアルモには言えなかったが。

レスターの右目。青い瞳の炎の中に、赤い焔が立ち昇る。それを振り払うようにレスターは首を振り、ぐっと酒をあおった。

 

「子どもの頃からの、夢だったんだ。・・『最年少で将軍になって父母に楽をさせる』・・とな」

なぜ・・目の前の少女に、ただ一人の親友にしか話したことのない自分のことを話したのか。レスターにはわからなかった。『酒のせい』であったのかもしれない。本来なら樽単位で飲める彼だが。なぜ、彼女がこの時彼の心を開いたのかはわからない。理由など、必要ないのかもしれないが。

 

 

 

 

 

「本星出身ではあったがなにしろ貧しくてな。環境が整ってなかったから就学年齢は他のやつより1個上だった」

スラム・・と言うほど治安が酷くはなかったが、決して済みよい環境ではなかったと言えるだろう。その中から、這いずるように成り上がることを目指して努力を重ねてきた。幸いな事に、努力をすればするだけ実った。奨学生として学費を免除され、士官学校に入った頃には金銭的に不自由になるようなことはなくなった。『末は将軍だ』とはよく言われた誉め言葉。無論レスター自身の将来の夢であったため、賞賛は嬉しく、誇らしいものであった。けれど、正直なところ勉強すればするほど、軍人の世界に近づくほど虚しさばかりがこみ上げた。自分は就学も遅く、早く稼げるようになりたかったのだが、どんなにできても飛び級はさせてもらえなかった。センパールを始めとして、超エリート校の選抜試験も受けられるだけ受けたが、『エリートコースに貧困層出身者は相応しくない』と、平民枠すら入学許可は下りなかった。無論試験でミスをしたつもりはない。ただの1問たりとも。名門貴族の子弟たちは『ただその家に生まれついた』 と言うだけで、自分が必死に努力して手を伸ばしているものに2、30年は早く、労も僅かに到達するのだ。既に士官候補生の給料でも家計の大きな一助となっている。佐官くらいにまでなれれば年老いた両親くらい養って余りある給金が貰える。自分が必死に目指していた将軍、まるで貴族と同じような虚栄心と出世欲を自分に見たような気がして自己嫌悪していた頃。

「・・・そんな時だったな・・あいつに出会ったのは」

以前もアルモにはこの時のことを話したことがあったか。昔から、なぜかは知らないが女が言い寄ってくることが多かった。あれもそんな時だった。

 

『いてて・・・残念だなあ・・・』

『・・確か、マイヤーズだったか・・お前、アホだろう・・・』

『タクト』

『・・・・は?』

『ファミリーネーム嫌いなんだよ。�爛織�ト�瓩辰凸樵阿埜討鵑任�れよ。レスター』

『・・・』

 

馬鹿以外の何者でもなかった。

女をナンパすると言う事だけで既にレスターの中での評価は低いが。そうでなくても、特にエリート校というわけでもないグラーツ校に、『名門貴族マイヤーズ伯爵家の次男』が入学してきた事は噂になっていた。同じクラスでもあるし、成績優秀とも言えないし、見えない。まさに盆暗貴族。けれど、この少年からは今まで貴族の子弟に見てきた鼻持ちならない態度は微塵も感じない。しかも、自分のことをファーストネームで呼ぶことを希望している。これまでの誰もが、子どもながら威張り散らすために自分の能力も伴わず叫んだ己の誇りらしき家名を、この少年は『嫌い』だと言う。不思議な男だと思った。そしてやはり―――馬鹿以外の何者でもなかった。

 

これまで通り、レスターは少年を『マイヤーズ』と呼んだ。今までの貴族とは毛色が違うとはいえ、これと言って仲良くする気もなかったからだ。当然のことではあったが、この姓がその頃の少年にとって何よりも鋭利で残酷な、牙を向いた狼であったことなど知らなかった。

 

自分自身、狼にこの目をもがれるまでは。

 

思わずグラスを強く握り締めた。掌の熱が伝わって、氷が融けて澄んだ音を立てる。

アルモもなんとなく気付いていた。それまでとてもやさしい表情で昔の事を話してくれていたレスターがタクトとの出会いのくだりの後、不意に黙り込んでしまった。タクトと、目のこととは、何か関係があるのだろう。残った右目は哀しみと怒りに満ちていたから。

