――――エルシオール、ブリッジ――――

 

 

「…皇国の保有する最大戦力である我々が敗れる事は、同時に皇国の崩壊を意味する。そのような事態だけは絶対に避けねばならない。皇国の未来の為に!各員死力を尽くせ!!…諸君らの健闘に期待する。」

 

 

 

「全艦………作戦開始!!!!!」

 

 

 

タクトの号令が響き渡る。モニターの向こうで歓声が巻き起こり、皇国軍艦隊が一斉に進撃を開始した。

それと対照的にエルシオールのブリッジは静まり返っている。…無理も無い事だが。

 

「…どうした、レスター?俺たちも行かないと。」

 

「あ、ああ……」

 

タクトに声を掛けられ、やっと移動の指示を出すレスター。その表情は驚愕の余り、未だに言葉を失っている。いや、レスターだけでは無い。普段のタクトを知っていて、いきなりあんな言葉を聞かされた者は皆そうなるだろう。

実際、アルモやココがそうだ。

 

「…なあ、皆。さっきから俺の顔をジロジロ見てどうしたんだい?何かついてるとか?」

 

ブリッジクルー全員を黙らせた張本人が、まるで的外れな事を呟いている。

ようやく普段の顔に戻ったレスターが答えた。…酷く呆れた様子で。

 

「お前が慣れん事をするからだ。…今度は一体なにを食ったんだ?お前は拾い食いする度におかしくなるからな。」

 

「今回は…っていうかさ、一度も拾い食いなんかした事無…」

 

「ココ、索敵と戦力対比を頼む。」

 

「了解しました。」

 

「あの〜もしもし?」

 

タクトが言い終える前にレスターはクルーに指示を出し始める。

たまらず呼びかけるタクトだったが、アルモとレスター(及びココ)に粉砕される。

 

「副司令…」

 

「どうしたアルモ?」

 

「何か私、幻聴がするんです。」

 

「…何が聞こえるんだ?」

 

「今は亡きマイヤーズ司令の声が…」

 

「だめよ、アルモ。…副司令だって悲しいんだから…」

 

「そうよね…マイヤーズ司令は皆を庇って名誉の戦死を……ううっ(泣)」

 

「泣くな、アルモ。今でもタクトは生きている。…俺達の、心の中に…。」

 

「副司令……そうですよね、泣いてたらマイヤーズ司令に笑われちゃいますね。…私、頑張ります。」

 

「ああ…この戦争が終わったら、あいつの墓参りに行こう。」

 

「はい!!!」

・

・

・

・

・

・

・

・

「…決戦にふさわしい感動的なシーンの所悪いんだけど、そろそろ戦闘に入らないか?」

 

タクトの言葉でエルシオール寸劇に幕が下ろされる。

まるで表情を変えないレスター。いつもの笑みに戻るココ。そして…うらめしそうな目をタクトに向けるアルモ。

 

「もう!何なんですかマイヤーズ司令!!この後副司令と私のラブシーンに入る予定だったのにぃ!!!」

 

思わずレスターの前で叫んでしまったアルモ。

ココのジェスチャーで自分が何を言ったのか理解する。

 

「あ!あの…副司令!!今のはそういう意味ではなくってですね、えっと…その…」

 

アルモとココの心配はもっともだが、こと女性関係においてはタクト以上の鈍さを誇るレスターが相手とあっては心配するだけ時間の無駄だろう。

 

「…?よくわからんが、そんなシーン台本にあったか?」

 

「台本まで…誰だよ、書いた奴…。」

 

レスターの何気ない一言に泣き崩れるタクト。

 

「…タクト!いつまでふざけているつもりだ!!もう敵は目前だぞ!!!」

 

「だから、俺は最初から真面目に…。」

 

「聞こえんな」

 

「聞こえません」

 

「聞こえませんでした」

 

 

 

 

 

「……そうですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    天使、再び舞い降りて…

 

                第十二章 「終わりと始まり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンジェル隊全機、発進しました。」

