第十六章「希望の約束」

 

 

 

 

 

 

気がつくと、裕樹の意識はフワフワと水の中にいるような感覚に包まれていた。

どこか優しく、どこか落ち着けて、それでいて、悲しい場所。

それが現実の世界でないことぐらい、裕樹は解っていた。

「・・・死んだのか、俺・・・」

 

――――――そんなわけ、ないよ

 

どこからか、いたわりを持った優しい声が響いてきて、次の瞬間には、声の主が目の前に現れていた。

たややかな青い長髪を持ち、水色の瞳をした、小柄な天人の少女。―――ヴァリア・ピラだった。

「リア・・・?」

「うん、久しぶり、お兄ちゃん」

妙に元気な声で笑うリアを見て、裕樹も笑み返した。

「え?ってことはここは天界なのか?」

「ううん、違うよ?ここはお兄ちゃんの深層意識の中。すっごく弱ってたから来ちゃった♪」

相変わらず嬉しそうに言ってくれる。というか、そんなことに“鏡門”の聖刻を使っていいのだろうか。

「弱って・・・?・・・そっか、俺、死に掛けたんだっけ」

「ほんとは死んでたよ?」

ストレートな言葉に裕樹は思わず苦笑する。もう少しソフトに言ってもいいのに。

「お兄ちゃんの右手の聖刻、“再生”の聖刻のおかげだよ」

つまりまた聖刻に助けられたということだ。もっとも、今回は以前のように死ねない(・・・・)、のではなく、死ななくしたのだろうが。

「・・・なあリア」

「・・・お兄ちゃんの聞きたいことは解るよ。でも・・・うーん・・・・・・ま、いっか。今回は特別サービスだからね?」

本来、リアは天人の統括者であるためなのか、簡単に答えを教えてくれない。自分で見つけ出してこそなのだと、そう言いたいのだろう。

「・・・“再生”の聖刻っていうのはね、モノだろうと空間だろうと何だろうと、本人が望む限り、全てをあるべき姿(・・・・・)へ再生する力があるの」

「・・・じゃあ、俺が助かったのは、死ぬ逝く俺を、俺が俺の望む形であるべき姿へと変えた、ってことなのか?」

「うん、そうだよ。さすがお兄ちゃん、頭の回転速いね〜。―――まあでも、どうせなら無傷で再生すればいいのにね。お兄ちゃんが自分が死にそう、って考えるから死にかけの状態になったんだよ?」

随分、好き勝手に言ってくれるが、そもそも使い方がよくわからないのだ。無理難題を言われてもどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

「――――――さて」

不意に、空気が変わる。

目の前で、少女リアが、天人の統括者であるヴァリア・ピラへと雰囲気が変わっていく。

姿は幼いままなのに、今は圧倒される気を感じるほどだ。

「・・・朝倉裕樹、あなたの考える“聖刻”とは、どういうものですか」

裕樹は臆することなく、正面から答えた。

「・・・・・・聖刻とは、世界の欠片(・・・・・)。12の聖刻だけで、世界そのものの力に匹敵するのはそれが理由だ」

「・・・ならば、あなたはリ・ガウスの本質にも気づいているのですね」

「・・・ああ。だから、俺はジェノスやヴァイスを否定出来ない。アイツ等には、アイツ等の正義がある」

そう、裕樹は解っていた。ジェノスやヴァイスも、死ねない存在なのだと。そして、全ての発端である、1000年前の彼らの襲撃事件。その真相すら、理解していた。――――――リ・ガウスという世界が、普通ではないということも。