 

「・・・まぁ、結局腐れ縁ができてから色々あって、いつのまにかオレは将軍なんてどうでもよくなっていたんだ。出世欲の無い者同士気が合ったのかもしれないな。馬鹿でグータラでもあいつと一緒に辺境で貴族とか陰謀とか争いごとの無い所で平凡に毎日を送れればそれでよかったんだ」

深く息を吐き、レスターは再び穏やかに話し出した。

士官学校を卒業し、2人共に近衛軍からの誘いが来ていたにも関わらずそれを蹴り、タクトは第2方面軍の辺境駐留艦隊勤務を、レスターはその副官を希望した。最初の無理を通した後は、タクトが伯爵家だったことが幸いして、半年毎の昇進をかさね、思ったよりもずっと早く未開惑星の皇国編入任務として自分達の艦隊を持てたし、おこぼれに預かるかのようにレスター自身も21歳にして少佐に昇進したのは異例とすら言えるかもしれなかった。既に両親は自分で養えるようになっていた。昼は退屈で平和な任務をこなし、夜は変わらない親友と安い酒を飲みながら言葉を交わす。そんな日々がずっと続くと思っていた。

 

そして1年後、トランスバール皇国暦412年。407年のクーデターにより皇国外流罪となっていた廃太子エオニアがロストテクノロジー『黒き月』を発見。トランスバールに対し攻撃、ジェラール皇王を始めとする皇族、貴族の大粛清。後に『エオニア戦役』と名づけられたその軍事クーデターはトランスバール皇国に住む多くの民の運命を変えた。タクトとレスターにとっても、それは大きな転換であった。

 

 

「だから・・オレにとってはそれはもう終わった夢だったんだ。それでも嬉しくないわけがない・・・けれど・・・」

レスターは更に強くグラスを握り締め、残っていた液体を一気に飲み干す。

昔の夢が叶った、祝杯であるはずなのに。今までタクトと2人でこの安い酒を酌み交わしてきたと言うのに。

「あいつがいないんじゃ、意味がないんだ・・・・・」

 

レスターにとって、今まで、こんなにも不味い酒はなかった。

 

「あ・・あの、作りましょうか? ・・・水割り」

長い昔話の後、アルモがやっと口に出せた言葉はそんなものだった。それくらいしか言えなかった。

 

「・・・ああ、頼もうか」

不味い、嫌な味だが、飲まずにもいられなかった。頷いて、握り締めていたグラスをそっとアルモに手渡した。

 

 

 

 

 

「えと・・どうぞ・・」

差し出された水割りは色が薄く、最後に3つ入れた氷為にかさが増して今にもグラスから零れそうだ。レスターはそっと受け取り、口をつけてみる。

「ん・・・・・・・」

視線を上げてアルモを見る。照れたように、不安そうにこちらを伺っている真摯な瞳。

ここで世辞を言うのは簡単で、美しい。けれど――

「アルモ・・水割りを以前に作った事はあるか?」

「へっ!? ・・い、いえ・・・ありません」

いきなりの質問で驚いてしまったが、それで言葉に出さない意味に気付いたのだろう。ふっと視線が沈んでしまう。

「一般にウィスキーはアルコールが20度を割ってしまうと風味が損なわれる。死んでしまうんだ。かと言って濃すぎてもいけない。ウィスキー1に対し水2.5が適当と言われている。好みもあるし難しいところだがな。そして適温は0〜12℃。温度と濃度にもムラがあっては美味しくない」

見た目も溢れそう、全体的に薄いために香りも味も飛んでいる。濃いところと薄いところ、冷たいところとまだぬるいところのムラも激しい。もともと不味いウィスキーだが更に、といった水割りの入れ方。けれど、

 

「でも、ようやく美味い酒が飲めた気がするぞ」

「え・・・?」

「美味しかったといったんだ。ありがとう、アルモ」

悲しそうに潤んでいた目が明るく輝く。先ほどからの重い話のせいか青ざめていた頬にも赤みが差す。それを見て、さすがにさっきは正直に言い過ぎたかと思う。

そう、レスターは正直に言った。世辞で単純に『美味い』とは言いたくなかった。それも決して嘘ではないが、もっと、心をちゃんと伝えたいと感じた。レスターにはなんと言っていいかわからなかったけれど、そう、『やさしい味』がしたのだ。