 

ココの報告を受け、タクトは立ち上がる。いつもの陽気な司令官はそこにはいない。

 

「みんな……頼んだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の宇宙にどこか幻想的とも思える程、無数の閃光がきらめいている。

「今回、エルシオールの防衛には第七艦隊がついてくれてる。だからあたしらはやるべき事をやるよ。」

「7番機…ですね?」

「こっちの方が一機少ないけど頑張っておくれ。」

「大丈夫ですよ。リミッターも解除してもらったし。…行きます!」

五機の紋章機は更に加速していく。その向かう先には六機の大型戦闘機…GA―007。

「正射必中!フェイタルアロー!!」

シャープシューターが青く光る弓を引き、放つ。それを合図に総勢十一機の紋章機が一斉に散開する。周囲で行われている艦隊戦がまるでスローモーションであるかのような錯覚に陥る程の疾さを伴う戦いである。

 

漆黒の紋章機が次々と光の刃を振り翳す。大半は彼方へと消えてゆく中数発がエンジェル隊の紋章機を捉え、シールドを発光させる。

「チィッ!!だがこの程度なら落ちやしない!」

口調は感情的だが動作は冷静に。フォルテは落ち着いて照準を合わせトリガーを引く。今度は相手のシールドが瞬き、僅かに速度が落ちる

「もらったぁ!!ストライクバースト!!!」

その瞬間、ハッピートリガーの全武装を解放する。遠目にも見える圧倒的な火力のシャワーが降り注ぎ、対するものを爆炎に包みこんだ。

「敵機、撃墜!!」

「さすがです!フォルテ先輩!!」

「気合入ってますね〜。アタシも負けませんよ!」

嘲笑うかのように敵機の間をカンフーファイターはすり抜けて行く。単純思考のAIが二機、その明らかな挑発に乗りカンフーファイターの追撃を始める。当然、罠なのだが。

「来ましたわね…お行きなさい、フライヤー達!!」

カンフーファイターが移動した先にはフライヤーが展開していた。四方八方からの攻撃に7番機のシールド出力が落ちる。

だが、フライヤーだけで二機を撃墜するには時間が掛かる…そうミントが判断した時、遠距離からの精密射撃が7番機のエンジン部を打ち抜いた。

「ちとせさん…助かりましたわ。」

「い、いえ、そんな!」

ちとせに礼を言い、レーダーに目を戻すミント。残る三機の内一機にカンフーファイターが肉薄していた。

「当たんないわよ、そんなの!」

敵の射撃を回避しつつ一気に距離を詰めるカンフーファイター。十分に接近したところでアンカーアームを撃ち出す。

「いっけえぇぇぇ!アンカークロー!!」

高速で動き回る紋章機にクローを当てるのは難しい。ならば当てられる距離に近づけば良いだけ。

普通の人間なら、気付いても実行を躊躇うであろう戦術をランファは選択し…成功させた。

「よし、撃墜……きゃっ!!」

予想外の衝撃に驚くランファ。何時の間にか敵が後ろに回り込んでいたのだ。

反転し迎え撃とうとした時、その機体がレーダーから消えた。

「油断は禁物です…ランファさん。」

ハーベスターが撃墜したのだ。…どうやら既にかなりのダメージを受けていたようである。

その時、全機に通信が入った。

「こちら四番機、敵機を撃墜した。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、やってくれたか。」

 

タクトが安堵の表情を浮かべた。…しかしすぐに表情を戻す事となる。

 

「待ってください!接近する機影を確認!!…GA−007九機です!!!」

 

「九機だと!?」

 

「ちょっと…まずいかな?」

 

通信では皆大丈夫だと言っているが、実際の所多少は被弾しているし、エネルギーも十分では無い。

かといってエルシオールに戻せば補給中に敵紋章機の攻撃を受ける事になる。

 

「どうすれば…」

 