「なら、朝倉裕樹、あなた自身のことも・・・」

「大体は。以前、美奈に指摘されてピン、ときたよ」

それは、裕樹の瞳の色と髪の色が天人とあべこべだという話。それすら、理由があった。

「・・・ならば、その上で問います。―――何故、あなたは白き月の聖母、シャトヤーンを止めようとしているのですか?」

「・・・・・・」

「シャトヤーンを止めることが、あなたの何になるというのですか?」

ヴァリア・ピラの言葉は重い。それだけ、真実に直面させるからだろう。

「彼女・・・シャトヤーンがいる限り、世界は平和だけど、決して戦いが消えることがない。――――――俺は、EDENの世界を、そんな世界にしたくはないんだ・・・」

「だから、シャトヤーンを倒す、と?」

「・・・シャトヤーンの正義も、俺には否定できない。他人の正義を否定する権利なんて、誰だって持ってないはずだ」

「世界のため、と。そう言いましたね」

「・・・ああ」

ヴァリア・ピラの言葉、それは追及のように感じ、そろそろこの空気が苦しくなってきた。

けど、まだ。

まだ、退けない。

「EDEN、そしてリ・ガウス・・・。―――世界はあなたにとって、全てを犠牲にしてまでも守るべきものなのですか?」

「・・・・・・この世界には、大切な人が、仲間がいるんだ。だから・・・っっ」

「・・・・・・」

しばらく、沈黙が流れた。

重々しい空気を破ったのは、やはりヴァリア・ピラだった。

「・・・朝倉裕樹、あなたが・・・ここまですることはないのですよ」

「え・・・」

「あなたは、本来は巻き込まれた者。―――あなた自身の身を犠牲にしてまで、世界に尽くすことはないのですよ?」

「・・・よしてくれ。俺自身、生きたいんだ、この世界で。―――大切な人たちにも、生きてて欲しいんだ。笑顔でいてほしいんだ・・・!!」

熱くなった、本心からの言葉。

その言葉に、ヴァリア・ピラは―――――――――優しい笑顔で返してくれた。

「あなたは、リ・ガウスという世界のことも想ってくれているのですね・・・。その世界の天人として、これ以上の嬉しいことはありません。―――あのような世界を、想ってくれているなんて・・・」

「違いないさ。世界は世界という、一つの存在だ。―――例えリ・ガウスが、投影の世界(・・・・・)であっても、代わりはない」

「・・・すみません、朝倉裕樹・・・」

唐突に、ヴァリア・ピラは頭を下げる。

「・・・なんで、あなたが謝るんだ?」

「理由はどうあれ、原因はどうあれ、私は・・・1000年前からあなたを巻き込んでしまった。そして、あなたを1000年もの間、どうすることもできない罪を背負わせて、苦しめてしまった。―――本当に、すみません・・・」

雰囲気こそ変わりはしないが、ヴァリア・ピラの殊勝な態度は本当だった。

それに対し裕樹は、笑って答えた。

天人の統括者の少女に、笑顔で返した。

「いいよ、もう済んだことだし・・・あなたが悪いわけじゃないんだから」

「・・・ですが・・・」

「・・・確かに、辛かったよ。・・・でも、美奈が助けてくれた。俺の罪と罰を祓ってくれた。だから・・・俺はまた、こうして笑えるんだ」

その笑顔は本当に優しい笑顔だった。

裕樹が1000年間苦しんでいる間、同様にヴァリア・ピラも苦しんでいたのだ。

だったら、他でもない自分が、この少女を許してあげなければいけないのだ。

この笑顔が許しの証だと。

これが、この笑顔が、裕樹からヴァリア・ピラへの、許す者の印だった。

ヴァリア・ピラはようやく、本当にようやく、本心からの笑顔を見せてくれた。

ここに、過去の全ての楔が解放された。

 

 

 

「・・・ならば、朝倉裕樹。あなたに託します」

言って、ヴァリア・ピラは額をこちらの額に重ねた。

「なっ・・・」

「・・・・・・お願いします。ジェノスと、ヴァイスと、シャトヤーンを、止めてください。―――二つの世界を、頼みます」

「・・・わかった、約束するよ」

その想いと希望に、固く約束する。

それが、天人の統括者である彼女が、唯一望むことだから。

 

 

 

 

 

 