「お前も、飲むか? 作ってやるぞ」

「え・・や、これでいいです」

目の前の、レスターのでないグラスに手を伸ばす。ずっとおきっぱなしの、氷が融けきってしまった、ここにいない親友の為のグラス。

「それはもう駄目だ。作り直してやるから、寄越せ」

それに・・それはアルモの為に作ってやった水割りではない。アルモが飲んでいいものではないし、それに、アルモに作り返してやりたい。自分の中でとても新鮮で、どこかくすぐったい感覚だと、レスターには思えた。

 

奪い取ったグラスの中身。不味くなっていようと捨てるにはもったいないので一息に飲み干す。卓上の布巾を使い、軽くグラスの水滴をふき取る。

「美味い水割りの作り方、教えてやるからよく見ておけ」

まずは氷を入れる。グラスの縁まで、たっぷりと。次に、ウィスキーを注ぐ。底から、指2本分。そこでマドラーを手に取り、中指の腹と薬指の背で挟み、親指と人差し指を上部に添える。

「水を入れる前に一度かき回すんだ。時計回りに、13回転半ってとこだ。これでウィスキーとグラスが程よく冷える。水とも馴染み易くなって味も香りも高まってまろやかになる」

水をウィスキーに注ぐと稀釈熱が発生し、温度が上がってしまう。それを抑えるためでもある。これでキリリとした味わいの氷の融けにくい水割りになる。無論、早くも融けだした分の氷を足す事も忘れない。そしてミネラルウォーターを適量注ぎ、またマドラーで3回転半。完成だ。

 

「さ、飲んでみろ」

グラスを差し出されたアルモは放心状態だった。一連のレスターの作業に見とれてしまっていた。綺麗な長い指が無駄なく動く様は円舞を舞っているかのようで。好きな男性が自分の為に手間を割いてくれることが嬉しくて。

「・・アルモ?」

「はっ、はい! ありがとうございます」

本当だ。見た目からしてまるで高級なバーで出てくるみたいに綺麗だ。アルモはグラスを取り、口を近づけた。そして、気がついた。

「・・・ん?」

 

この『跡』は・・・・ひょっとして、レスターが口をつけた跡?

 

アルモの胸が一気に高鳴る。

(いやいやでもでも・・さ、さっき拭いたし・・)

しかし、さっきの布巾はテーブル用。滴でべとべとになったグラスの底と側面を拭っただけ。口のつくような部分を拭く訳が無い。そもそも、レスターの辞書の中に間接キスなどと言う事象は存在しない。だから、アルモのこの焦りっぷりは奇妙にしか見えなかった。

「・・・どうした?」

「い、いえ! なんでもありません! ・・・い、頂きます」

ココがこの場に居たら「何を?」とまたいやなツッコミが入るところだが、今は2人きり。

覚悟は決めた。女アルモ、いざ参る!

 

 

 

 

 

・・・・・・・・ちゅ♡

 

 

 

 

 

(いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! レスターさんの唇(の跡)ゲットォォォォっ!)

 

恋の進展にとってこれは小さな一歩であるが、アルモにとっては大きな飛躍である。

と言う言葉が後世に残っているわけではないが、残したいくらいの、そんな気分だった。もちろん、水割り自体もずっと美味しいものだったが。

「おいしいです。すっごく」

「だろう? 不味いウィスキーでも作り方次第でぐっと引き立つんだ。ま、『次』までにできるようにな」

思わず聞き返しそうになった。『つぎ』。『次』?また・・・レスターと2人でお酒が飲める。お話ができる。飛び上がって歌い出したい気分とはこういう気分の事を言うのだろうか。まさに天にも上る気持ちだった。

 

レスターとしても、珍しく気分がよかった。

カタルシスなんて軟弱な方法だと思っていた。自らのことを他人に話す必要など無い。話してもどうにもならない。ならば何も言わず苦難を乗り越える事こそが最もよい道なのだと考えていた。だが、たまには悪くないかもしれない。

 