考え込むタクトを尻目にエンジェル隊は迎撃を開始する。しかし、傷ついた彼女達に倍近い敵。

彼女達の劣勢は火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!こんな事でやられてたまるもんですか!!」

 

「くう…フライヤーがまた一機やられましたわ…」

 

「出力低下…まだもっておくれよ、ハッピートリガー…!!」

 

「これ以上は危険です…!!」

 

「修理します。…リペアウェーブ…」

 

ハーベスターのおかげで互角に見えるが、実際は防戦一方のエンジェル隊。

 

「まずいぞ、タクト!このままでは…」

 

「…こちら五番機、ナノマシンが尽きました…」

 

「全機の損傷率尚も増加!!」

 

敗北を予感させる報告が次々と届く。絶望的な状況の中、モニターを見つめていたタクトが叫んだ。

 

「フォルテ!後ろだ!!!」

 

「!!!」

 

ハッピートリガーの後ろに一機のGA−007が回り込んでいた。

 

「しまった…!!」

 

「フォルテ!!」

 

絶体絶命と思われたその時、GA−007を天頂方向からの射撃が貫いた。爆散するGA−007。

 

「…?」

 

聞き覚えのある、どこか他人を見下した声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

「まぐれとはいえお前たちはこの僕に勝ったんだ。この程度の連中に負ける事は僕が許さない。」

 

 

 

 

 

――――リセルヴァ・キアンティ。ヘルハウンズ隊の頭脳だ。

 

 

 

 

 

「…リセルヴァ!?」

 

「大声を上げるなタクト・マイヤーズ。…我らヘルハウンズ、これよりそちらを援護する。」

 

リセルヴァの言葉に続いて、三人の声が聞こえてきた。

暑苦しい声、物静かな声、幼さの残る声――――

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!やってやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「…五月蝿い奴だ…」

 

「へっへ〜ん、新兵器のマトにしてやる!!」

 

GA−007に対し攻撃を開始する四機のダークエンジェル。

訳がわからず呆けているタクト達に更に通信が入った。…軽い嫌悪感を抱かせる声。

 

「やあ、エルシオールの諸君。また会えて嬉しいよ。」

 

「カミュ…」

 

「着艦許可を要請するよ。ハッチを開けておいてくれたまえ。」

 

色々と聞きたい事があるタクトではあったが、

当のカミュは用件だけ言って通信を切ってしまった為に仕方なくハッチを開ける指示を出した。

 

「…何がどうなってるんだか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少しだけ時間を遡って、通信を切った直後のダークエンジェル。

そこにはカミュ、そしてミルフィーユ・桜葉の姿があった。

 

「ふう…」

 

「あの…カミュさん。」

 

「ん?…なんだい、マイハニー?」

 

「どうして、私をファーゴ�兇�ら助け出してくれたんですか?」

 

「前に言っただろう?君を殺すのは僕。あんな下衆にさせてたまるものか。」

 

「…それに命令だからさ。…僕らの本当の主からのね…」

 

「本当の…主?」

 

「少し喋りすぎたかな。君の前では僕はお喋りになってしまうんだよ。」

 

「…ごまかさないで下さい。」

 

「本当さ。…少し急ぐよ。狭いけど我慢しておくれ。」

 

砲火の飛び交う戦場を一筋の閃光が駆け抜ける…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、エルシオールのブリッジではレスターがタクトを問い詰めていた。敵である筈のカミュの着艦要請を受けた件である。

普通ならレスターのように疑って掛かるのが当然だろう。が、タクトはあっさりとハッチ開放の指示を出した。

しかも理由は、

 

「なんとなくヘルハウンズは卑怯な戦法を使わない気がする。」

 

である。レスターが怒るのも無理は無い。

 

「…いい加減にしろ!『なんとなく』なんて理由でエルシオールが沈んだらどう責任をとる気だ!?」

 

「エルシオールが沈んだら俺達も死ぬんだから責任は取れないな。」

 

レスターでなくとも、コイツは本当に総司令官なのかと言いたくなるタクトの発言。もっとも、自ら怠け者で楽天家と、およそ司令官という役職においては不要でしかない性格を自称するタクトには言うだけ無駄だろうが。