そして張り詰めた空気は消え、ヴァリア・ピラはリアへと戻っていった。

「えへへ・・・」

無邪気な笑顔のリアに、裕樹も顔を引き締める。

「・・・まずは、タクトとミルフィーだな」

「ん・・・健治お兄ちゃんとフィリス?(ミルフィーユの前世の天人名)」

「ああ・・・世界の約束だ。―――俺と美奈はリ・ガウスで生まれたから、俺たちでジェノスとヴァイスにケリをつけなければいけない」

「・・・けど、シャトヤーンは、EDENの世界で生まれたタクトとミルフィーユにしか、ケリをつけれない」

「ああ、そうだ。―――だから、なんとか・・・しないとな」

直後、今の世界が不安定になってきた。

「な、何だ?」

「お兄ちゃんの体が目覚めようとしてるね。―――早く、目覚めてあげたほうがいいよ?美奈お姉ちゃんが待ってるから」

「ああ、わかってる。・・・お別れ、だな」

「うん、また会おうね」

裕樹は少し笑うと、リアに背を向けた。と、思い出したように振り返った。

「・・・リア」

「なに?」

「俺、“リア”って呼んでていいのか?何ていうか・・・」

こんな少女でも、天人の統括者だ。そんな人を愛称で呼ぶというのは正直抵抗を覚える。

すると、リアは笑顔のまま答えた。

「私は、お兄ちゃんにヴァリア・ピラって呼ばれるより、リアって呼んでくれるほうが嬉しいよ」

いつもながら正直に、ハッキリと言った。

だから、こちらも笑顔で返す。

「またな、リア」

「うん、またね、お兄ちゃん」

バイバイ、と可愛らしく手を振るリアを見て、裕樹は目を閉じる。

 

 

 

そうして、裕樹の意識は覚醒の兆しへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが、泣いてる。

ずっと、何かを待つために泣いている。

悲しい泣き声だ。これ以上、悲しませたくなかった。

だから、目を覚まそう。

彼女は泣き顔ではなく、笑顔のほうが似合うのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あ・・・裕、樹?裕樹!?」

全身に激痛が走る中、重い目蓋を開けると、そこには可愛らしい顔を涙でぐしょぐしょにした美奈の泣き顔があった。

「・・・なに・・・泣いてるんだよ、美奈・・・」

涙を拭こうと、左手を弱々しく美奈の顔に向けると、美奈は両手で手を取り顔に寄せた。

「・・・バカ・・・裕樹のバカ!!・・・こんなに、こんなに・・・心配させて・・・」

久しぶりに、美奈にバカと呼ばれた気がする。

それが何故か、嬉しく感じた。

「・・・ごめんな、美奈・・・」

「・・・ううん。無事で、よかった・・・・・・裕樹が、無事で・・・」

美奈は更に涙を流しながら、抱きついてきた。

(まいったな・・・笑って欲しいんだけど・・・)

「・・・美奈・・・」

「・・・?」

「・・・笑って、美奈・・・」

言われて驚かれたが、美奈は何とかして笑ってくれた。

それは、涙で濡れた顔での笑顔だったので、人によっては笑ってしまいそうな顔だった。

けれど、裕樹はその笑顔が何より嬉しく思えた。

二人だけの僅かな時間が、ゆっくり流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ痛てててててててっっっ!!!痛い、痛いってちとせ!!」

「わ、ごめんなさい・・・大丈夫でしたか?」

「・・・うぅ・・・なんとか」

裕樹が目が覚めたことが艦に伝わると、すぐさまみんながやって来てくれ、ヴァニラはすぐにナノマシンの治療の続行をしてくれた。今は治療を受けながら食事のためにちとせに体を起こしてもらっているところだ。

なんでもナノマシンによる治療は、よほど高度な技術による治療でないと本人に負担がかかるらしい。ようするに本人の自然治癒力を活性化させるのだから、体力が低い時に通常の治療を行うのはまさに自殺行為に近い。ヴァニラは無理をして高度な治療を行ってくれたのだが、ヴァニラ本人の負担が大きくかかるらしく、あまり治療を行えないとのことだ。ただ、目が覚めてしまえば体力的に問題無くなり、通常治療でも良いとのことだ。