「・・・よし、戦う気力も湧いてきたな」

レスターの目に闘志が宿る。

「戦うって・・やっぱり上層部と?」

「・・・そういうことだな。・・・きっとアイツも姿を見せるはずだ」

「あいつって?」

何気なく聞いてレスターに視線を向けた。瞬間に、凍りつく。彼の独眼は先ほどまで見せたものよりも更に暗い炎を燃やしている。これまでに見たこともないほど、冷たく、怖い。

その念は、憎悪。

「・・・恐らく反対派を裏で操ってあらゆる手を打ってくるはずだ。タクトを葬り去るために、な」

絶対にさせない。護る。助け出す。その念を瞳からかき消すほどの憎悪。圧倒するほどの気に、アルモは呼吸をすることすらままならない。

「だれ・・・なんです、か・・?」

ようやく言えた言葉。けれどレスターの反応は返ってこない。俯いたまま止まってしまった。少しだけ、空気の緊張が緩んだ。話すことを躊躇っているのだろう。何のために。決まっている。口に出したら憎しみばかりがあふれ出してしまうからだ。そんな葛藤を漠然と理解して、アルモは、静かにレスターの答えを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スコア・・・・・・・・・・」

小さな溜息の後にポツリと喋りだす。小さな、小さな声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スコア・マイヤーズ。・・・・・・・・・・・・・・・・・タクトの、実兄だ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

フォルテ「うわっ!完全に追いやられてやがる」

蘭花「あんまりシリアスすぎてそもそも今回ここ自体存亡の危機だったらしいですよ? フォルテさん」

フォルテ「まぁ〜、そりゃ演出的にはこんなもん挟まずに『実兄だ』とか言ってぷつっと切っとけば一番カッコいいしなあ」

蘭花「だからってアタシたちのいないGAなんてやっていいとでも思ってるんですか!? しかもラブだし。あたしも男欲し〜ぃ」

フォルテ「おいおい、そりゃランファの個人的な僻みだろ? や〜、でも言われてみりゃシリアスなほどあたしら出番ねーよな」

ヴァニラ「・・すっかりギャグ体質」

ちとせ「はまっちゃいましたね、コメディ路線」

蘭花「アンタたちみたいに割り切りたくも無いわ。あ〜あ。今頃ミントは何やってんのかしら」

フォルテ「あたしらもここから抜け出していきゃいいのさ。そうだろ?」

ヴァニラ「ですが・・・ミントさんは相変わらず本編には出てきていません」

ちとせ「近い将来の為の雌伏とは言え、ミント先輩は今回『ここにすら登場できなかった』、つまり『脇役同然』の扱いなんですよ」

蘭花「・・・ってことですよ、フォルテさん。惨めでもこうやって毎回出る方がいくらかマシじゃないですか?」

フォルテ「な・・なるほど。そりゃ確かに」

蘭花「あ〜ん、アタシも幸せなヒロインやりた〜い!」

 

○○『それはそもそも無理な相談ですね、ランファさん』

蘭花「だっ、誰よ!?」

○○『いやだなあ、この私を忘れるなんて。だからヒロイン素質ゼロなんですよ、ツンデレの癖に』

蘭花「な、何ですってぇ!?」

フォルテ「なんでお前がここにいるー!?」

ちとせ「あ、あなたは・・!」

○○『お久しぶりですね皆さん。そう、私が』

ヴァニラ「・・そんなこんなで次回へ続く」

○○『えっ、ちょ、あの、ヴァニラさん? もしもーし? 今から私のですねえ、自己紹介なんかしちゃったりなんかしちゃいたいなって・・』

ヴァニラ「ばいばい・・・」

○○『あい、しゅいません・・』

 

突如現れた謎のキャラはいったい誰なのか!? ついに次回予告コーナーまでが続きものになりそうな期待と不安とややこしさと無駄な長さになって次回から新登場!? ひょっとしてコーナータイトルとかついたりするのか!? そもそも次回予告なんてまともにした事なかったぞ!? 

 

とにかく次回へ続く!

 

シヴァ「・・・・・帰っていいか?(-_-;)」

 

次回へ続く!