 

「カミュ機、間もなく着艦します。」

 

ココの報告を受けたタクトは、後を頼むよと言い残してブリッジを後にした。

司令官が戦闘中にブリッジを離れる等信じられない事だが。…後に残されたのは言葉を失う総司令官、『代理』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

数分後、格納庫にはカミュの到着を待つタクトの姿があった。

 

「来たみたいだな。」

 

制御室のモニターを見つめたままそう呟くタクト。

彼自身、わかってはいなかった。何故自分はここにいるのか。何故こんなにも気にかかるのか。

 

何故、あの時の光景が鮮明に蘇ってくるのか―――

 

 

「…ミルフィー…」

 

重い音が聞こえた。ダークエンジェルが着艦したようだ。

行かなければ。…足は動かない。

 

「くそ…何なんだ…!!」

 

乱暴に制御室のドアを開け、眼前に映る黒い機体を目指す。

コクピットに居るであろうカミュに声を掛けようと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

――――不意に、視界を遮る影があった。

 

 

 

ずっと、会いたかった人。

 

 

ずっと、誤りたかった人。

 

 

 

 

ずっと…一緒に居ようと誓った人――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……タクトさん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィー。

 

 

ごめん。…ずっと後悔してた。あの時の決断を。

 

 

もう一度逢えたなら、言おうと思っていた。

 

 

 

 

もう…絶対に離さない―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクトさんタクトさんタクトさんタクトさん、タクトさん………!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、もうタクトさんに会えないんじゃないかって、このまま死んじゃうんじゃないかって、そんな事ばっかり考えて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトの腕の中で声を上げて泣くミルフィーユ。

優しく抱きしめるタクト。

 

 

 

 

 

「ごめん…もう離さない。ずっと、一緒に居よう…。」

 

 

 

 

 

「はい……タクトさん……。」

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユを抱きしめたまま、タクトはその後ろに立つ人物に声を掛ける。

 

「カミュ…ありがとう。」

 

「礼には及ばないよ。あんな醜い豚の元に愛しいマイハニーを置いておけなかっただけさ。」

 

「それでも…ありがとう。」

 

「変わってるね、君は…。」

 

その時、エルシオール全体が揺れた。タクトのクロノクリスタルが発光する。

 

「タクト!!敵の新手だ!すぐブリッジに戻れ!!!」

 

ああ、わかったと返答するタクト。通信が切れるより先にカミュがダークエンジェルへ歩き出していた。

 

「カミュ?」

 

薔薇を顔の前に構え、ポーズを決めてから喋りだす。…いつもより数倍は自己陶酔に浸っているようだ。

 

「あの無粋な連中は任せておきたまえ。…そう命令も受けているのでね…」

 

「命令?それは…」

 

タクトの言葉を聞き終える前にカミュはコクピットを閉じる。

やむを得ずミルフィーユの手を引き、制御室に入るタクト。それを確認し、発進するダークエンジェル。

それを見送ってからタクトはミルフィーユに目を向ける。

 

「ミルフィー、行ってくれるかい?」

 

当然、ミルフィーユは不思議そうな顔をする。

 

「でも、ラッキースターは…」

 

「大丈夫。…こっちだ。」

 

格納庫の奥へ歩き出すタクト。

その先にはミルフィーユにとって見覚えのない紋章機。

 

「これは…?」

 

「セレスティアルスター。…ノアとシャトヤーン様からのプレゼントだ。」

 

「セレスティアル…スター…」

 

一歩一歩ゆっくりと近づいていくミルフィーユ。

 

「行ってくれるかい?」

 

「…はい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルフィー…怖い?」

 

「大丈夫です。…タクトさんがいてくれるから…」

 

「ミルフィー…」

 

「セレスティアルスター、発進します!!」

 

 

 

 

 

 

漆黒の宇宙に、再び天使達が集結する…