「・・・どうですか?痛く、ありませんか?」

治療を終え、ヴァニラが心配そうに話しかけてくる。

「うん、大分痛みが無くなった。ありがとな、ヴァニラ」

ヴァニラの安心した笑顔を見て、自分がかなり心配をかけていたのだと再度自覚した。

「はい、どうぞ」

春菜が昼食のトレイを持ってきてくれた。

裕樹は時間的には半日程度眠っていた。だが食欲の方は問題なく、他の艦員と同じ食事で構わないそうだ。メニューは栄養バランスのいいハンバーグ定食みたいだ。

「じゃ、いただきます・・・って」

食べようとしたところで、この場にいる全員(美奈、京介、ヴァニラ、ちとせ、春菜、和人)もトレイを持っていることに気づいた。

「なに・・・みんなここで食べるのか?」

「うん、丁度お昼時だしね」

要するに、みんなここで一緒に食べてくれるのだ。食事は大勢で食べたほうがおいしいに決まっている。裕樹はそのことに感謝しつつ、みんなと昼食を食べ始めた。

 

 

 

「ごちそうさま。・・・・・・さて」

昼食を終え、春菜がトレイを片付ける中、裕樹は全員を見渡した。

「これだけ集まったってことは話があるんだろ?」

一緒に食事してくれる気持ちは当然嬉しいが、さすがに今の状況でそれは厳しいだろう。それぞれの作業もあるはずだ。

言われ、艦長の和人が座ったまま軽く身を乗り出す。

「ご名答♪―――いい話と悪い話があるんだが?」

「・・・いい方から」

「わかった。―――プレリュード側の情報だがな、やはりあいつらは独立軍であることがわかった。主に前大戦で戦犯として殺された者の関係者で構成されているらしく、かなり若い奴までいるな。・・・で、戦闘を行うのはいいとしても、バックアップをまるで関係ないリ・ガウスの国であるように見せて、尻拭いさせてるってことだ。それに、それらの国は前大戦からトランスバールと正式な同盟を結んでない国々でな、対立しているかのような面目は立ってるってわけだ」

「ちょっと待て、ならやつらのあの物量は一体どこから来てるんだ?」

「それがわかったら苦労しねーよ。どこかに得体の知れないバックアップが着いてるのは確かだがな」

それがリ・ガウス内に存在しないということが裕樹はほぼ確信していた。となると、支援組織はトランスバール、EDENに存在するということになる。

(・・・・・・待てよ・・・?)

頭に、何かが引っかかる。

その支援を、もし白き月が行っていると仮定したら・・・?

そうする明確な理由。それは、きっと頭のどこかが理解している・・・?

「続けるぞ」

和人の言葉に我に返り、考えを中断する。

「で、そのことがわかってからトランスバールの和平推進派がレスティに通信してきたんだ。場所は・・・惑星アークトゥルスから」

アークトゥルス。裕樹、京介、春菜、和人にとっては馴染みのある星だ。それは7年前の解放戦争の激戦地であったし、前大戦でタクトがリ・ガウスの民衆に対し演説を行った場所でもあったからだ。

「で、向こうの代表の雄馬って人物がこっちの代表と話をさせて欲しいって言ってきてな。まぁ無理な話だから星治とサクヤ(第一部17章、18章、32章、33章参照)が変わりに話をしたが」

「・・・・・・そういや、ヴェインスレイの代表って?」

「今更何言ってやがる。お前に決まってるだろ」

「・・・え」

「裕樹・・・知らなかったの?」

「気づいてると思ったんだけど?」

「ま、まぁ・・・ちゃんと話してませんでしたし・・・」

美奈、京介、春菜の言葉が痛い。なんとなくだが理解した裕樹は何も言わなかった。

「・・・で?その雄馬って人は何を言ってきたんだ?」

「率直に同盟を結んでくれってさ。“元より同盟こそ結んでませんが、我々はトランスバールと争うつもりなどありません。ですが今のこの情勢、トランスバールとの和平を結ぶためにヴェインスレイ軍と同盟・・・それが無理ならせめて協力関係になってほしい。このままでは我々はプレリュード軍のいい駒のように利用されるだけだ。それを阻止するためにも・・・”ってな。――――――どう思う裕樹」