 

 

 

 

 

●オリジナルキャラクターについて(長い薀蓄つき自慢話とのっぺりした後悔)

 

<スコア・マイヤーズ>について。

名前の由来  「スコア(Score)」=「総譜(英)」「刻み目(→切り傷と解釈もでき、レスターの目の暗示)」「利益を上げる」

        score off〜 =議論で人を負かす。

        

などの意味。まあ知恵者らしく。タクトが「タクト(Tact)」=「機転(英)」「如才なさ」などで、やっぱり揃って頭のいい兄弟さんです。

そして綴りは変わりますが、「タクト(Takt)」=「拍子、小節(独)」女性名詞の「タクティック(taktik)」ならば「戦術、作戦、策略」に。

「そしてタクトシュトック(Takt stock)」ならば「指揮棒(タクト)」になります。はい、そういうことです。

 

スコア(総譜)が無い限りオーケストラは成り立ちません。各楽器のパート譜はスコアから作るものですから。しかしながら、好き勝手に演奏したってそれはぐちゃぐちゃの騒音。芸術とは呼べません。最初に「いっせーのーで!」と声をかけてもすぐにばらばらになるでしょう。連携は大事です。そこで指揮者が個々の音をまとめて芸術に昇華されるわけなんです。優秀な指揮者無しにオーケストラは進化を発揮しないのです。

「スコアがあるからタクトが振れる。タクトが振られるからスコアの偉大さが理解できる」こういう理屈です。

兄弟として考えた今作最大の傑作です。この小説何が自画自賛かってこの名前を考え付いた時が最高に自画自賛モノでした。

親の愛をたっぷり注ぎ込んだ名前なんですが、マイヤーズ家はそんなに円満な家庭ではない・・というのが持論でして・・・う〜ん。ま、いっか。いい名前だし。

 

年齢 ご想像にお任せします。

役職 その内わかります。まあ貴族だし偉いんです。

現状 前回のラストあたり読んでください。

名門 成り上がりのブラマンシュより名門です。アニメで「名門」「名門」連呼してますが、1代で財を成した家の癖に。「メーモン」は好きですが。

人望 カリスマ性あり?

 

・・・・・他の人の設定資料と比べてなんて曖昧且つ適当なんだ! ふふふ、情報を先にばら撒くのがもったいない、と好意的な解釈をしてくれても構いませんよ。大好きだ!スコア!ぼろが出ないように出番は少なめにしてあげるからね!(それは愛情か?)

 

 

 

<マティーニ>について。

名前の由来  GAはお酒の名前がよく使われます。なので、カクテル1つそのまま取ってきました。

      「マティーニ」ベルモットにジンを注いだカクテル。ジンの比率が多くなると「ドライ・マティーニ」と言われ、より辛口になる。

       逸話があったりジン比率の論争があったりと、いわゆる?『男の酒』と言う感じ。某ウィキペで検索するとよりわかりやすい。

キャラ  思いっきり俗物で作りこんでしまったせいで「エンジェル隊のへこみ度」や、「レスターのエンジェル慣れ」の為のかませ犬にしかならなかった物語上半ば不必要になってしまったキャラ。この回は好きなシーン多いんだけどねえ。修正の際何とかコイツを『ヴァル・ファスク』らしく作って死なせてやろうと努力したものの、ヘタレ卒業はならずじまいで、フォローも意味なくちとせとレスターの見せ場の前に撃沈しました。葛藤だけは少し頑張って、本来頭のいい人が思考停止しちゃった感を出そうと修正。けれど、エンジェル隊の戦闘場面に手を加えた為に、むしろより雑魚感の増してしまった彼に合掌。

悲しいかな、マティーニ。こういう人作るのは好きなんですがねえ。いつか生まれ変わった時優遇してやりたい奴の一人です。

 

年齢 ゲルン>マティーニ>ロウィル ・・・・って幅ひろっ!

現状 死亡

役職 転々。最終的に、自称ヴァル・ファスク王。

名門 卑怯上等成り上がり。最下層の民です。生きる為なら何でもやってきました。権力欲・支配欲にはちょっぴり弱い彼です。あ、『ヴァル』らしい!

人望 ゼロ。まあそもそも『ヴァル』ですし。

 

さようならマティーニ!ありがとうマティーニ!もはや覚えてくれてる読者などほぼいまい!私の心の中で眠り続けろ!・・・多分永遠に。

 

ではまた次回。ゆっくり書いていきます。