「・・・戦闘をしかけているのはプレリュード一派ってのはわかってるしな。それに、プレリュードを孤立化させるためにもぜひ同盟を結びたいと思うぞ」

「そう言うと思ってな、星治とサクヤが勝手にやっといたとさ」

不意に星治とサクヤの子どもっぽい笑顔が脳裏をよぎった。いったいヴェインスレイ、そしてファクトリーのネットワークはどうなっているんだと思ってしまう。第一、本当に自分がリーダーなのだろうか。

「しかしかなりいいニュースだな。事実上、今まで味方じゃなかったリ・ガウスが味方になるんだし」

「そこで悪い話だ。トランスバールがアークトゥルスに侵攻を開始したぞ。なんでもEDENに攻撃をしかけたことで、正当防衛としてこれ以上の戦闘行為は許せない、とトランスバールが発表した。つい先程」

裕樹は思わず絶句する。

「な・・・なんだって!?いやちょっと待て、なんでアークトゥルスに!?プレリュードと関係ないだろ!?」

「・・・ファクトリーからの情報だと、プレリュードがわざとアークトゥルスに本部があるかのような情報操作をしたらしい。―――よーするにプレリュードも同盟を結んでないリ・ガウスの国々を簡単に同盟させるつもりはないみてーだな。最後の最後まで尻拭いさせるつもりなんだろ。現に、少しの部隊だがアークトゥルスを堂々と防衛してるフリをしてやがる」

プレリュードの手際の良さに思わず脱帽するほどだ。まるでここまでの展開をすでに読んでいたかのようだ。

だが、もちろんこのまま黙ってるつもりはない。

「和人、トランスバールがアークトゥルスに着くまで何日ある?」

「・・・4日か5日しかないな。その間にこっちは修理と補給をやらねーと」

裕樹と和人は互いに頷き合った。このまま黙って見ていられるわけがない。すぐに準備をしないと。

――――――と、そこに京介が割って入った。

「待って裕樹。止めに行くのはわかるけど、僕たちには機体がもう・・・」

「あ・・・」

らしくもないミスだ。肝心なことを忘れていた。

「俺は・・・ラストクルセイダーを無くしたのか・・・」

「それだけじゃない。僕のゼロバスター・カスタム、美奈のヴァナディースも修復不能なまでにボロボロなんだ。無事なのはイネイブル・ハーベスターだけで、シャープシューター・レイはなんとか修理可能で、今も急ピッチで修理してる」

京介の言葉に周りのみんなはみるみる沈んでいく。

そう、今のヴェインスレイはヴァニラしか戦えない。翼をもがれ、剣を砕かれたのだ。

「それに・・・ただ直すだけでは止められるとは思いません。―――エルシオールを」

ちとせの言葉は真髄を捉えている。

そう、最大の問題はそこにあった。今までは機体の性能、パイロットの技量、そしてなによりほとんどが強襲していたので、この少人数でやってこれたのだ。だが、これは覆された。先日の戦闘、あれは正面から戦って、そして自分たちは完敗した。

今のエルシオールの搭載機はほぼ全てが驚異的なまでにチューンナップされており、機体性能はこちらより圧倒的に上回っている。

全員が黙り込んだが、変わり、春菜が笑顔で話す。

「大丈夫ですよ。機体に関してはなんとかなります」

「どういう事、春菜」

「紋章機二機はもう強化プランが完成していて、今も二機に修理と同時に強化プログラムを組み込んでるんです。後はレスティに着いてから武装とジェネレーター、新システムを搭載すれば完成です。―――京介さんも専用機が遂に完成しました。後は京介さん自身にOSを適合させるだけですね」

「そうなんだ。やっと、僕の専用機が・・・」

「はい。京介さんの考えた新システムの完成に遅れてしまいましたけど、お待たせしました」

あいかわらずというか、さすがというか、よくもまぁ一人でそこまでやれるな、という視線を一斉に浴び、春菜は困ったように照れていた。

「あ・・・ですが裕樹さんと美奈さんのお二人は・・・」

「え、私と裕樹のIGないの?」

「いえ、あるにはあるんですけど・・・・・・ちょっと。――――――要は新しいラストクルセイダーにヴァナディースなんです」

「新しいラストクルセイダーにヴァナディース・・・」

京介が静かに想像を始めたが、裕樹は詰まる理由がわからなかった。

「?じゃあ何が問題なんだ?」

「・・・機体のベースに使っているのが当然ラストクルセイダーとヴァナディースなんですけど、元々この二機のスペックが並外れてるのに、それを更に新システム、新型エンジン、リアクターとか全てを一新に強化させたら信じられないくらいの超高スペックと超高難度な機体ができてしまって・・・調整が全然上手くいかなくなっちゃったんです」

「そ、そんなにスゴイの・・・?」

引き気味で尋ねる美奈は明らかに狼狽していた。

「はい。操縦性を完全に無視してIGとしての性能だけを極限まで高めた機体ですから。・・・第一、まだ機体の大気圏内、大気圏外の適合が完了してないんですよ」

「・・・そうなんだ」

裕樹は素直に感心し、同時に素直に礼を述べた。

「ありがとう、春菜。いつも俺たちを支えてくれて」

「いえいえ、裕樹さんや美奈さんのためですから。はりきっちゃいます」

クスッ、と可愛らしい微笑みがこぼれる。これには裕樹たちも困ったように笑うしかなかった。

「・・・じゃあ裕樹さんも元気そうですし、私は紋章機の改造に取り掛かりますね。時間があるわけじゃないですし」

「あ、でしたら私手伝います」

「私は・・・」

即答したちとせと違い、ヴァニラはこちらをチラチラ見ながら返事しかねていた。

「俺は大丈夫だから行っといで、ヴァニラ。また後で治療頼むよ」

「あ・・・はい」

ヴァニラは申し訳なさそうに言いながら立ち上がった。同時に、和人も立ち上がる。

「じゃ、俺もブリッジに戻るわ」

「ああ、サンキュな和人」

「おう、早く治せよ裕樹」

和人も出て行き、室内には裕樹、美奈、京介の三人だけが残された。

 

 

 

「ところで裕樹」

京介に呼ばれ、裕樹はミルクティーを飲むのを止める。

「あの時のタクトさんのウイングバスターと、ゼファー。・・・何をやらかしたの?」

「あの時って・・・」

京介が言っているのはつい先日の戦いのことだ。美奈も直感的に理解する。

「明らかに裕樹の攻撃が外されてた(・・・・・)気がするんだけど」

「・・・ああ、外された。避けたんじゃなくてな」

「どういうこと?裕樹、何をされたの?」

「・・・あれは・・・」

記憶を呼び起こす。―――あの時、確かに斬れるはずだった斬撃は届かず、距離を空けたはずなのに引き寄せられた。――――――つまり

「・・・・・・引力と、斥力だ」

「引力と・・・斥力?」

実に単純な、引き寄せる力と引き離す力。だがその力を強化すればIGにすら通用する兵器となる。出力の高さ次第では、ミサイルやビームですら逸らせることも可能になるだろう。

「・・・とんでもないモノを作ったもんだな、トランスバールも」

「どうするの?対抗手段は?」

美奈の問いに、裕樹は無言だった。彼自身、対抗する術がまったく思いつかないからだ。

(・・・ったく、俺も随分大きく買われたもんだな)

あの兵器、あきらかにSCSを使う自分専用に作らせたものだろう。故に、対抗手段など見つかるはずもない。

だけど本当はあの時、タクトを殺せていた。

けれど、出来なかった。ギリギリでセーブがかかった。

彼が必要だとかそんな理由ではない。単に、彼が自分にとって。大切な友人だったから。例え敵になったとしても、今まで築いてきた彼との絆が無くなるわけではないから。

だから、討てなかった。

(覚悟を・・・決めないといけないのか・・・?)

出来れば、それだけはしたくない。――――――友人を殺す覚悟など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、三人はしばらく無言の空気を楽しんだ。気まずいわけではなく、ただ、何も話さずにノンビリと。

と、裕樹が思い出したように尋ねた。

「・・・そうだ。二人に聞きたいことがあるんだけど」

「ん、なぁに?」

「――――――俺たち、どうやって・・・逃げられたんだ?」

「あ・・・・・」

「・・・・・・」

「俺、途中で意識失ったけど、みんな苦戦してたし・・・逃げ切れるとは思えないんだ」

だが、美奈も京介も、無言のまま何も言わない。

裕樹は不意に、それが禁句であったと気づいた。

「・・・・・・ミント、は・・・?」

「・・・それが理由だよ、裕樹。・・・ミントが一人、スケープゴートになった。だから、僕等は・・・・・・」

京介の顔を見るのが辛い。

泣きそうで、けれど、その身に信じられないくらいの怒りを携えている。

震える京介に代わり、美奈が説明してくれた。

「あの後・・・ミントが突然、エルシオールに自分の存在を示したの。当然、私たちを逃がす隙を作るために」

「・・・そう、か。―――今、ミントは?」

「・・・エルシオールに回収されたと思う。後は、ミントが私たちの言うとおりに言ってれば、エンジェル隊に戻っていると思うわ」

「・・・・・・」

話の間、京介は無言だった。

そこに、どれだけの後悔があるのだろうか。

ミントを守ると言った京介。だが、結果として何も変えられず、ただミント一人が犠牲になって苦しんだだけ。

そこまで、裕樹は理解した。―――だからこそ、京介に告げた。

「・・・な、京介。話があるんだ」

「・・・何、裕樹」

「あのさ・・・・・・・・・ミントのこと、どうするかは京介が決めればいいから」

「・・・・・・え?」

不意に京介は顔を上げた。

今、裕樹はとても大事なことを言っている。そう、判断できた。

「今、京介はミントのことで凄く悩んでると思う。・・・けど、それは俺や美奈には悩めないことだ。だから、全ての基準をどうするかは、京介に任せる」

「え、でも、それって・・・」

そう、裕樹はどんなことよりもミントのことを優先していいと言っているのだ。

そう、それは例え作戦中であっても、どんな時でもミントのことに関しては好きにしていいと。

「・・・俺だってさ、結局はなにがあろうと、美奈のために動いてる。そりゃ、いろんな建前だってあるし、戦う理由だってある。―――けど、それはすべて美奈のためでもあるんだ」

美奈本人、少し恥ずかしそうにしながら話を聞いている。

「そうして行動してきて・・・今、俺はこうしている。後悔も、何にもない。・・・つまりさ」

飛びっきりの笑顔で、京介に笑いかけた。

「自分の思ったこと、信じたままに行動して欲しいんだ。ならば、きっと後悔も何も無い。・・・だから京介、・・・・・・・・・頑張れ、な」

強かった。裕樹はただ強かった。

力とかそういうのではなく、ただ存在が。カリスマ性とでもいうのだろうか。人を引き付ける何かが、確かに存在した。

彼なら、彼にならついていける。――――――そう信じたことは、決して間違いじゃなかった。

「・・・うん、わかった」

京介はただ、短くそう答える。

けれど、その言葉に含まれる決意の強さは、確かだった。

京介の道が決まる。道が変わる。

今まで、誰かの、みんなのために行動してきた京介。

その彼が初めて、たった一人の少女のために行動しようとしていた。

今まで自分が思ってきた信念を捨て、正直に心のままに道を進む。

他でもない、たった一人の、ミントのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――これが彼らの、いや、多くの人物の試練の始まりでもあった。